第58話 鉄竜隊突進と戦いの終結
時折、天幕の陰から抵抗を試みる敵兵を制圧しながら集落に入り込んだ時、朝日大尉の耳のレシーバーがジジッと鳴り
「朝、アサ、アサ、こちら偵1。応答願う、終ワリ、送レ。」
と呼び出しが掛かった。
偵1とは、鴨志田軍曹の九七式軽装甲車の略符号である。
「偵1、テイ1、こちらアサ。感ヨシ、明ヨシ、終ワリ、続けて送レ。」
無線の感度、通話明瞭度ともに問題ない。
「朝、アサ、こちら偵1。集落中央付近の村長宅家屋内に敵の司令部あり。司令官級の重要人物の存在あるものと認む。重装備の衛兵及び砲兵の配置ありて、一見して司令部と判別可能なり。終ワリ、送レ。」
「偵1、テイ1、こちらアサ。司令部の存在につき了解した。これより攻撃に向かう。交信終ワリ。」
村長宅に置かれた司令部は、昨夜、窓辺で情報収集中の鴨志田軍曹が、
通信を打ち切った朝日大尉は、速度をやや上げて集落の中心部へ急いだ。
集落中心部を貫く街道周辺と、街道に沿った広場に張られた天幕群の残敵を掃討しつつ前進すると、広場の左手に、胸甲を装備し盾を持った重装備の兵士と、銃兵が守りを固めている家屋があり、それが報告にあった「村長宅に置かれた司令部」であることが一目瞭然であった。
朝日は、直卒のチハ車2輌と、属領主府兵、ミズガルズ王国兵を乗せた装甲兵車を率いて司令部に向かい、残りの車輛は周囲の警戒に当たらせた。
朝日車が司令部まで100mほどに迫った時、前方で発砲煙と
パパパパパーン
という乾いた銃声が響き、次の瞬間、戦車の装甲版のあちこちから
カツ、カツ、カツ
という音が響いた。
敵が、戦車目掛けてマスケット銃を発射したのであるが、さすがに装甲版には傷も付かない。
発砲があった場所に向けて、砲撃と砲塔後部機関銃の掃射を加え、反撃を黙らせて行った。
偵察の鴨志田軍曹車からは
「砲兵あり。」
と報告されている。
朝日車を含め、戦車第11連隊へ増派される予定のチハ車は、全車が、砲塔前面と車体前面の装甲が25㎜追加され、50㎜に強化されていたが、いくら旧式大砲とはいえ、大型砲丸の直撃を食らえば、損傷する可能性がある。
次の瞬間、朝日車の砲塔右前面から
ガイーン
という音がして、何かが逸れて行った。
朝日、砲手、前方機銃手、操縦手の全員が前方を注視すると、前方300mほどの茂みから煙が漂っている。
「野郎、撃ちやがったな。」
朝日は呻くように言った次の瞬間
「各、カク、カク、こちらアサ。前方、距離300の茂みに敵の砲兵陣地あり。榴弾斉射。用ー意、
と命じた。
朝日小隊のチハ車3輌が、一斉に57粍戦車砲を発砲すると、砲弾は、1秒ほどで煙が漂っていいた辺りに着弾、炸裂し、爆風で飛ばされる人影が何名か見え、砲車も斜めに傾いた。
しかし、茂みの奥から、また別の人影が現れ、砲車を元の位置に戻し、発砲の準備をしようとしているのが見て取れた。
「ええい、面倒臭え。」
朝日が舌打ちをした次の瞬間、小隊2号車の田宮軍曹のチハ車が猛然と前進を始め、敵が発砲準備を終える前に砲兵陣地左側に到達したかと思うと、右へ90度方向転換し、そのまま砲車へ圧し掛かって行った。
敵の砲兵が慌てふためいて逃げ出すのを尻目に、田宮車は先ほど発砲した砲を圧し潰して通り過ぎたかと思うと、そのまま前進を続け、別の茂みの中に突進して行った。
どうやら、他にも砲があったらしい。
「全車、蹂躙!」
朝日の命令で、朝日車ともう1台のチハ車も、村長宅を通り過ぎ茂みへ向けて突進し、後へ続く。
彼は、命令を下しながら
「スリム以来だな。」
と思った。
「スリム」とは、1942(昭和17)年1月6日から8日にかけて行われた、マレー半島攻略戦の中でのスリム・リバーの戦いで、島田戦車隊による、例のない、戦車を用いた夜間の奇襲が行われ、目標の橋を確保したほか、英軍一個旅団を壊滅に追い込んだ戦いで、見習い将校だった朝日も参加した作戦である。
3輌のチハ車は、茂みを踏み分け砲兵陣地を圧し潰し、灌木を押し倒しながら集積された物資や馬車を履帯で踏み拉き、銃砲撃も行いつつ周囲の蹂躙を続け、やがて攻撃十分と判断し、村長宅前の位置まで戻って来た。
後方で蹂躙攻撃の様子を見ていたブリーデヴァンガル属領主府兵とミズガルズ王国兵は、その凄まじさに息を飲んだ。
後日、これらの兵士が噂話を広め、日本軍戦車隊は、空をこそ飛ばないが、銃砲から火を噴き、他を圧して突進するその姿から、地を這う鉄の竜の部隊
「鉄竜隊」
と呼ばれ、恐れられる存在となる。
戦車隊は、敵砲兵を制圧し、周囲の銃兵と重装衛兵も排除して、司令部の制圧に掛かった。
砲撃で家屋を崩壊させることはできないので、もう1台の装甲兵車に乗った日本軍将兵を呼び寄せ、属領主府兵とミズガルズ王国兵と共同して、抵抗があれば屋内を制圧することにした。
属領主府兵、ミズガルズ王国兵連合の現地軍との共同としたのは、言ってみれば現地兵に花を持たせること、手柄を立てさせるための配慮である。
ワイバーン・ハーピーの空襲撃退、夜会襲撃鎮圧に始まり、敵艦隊・船団殲滅と、ほとんど何もしていないに等しいので、ここで何か一つでも手柄がないと、おそらくは面目が保てないと思われた。
支城への連絡路は、すでに別途行動中の戦車隊が押さえてあり、偵察隊の報告通りであれば、敵司令官は屋内で健在と思われる。
属領主府兵の中の上位の騎士が、屋外から降伏を勧告した。
敵への降伏勧告については、事前の検討段階で、属領主府グリトニル辺境伯ほかの首脳や、日本軍幹部は承諾済みである。
敵司令官は、鴨志田軍曹の偵察結果と属領主府の情報の摺り合わせから、ヴァナヘイム王国の陸軍統一司令官フランチェスコ・ラモス・デ・オルテガ辺境伯であることは判明している。
一国の閣僚級の重鎮が前線近くまで出張って来ていることから、敵方が今回の一連の計画とその実施を重く見ていたことが窺われ、その反面、空襲部隊と艦隊全滅の情報が伝わらず、また、情報が伝わるまで待とうともしない陸戦開始のタイミングは、お粗末としか言いようがなかった。
「貴公の率いる部隊はすでに壊滅し、僅かばかりが生存するのみである。これ以上の戦闘は無意味であると思われるため、潔く降伏することをお勧めする。賢明なるご判断により、これ以上、無益な流血を避けられることを期待いたします。」
投降勧告に対して、しばらくは返答がなかった。
万一に備え、戦車砲は村長宅の司令部に照準を合わせ、現地部隊兵と日本軍将兵は、屋内突入に備えている。
やがて、中から一人の騎士が玄関に現れ、帯刀を抜き地面に突き立て、その場に
「貴殿らのご提案につき、我が主、オルテガ辺境伯はこれを受諾される旨決断された。以降、誓って無益な抵抗はいたさぬ所存であるが、我らの名誉保持については、配慮いただくよう願うものである。」
と口上を述べた。
ここに、空・海・陸と続いたブリーデヴァンガル旧公国派、ヴァナヘイム王国、南部大陸諸国大連立のブリーデヴァンガル属領主府占領とグリトニル辺境伯幽閉殺害及びイザベラ姫拉致計画は、数か国の常備軍が消滅しかねない大損害を出して失敗に終わった。
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