第47話 敵輸送船団ハ壊滅セリ

 沖合に出た蛟龍は、30ノットの速力を出した。

 艦載機発艦のため、合成風力を作る目的である。


 全速であればもう数ノット出すことはできるが、飛行甲板上での作業を考え、最近の空母はこの程度の速力しか出さないのが通例である。

 もっとも、ここまで速力の出る空母は、もうほとんど残っていないが。


 また、異世界にいる日本軍艦艇の中で、今の蛟龍に付いて来ることが出来るのは、駆逐艦葉月だけで、戦艦出雲や、駆逐艦櫟は、26ノットまでしか出すことが出来ないので、ずっと後方にいる。


 蛟龍の飛行甲板に上には、6機の彗星が並べられている。

 この彗星は、爆弾倉に追加の燃料タンクを装備しているため、艦爆としては使用できないタイプである。

 正確には、二式艦上偵察機と言うべきであるが、第一線では「艦偵彗星」と呼ばれていた。


 この6機の彗星は、南方180度を30度ずつに分けて受け持ち、全体をカバーできるように索敵することになっている。


 ピリリリリリ


 艦橋の指揮所で、飛行長が笛の音と同時に白旗を振り、エンジン暖機運転中の各機に


車輪止チョーク払ヘ」


の合図を送る。


 両脚の車輪止めチョークに張り付いていた整備員が、車輪止めを持って飛行甲板両脇に退避すると、今度は


「発艦始メ」


の合図を送り、先頭の機体からエンジンを一杯に吹かし、発艦に移る。


 飛行甲板両側の将兵の「帽振れ」に送られて、6機の彗星が次々と発艦して行き、南方の空に消えて行った。

 

 続けて、昇降機(エレベーター)がチン…チン…チンと音を立てて昇り、飛行甲板上に後方から流星6機、天山3機、零戦15機が並べられた。

 これが第一次攻撃隊である。

 流星は25番(250㎏爆弾)2発、天山は6番(60㎏爆弾)6発、零戦は6番2発を搭載する。

 ただし、ミッドウェー海戦の戦訓から、爆弾搭載は飛行甲板上で行うため、全機を並べ終わってからの作業になる。


 出雲では、22機の瑞雲全機が25番を搭載しての出撃となるので、爆弾搭載と飛行甲板の滑走台への設置が急ピッチで行われていた。


 また、令川丸は、万一のワイバーン空襲に備え、利尻、天売と行動を共にしていたが、6番3号爆弾2発搭載の零式水上観測機5機と、同じく3号爆弾2発搭載の二式水上戦闘機3機を発進させた。

 3号爆弾を搭載したのは、相手が木造船舶であることを考慮してのことで、何隻かの船を面で捉えようという考えであった。


 偵察機が発艦して20分ほど経った頃、索敵3番機から


「敵艦隊見ユ」


の連絡が入った。

 蛟龍のほぼ真南、距離は100㎞の海域である。


 令川丸の水上機隊が順次発進を始め、出雲の瑞雲隊が続き、爆弾搭載に手間取った蛟龍の攻撃隊が、盛大な帽振れに見送られ、最後に飛び立って行った。


 各隊は、高度3千mをひたすら南下した。

 

 最初に敵艦隊に遭遇したのは、令川丸搭載第四五二空の水戦隊である。

 3機の二式水戦は、夥しい数の艦が10隻ずつの横隊を作っている、敵艦隊の上空をいったん飛び越えてから反転し、降下に入った。


「前方の戦闘艦艇ではなく、後方の輸送船団を狙え。」


というのが命令であった。


 どれほど艦隊を撃破しても、輸送船団が無傷であれば迎撃の意味はない。

 逆に、輸送船団さえ壊滅させれば、敵の目的を粉砕することになり、戦略を頓挫させることができる。

 桑園少将はしっかり捉えていたが、海軍内部ではほとんど語られることのない、第一次ソロモン海戦の戦訓であった。


 水戦隊の岩出山上等飛行兵曹が上空から観察すると、確かに、前方の半分ほどの艦隊は、両舷に砲を突き出し、甲板上にも多数の砲を装備しているが、後方の半分ほどの艦艇は、甲板上まで人馬や物資で埋め尽くされている。


「よし、ならば。」


 岩出山上飛曹は、もう一度上昇してから敵艦隊の後方に回り、敵の進行方向に転回して機体を緩降下に入れ、高度千五百mで爆弾を投下した。

 爆弾は、敵の輸送船団の上方600mほどで炸裂し、弾子が敵船に降り注いだ。

 編隊の2機も、左右で爆弾を投下し、白い尾を引きながら弾子が敵船に降り注いでいくのが見えた。

 

 機体を引き起こして敵船団を観察すると、合わせて5隻の船が、火災を起こしているのが確認できた。

 有効なポンプなどないであろうから、まず、消火は困難であろう。


 続いて、零観隊が爆撃に入った。

 同じように3号爆弾を投下し、タコの足のように弾子が広がって行くのが見えた。

 2~3個の弾子が命中しさえすれば、敵船では、消火困難な火災が発生しているように思われ、今度も、新たに5隻ほどの敵船が火災を起こしているように見えた。


 続いて、出雲の瑞雲隊が戦場に到着した。

 22機の瑞雲は、半分は輸送船に目もくれず、前方の艦隊に襲い掛かった。

 前方の敵戦闘艦隊では、各艦、円盤のような光が上空を覆っていて、盾のように艦を防御しているように見えた。


「これが魔法ってやつなのか。」


 爆撃後も、上空警戒に当たっていた岩出山上飛曹が呟く。


 瑞雲隊は、降下角60度の急降下爆撃で25番を次々に放った。

 10発投下された爆弾のうち、3発は目標を外れて海中に落下し、大きな水柱を上げたが、7発は狙いのまま敵に命中した。

 

「光の盾」はどんな塩梅かと岩出山が見守っていると、光の盾に爆弾が命中したとき、爆弾がほんの一瞬、静止したかと思えたが、次の瞬間、まるで皿が割れるように光の盾は砕け散り、爆弾はそのまま甲板に落ちて行った。


 この「光の盾」は、岩出山が想像したとおりの防御魔術の一種であったのだが、さすがに250㎏爆弾には耐えられなかった。

 却って、一瞬、防御が効いたがために、爆弾の信管が作動してしまう結果となり、何もなければ、あるいは船底を貫通して済んだかも知れないところ、ちょうど中甲板を貫通した辺りで炸裂させてしまい、ひどい損害を被ってしまう結果となった。


 これは、爆弾が命中したほかの6隻の艦でも同様の結果となり、艦は真っ二つに裂けてしまった。


 残りの瑞雲12機は、輸送船に襲い掛かり、それぞれ急降下爆撃で爆弾を放った。

 これらのうち、3発は目標を外れたが、9発が狙いどおりに命中し、船底付近で炸裂して防御不能な浸水を発生させた。


 これで、冷静に勘定してみると、100隻の敵艦船うち、26隻が沈没又は行動不能に陥っていたが、そこへ、蛟龍隊24機が襲い掛かった。


 蛟龍隊は、全機が、命令どおり後方の半分、即ち輸送船団の方へ向かった。

 蛟龍の六〇一空は、リンガ泊地で猛訓練に明け暮れ、練度が格段に上がっていたことから、ほとんど回避運動が取れない静止目標に等しい帆船は、格好の的であった。


 零戦隊の6番(60㎏爆弾)は、輸送船1隻当たり2発が命中し、15隻の敵船が激しい火災を起こした。


 続いて、実戦は初陣の流星が緩降下爆撃により、2航過(2回)の爆撃を行い、合計8発の25番の命中弾を得て、8隻の輸送船を木っ端微塵にしてしまった。


 天山隊は、機数こそ3機と少ないが、6番6発ずつを搭載しており、2発ずつ3回の爆撃を行った。

 その結果、14発の命中弾で7隻の敵船を大炎上させることができた。


 これらの結果、敵艦隊(船団)のうち、50隻ほどもいた輸送船は、ほぼ壊滅するに至り、戦闘艦艇のみ40数隻の陣容となった。


 上空の各機は、まず、残った輸送船1隻に執拗な銃撃を繰り返し、瑞雲と流星の20㎜機銃の掃射が弱い火災を発生させたが、敵兵にこれを消火する気力はなかったと見え、次々と海中に飛び込んで逃げていくのが見えた。

 続けて、水戦隊、零観隊の各機も、敵戦闘艦隊への機銃掃射を繰り返し、特に、旗艦と思しき大型艦では、指揮官と思しき人物を撃ち倒すことができた。


 ここに至って敵は、ようやく前進を止める決断をしたらしく、回頭して南方を目指し始めたが、如何せん、風が逆風のようで、まるで速力が得られていなかった。


 戦場の海面には、焚火のように燃えている船と沈船の残骸、樽や木箱、木片、これらに縋り付く夥しい数の兵士や兵士の死体が漂っており、生存者は健在の軍艦に向かって助けを求めているが、逃げるのに必死の艦は、全く無視の姿勢である。


 飛来するワイバーンも見られず、弾丸も無くなりつつある各機は、母艦に引き揚げ始めた。

 蛟龍隊の艦攻指揮官機、瑞雲の指揮官機、零観の指揮官機から、それぞれ


「敵輸送船団ハ壊滅セリ 残余ノ敵艦隊ハ逃ゲツツアリ」


の報告電が打電された。


 海に漂っている連中が何かを叫んでいるが、岩出山たち搭乗員にとっては


「俺の知ったことか。」


である。

 

 そこへ、零戦12機と紫電改9機から成る第ニ次攻撃隊が到着した。

 それぞれが、6番2発ずつを搭載している。


 これらの攻撃が終了した時、さらに12隻の艦が炎上するか大浸水を起こし、再起不能になりつつあった。

 それでも30隻以上残った敵艦隊は、これはこれで脅威であると、岩出山は思った。

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