第46話 軍議と出撃用意
一同は、テーブルの上の地図に注目した。
特に、まだこちらの世界の全体像を知らない日本陸海軍一行には、周辺を知る絶好の機会であった。
ケッペル庶務尚書が、長い棒で地図を指しながら説明を始めた。
情勢に詳しくない日本軍人を意識し、基礎から分かりやすい説明である。
「ここに、ブリーデヴァンガル島とデ・ノーアトゥーン港、南にゴンドワナ大陸があって、10近くの諸国に分かれております。これら諸国は緩やかな連合を組んでおりますが、そのうち、国力が最も優れているものが、ブリーデヴァンガル島と最も近い、ここマグ・メル王国であります。ビフレスト海峡南水道を挟み、最も近い場所で80ノイル(※約130㎞)ほど、海峡に面した最大の港町カルタヘナまでですと、およそ100ノイル(※薬160㎞)の距離で、風に恵まれれば、船…あー、私どもの船でございますが、それでも丸1日は要しません。南大陸ゴンドワナ諸国の物資その他は、マグ・メル王都であるシテからこのカルタヘナに集積されますので、仮にマグ・メルほかの諸国が今回の騒動…もう戦でございますが、これに協働しているといたしますと、まず、このカルタヘナが策源地になると考えられます。」
「敵の動員可能な戦力、船舶や兵員の数は分かりますか。」
桑園が質問した。
「船舶数で言えば、諸国の軍船を集めておよそ100隻は下るまいと存じます。動員できる兵員は、騎兵、歩兵その他諸兵科合わせて1万5千ほどと見積もられますが、船舶に限りがございますところ、海を渡ることができるのは、その4割程度と思われまする。」
軍務尚書のレンダール男爵が、ケッペル男爵に代わって答えた。
「ざっと6千くらいか。」
南郷大佐が呟いた。
「陸に揚がられると面倒ですから、海上で叩くのが良策でしょうな。」
桑園は提案したが
「当方の軍艦は、直ちに集められるものは、海峡西部の守りに就いております15隻ほどで、敵の半分が輸送船と仮定しても、残りの敵の半数にも満たない数で、本国からの増援を待つ暇を稼ぐことすらできません。」
とレンダールが暗い表情で答えた。
「しかし、ここから最も近い敵の港に、それだけの船が集まり、膨大な人員と物資が集積されているのであれば、何かの情報が入って来てはいないのですか。」
白石大佐が聞いた。
「兆候はございました。まず、ここ数か月の間に、我々が彼の地に築いておりました間者の組織が壊滅させられました。おそらくは、敵に通じていた者の仕業と思われました。」
レンダールは口惜しそうである。
「それで、何か敵が企んでいることは察知できましたので、各地を行き交う商人や冒険者たちから情報を集めておりました。いずれも断片的なものでしたが、何か軍事行動を起こす可能性を示唆するには十分でした。」
「それで、どのような準備を?」
南郷の問いに
「敵の上陸予想地点のデ・ノーアトゥーン南部海岸に、一部陣地を構築し始めましたが、海岸南端のトゥンサリル城の支城にお住いの現領主御子息フレデリク・ミズガルズ子爵から抗議が参りまして。」
「フレデリクというと、昨晩の夜会で挨拶に来たあの貴族ですな。何のための抗議か。」
「仰るとおりでございます。」
「あいつこそが、裏切り者、獅子身中の虫といったところなのでは?」
南郷が続けて言うと、レンダールはフレデリクに余程腹に据えかねることがあるのか、怒りを堪えているらしく、こめかみに血管が浮き出ている。
その表情を見て、日本軍の一同は、全てを悟った。
「今のところ、最も新しい情報は4日前のもので、およそ80隻ほどの船団がカルタヘナに集結するとともに、5千ほどの軍勢も集結しているとのことでございました。日数の経過を考えますと、見積もりのとおり、船舶100隻、これに5~6千の兵が乗船し、出発準備を整えつつある、と考えられます。」
ケッペル男爵が後を引き取って説明を続けた。
「それだけの船団と兵力を、一つの港町がさほど長期間養えないでしょうから、出撃の時は近し、ですな。よろしい。蛟龍…空母から索敵機を飛ばしましょう。残りの空母艦載機と瑞雲にも、出撃準備をさせます。南郷さん、そちらもよろしく頼みます。朝日君、陸軍の方も、ギムレー湾は最小限の守備で、主力はデ・ノーアトゥーンの南側の守備に就いてくれたまえ。」
「承知しました。」
南郷大佐と朝日大尉は、揃ってそう言った。
「ところでグリトニル辺境伯、そちらはどの程度の兵力を動員可能でしょうか。」
桑園が改まって質問するとグリトニルは
「兵が島全体に散らばっていることもあり、直ちに動員可能なものはざっと500、冒険者ギルドに至急の依頼を出しても7、800程度と思われます。」
と答えた。
「一割とちょっとか。」
桑園は、さすがに溜息が出る思いであった。
「この状況を本国では何と?」
聞いてから桑園はしまったと思った。
この世界では、そんなに情報伝達が早い訳がないのである。
「マグ・メルの動静については、以前から父王に逐一報告しております。何かあれば、通信鳩を飛ばしますので、早ければその日のうちには返答が参ります。今回は、『援軍は送る。為しうる限り耐えよ』との返答には接しておりますが、大軍の動員には時間が掛かりますので、間に合わないかと。」
「そうでしょうなぁ。それでは、昨夜の騒動は、敵にとっては想定外の敗北であったということになりますな。」
桑園の問い掛けに
「おそらく、そうでしょう。あれだけのワイバーンとハーピーを動員すれば、普通、負けることはないでしょうから。」
グリトニルはそう答えた。
「では、海上からの侵攻が早まることも考えられますな。とにかく、準備に取り掛かりましょう。今一度、敵さんと、のんびり構えている本国の皆さんをアッと言わせてやりましょう。」
桑園の力強い言葉に、グリトニルは愁眉を開き
「ありがとうございます。不肖、私も先頭に立ちまする。」
と宣言した。
「いえ、それはぼちぼちで結構です。婚礼を控えた身でいらっしゃいますから、姫君のこともお考えになり、ご自重いただければと。」
桑園のアドバイスは、父が子にするようなもので、グリトニルは
「恐縮です。」
と、ここは普通の若い男性らしく、顔が赤くなった。
海軍の一行は、馬車に乗って港へ行き、それそれ出迎えの内火艇で艦に戻った。
桑園は、蛟龍艦長稲積大佐に概略を説明し、直ちに出港用意と搭載の六〇一航空隊出撃準備、特に彗星6機の偵察準備に急ぎ掛からせた。
同様に、出雲に戻った白石大佐も、副長星美中佐に事情を説明し、搭載六三四航空隊瑞雲の発艦準備と出港用意に掛からせた。
蛟龍、出雲に同航する、駆逐艦葉月と
各艦で「出港用意」のラッパが高らかに鳴り、錨が巻き上げられ、乗組み将兵が戦闘配置に着いて出撃準備が整えられていく。
今度の任務は「敵艦隊」の撃滅であり、「異世界の別の国家のための戦い」というシチュエーションに、訝る向きもないではなかったが、高揚する戦意がそれを上回っている。
しかも、空母機動部隊としての出撃で、米軍相手のような、空からの脅威もないとくれば、戦意が高揚しないはずもなかった。
「錨、水面を切った。」
「両舷前進微速。」
「りょうげんぜんしんびそーく。」
各艦は、戦いに向かって動き出した。
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