第57話 残敵掃討

 歩兵全滅の後の戦場は、人と馬の死体と、蠢く負傷者で惨憺たる有様であった。

 その後ろにいた攻城兵器を操る「工兵隊」は、さすがにこれ以上は無理と判断したのか、支城の方へ兵器を戻そうとする者や、兵器を遺棄して逃走する者で大騒ぎになっているが、中には、投石機で砲丸や焙烙玉の投擲を試みようとしている勇ましい者も散見された。


 それでも大勢は決しているので、ブリーデヴァンガル属領主府兵、ミズガルズ王国兵と日本兵が協同で、敵の投降者や負傷兵の収容に従事していた。


 予定では、砲撃で攻城兵器を破壊することになっていたが、砲弾には限りがあるし、砲の砲身にも命数があるため、戦車隊が前進して破壊することになった。


 三式中戦車は、砲身を酷使しているのでここは一休み、一式砲戦車は、オープントップの自走砲で、敵歩兵に接近されると弱いため、不参加である。


 戦車壕から出て来た九七式中戦車チハ車9輌と一式中戦車3輌、九五式軽戦車ハ号2輌に、ブリーデヴァンガル属領主府兵、ミズガルズ王国兵計20名を乗せた一式装甲兵車1輌と、陸軍兵10名を乗せた装甲兵車1輌が同伴する。

 指揮を執るのは朝日大尉である。


 まずは、唯一、排土板ドーザーを装備したチハ車が、敵の戦死体を排除しながら進路を啓開して前進し、後続車が続いた。

 薬研堀を通過し、騎兵の人馬の死体群を通り抜けたところで、朝日大尉は、戦車の車列を散開させ、装甲兵車はその後ろに付かせた。


「各車長頭出せ。」


 無線を通じて朝日が命じると、各戦車の車長がハッチから頭を出した。

 皆、引き締まった表情である。


「各、カク、カク、こちらアサ。目標、前方の攻城兵器群。車間10、速度20、突入せよ、前へ!」


 朝日の命令と同時に、各戦車はディーゼルエンジンの白い煙を吐き出し、勇躍、前進を開始した。


 戦車の動きに気付いた敵兵のうちの何人かが、体勢を立て直して砲丸の投擲を試みようとしている。

 これを見た朝日は、各車へ時速30㎞への増速を命じた。

 不整地であるから、かなり限界に近い速度である。


 いくつかの投石機が砲丸を放ったが、戦車の速度の計算を誤り、全てが後方に落下した。


 距離が2,000mを切ったあたりで、各車が戦車砲の射撃を始めた。

 停止をしない行進射である。

 砲の操作が転輪式になっている一式中戦車以外は、砲手が肩に担ぐようにして砲を操作する肩抱き式のため、熟練した砲手であれば、移動しながらの射撃、即ち行進射が可能であった。


 各車、各個に射撃が始まった。

 さすがに各車とも遠距離の初弾から命中とはならなかったが、それでも、周囲に着弾して炸裂した砲弾に驚き、投石機に取り付いていた敵兵の何人かは、その場から逃げ出した。


 装甲兵車に乗っていた属領主府兵とミズガルズ王国兵は、最初のうちは兵車に乗ること自体をおっかなびっくりであったが、やがておそるおそる前方に顔を出し、戦車の砲撃を眺めているうちに、興が乗ったのか、着弾の度に、雄叫びや喚声を上げ始めた。 


 距離1,000mを切った辺りで、各車の前方車載機関銃も射撃を開始した。

 兵士の人影が見える投石機の周辺に、土煙を上げて機関銃弾が着弾すると、その兵士たちは、慌てて地面に伏せるか、投石機の太い柱の陰に隠れてしまい、あまり効果がなさそうである。


 全滅した敵の歩兵は、砲弾の着弾でも機関銃の掃射でも、決して伏せることはなかったが、これは訓練と統率の成せるもので、やはり人間は、危険が迫ると、本能では避けるものなのであろう。


 距離がさらに詰まるに連れて、戦車砲弾の命中が始まり、何発かの戦車砲弾が投石機を直撃し、これを粉砕したほか、至近で炸裂した砲弾が、投石機を横倒しにした。


 もう、敵兵に抵抗を試みる者はおらず、生き残った者は、一目散に逃走している。


「世話を焼かせやがる。」


 朝日のチハ車前方機関銃手の伍長が、そう言って機関銃弾を浴びせ、逃走を図る敵兵を撃ち倒して行った。


 投石機の後方には、攻城用の櫓多数が控えていたが、投石機を制圧する頃には、操作する兵士は、すでに逃げ去っていた。


 これら攻城兵器の後始末は、文字通り後に回すとして、逃げた敵兵を追い、後方の司令部と輜重隊を壊滅させることを優先した。


 朝日は、戦車の隊列を、装甲兵車を挟み込む一列となし、農村集落に入って行った。


 家屋に人影はなく、ガランとした感じであるが、空き地や広場に設営されている天幕には、人の気配のするものがある。


 その中の一つの天幕周囲に、朝日車が機関銃の一連射を掛けた。

 その途端、全裸にドレスを抱えた女性と、いかにも慌てて身に付けたことがよく分かるズボンを履いた、貴族らしい中年男が飛び出して来た。


 朝日には、その様子が滑稽にも思えたが、同時に怒りも湧いて来た。

 状況からして、この二人が何をしていたかは明白である。

 部下将兵が戦場で次々と命を落としている時、この男は一体何をしていたのか。

 敵兵は、無謀ではあったが勇敢だった。

 それに引き換え、この男の振る舞いは何なのか。


「いっそのこと戦車の履帯で踏み潰してやろうか。」


 朝日はそう考えたが、こんな輩を踏み潰すのは履帯の穢れになると、思い止まった。

 戦車砲で跡形もなく吹き飛ばすのも、砲弾が勿体ない。

 貴族らしいので、捕えれば得るものもあるだろうが、朝日は、こんな奴に触るのも話し掛けるのも嫌だった。


「あの世で部下に詫びて来い。もっとも、地獄行きの貴様とは、行き先が違うかも知れんがな。」


 朝日はそう言うと、その貴族に一連射を掛けさせた。

 後ろから撃たれた彼は、血飛沫を上げながらうつ伏せに倒れ、動かなくなった。


 彼と情事に耽っていたらしい女の方は、服も着ずにその場にへたり込み、キャーキャーと泣き喚いていた。

 

「各、カク、カク、こちらアサヒ。残敵掃討に移るが、輜重隊の物資はなるべく傷付けないよう注意せよ。また、付き添っている商人がいる場合、敵と見做すが、降伏さえすれば見逃してヨシ。ただし物資は押収の事、終ワリ、送レ。」


 朝日の命令に、各車から了解が返って来た。

 それを待って、朝日は、時速4㎞という微速での前進を命じた。

 

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