第45話 激闘から反攻へ
文字通り「緊密なる協力の下」に、旧公国派とゴブリンを撃退した日本帝国陸海軍であったが、トゥンサリル城の中は、ゴブリンや敵兵、衛兵たちの死体の山で、惨憺たる有様であった。
大広間も、つい先刻まで華やかな夜会が開かれていたとは思えない惨状である。
「ほかに仕様もなくこの様子に至り、申し訳ない。」
別に謝る必要もないのであろうが、桑園少将がグリトニル辺境伯にそう言った。
「いえ、滅相もない。かかる大事、事前に何某かの兆候があったはずで、これを見逃したのは私の不徳の致すところ、詫びるのは当方でございます。また、ワイバーンとハーピーを撃退していただいたのに続き、不逞の輩と汚らわしき畜生どもからもこの城をお守りいただき、感謝に堪えません。」
グリトニルは素直に謝意を表した。
「いえ。それよりも、姫君はどこかで休まれた方がよろしいのではありませんか。」
桑園は、ぐったりとしたイザベラを見て言った。
「ああ、いかにもそうですね。デイク男爵と、侍女のアニタ殿は…難しそうですね。メルテニス、手を貸してやりなさい。」
アニタが参っているのをいるのを見たグリトニルは、メルテニスに命じた。
「はっ!」
メルテニスは、アールトと一緒にイザベラに手を貸しながら、控室の方へと向かって行った。
「それにしても、センシャというものは威力のある武器ですね。ギガントゴブリンを退治するあり様の凄さたるや、まるで無敵だ。」
グリトニルは、心底感動した様子で言った。
「いえ、これでも私たちの世界では、戦争相手の戦車に敵わんのですよ。」
桑園は、南方の前線で聞いた、連合軍戦車に苦戦するチハ車、即ち九七式中戦車の実情を思い出しながら答えた。
「なるほど、そうなのですか。異世界の武器とは、我々の想像を超えるものなのですね。」
グリトニルは、改めて感心した様子だった。
「それはそうとグリトニル伯、今回、敵の一連の攻撃は、余程周到に準備されております。大規模な空襲に続いてゲリラ…あー、城を狙った局地的な戦闘でしたが、仮に、敵が大規模な攻勢を企図しているとすれば、さらに、陸上及び海上からの本格的な侵攻があるとも考えられます。」
「いかにも、今回の一連の戦いには、単に旧公国派のみならず、南部大陸諸国が背後にいると思われる。デ・ノーアトゥーンとトゥンサリル城を奪取すれば、ブリーデヴァンガル属領全体の支配の足掛かりとなり、ブリーデヴァンガル島を支配すれば、ビフレスト海峡の西の出入口を押さえることとなります。」
「つまり、綿密に練られた戦略に基づく敵の行動の一環という訳ですな。」
桑園は、グリトニルが、明確に敵の意図を読み取っていると感じた。
「ただ…。」
グリトニルが口籠る。
「ただ、本国は、いまだに敵を過小評価し、十分な戦力を送って寄越しません。まるで、私が暴発するのを警戒するが如く。」
「あの様子では、暴発しようにもできませんでしょうな。何より、辺境伯閣下は聡明でいらっしゃる。できることとできないことは、十分に弁えておられるようにお見受けいたします。」
桑園が慰めるように言った。
「自分でもそうあるべしと思っておりますが、
グリトニルが心中を吐露する。
「さて、皆様はどうなさいますか。」
彼が話題を切り替えるように言った。
「とりあえずは眠ることといたしましょう。」
「お休みになられますか。」
「はい。私と私に部下たち、陸軍兵にも、適当な場所をお貸し願えれば幸甚です。」
「なるほど、それは良いお考えですね。姫もそうでしょうが、私も疲れましたので、明日に備えて休みましょうか。」
「そう、それでございます、閣下。敵方が、引き続き何かを企みおる可能性があります。すぐに連絡して、空母蛟龍を呼び寄せることにします。私もいずれは蛟龍へ戻らねばなりませんし。」
「クウボ、でございますか。」
「はい。飛行機を載せて運用する艦でございます。」
「それはまた、想像を絶します。」
グリトニルも、一日で異世界のいろいろなものを見せられ、混乱しているのかも知れなかった。
蛟龍へは、戦車から城内に設置を進めている臨時の通信室へ連絡し、通信室から令川丸を経由して無線連絡を行い、直ちにデ・ノーアトゥーン港へ向けて出港が命ぜられた。
蛟龍は、桑園たちが仮眠を取っている間には港外へ到着するはずで、25航空戦隊の蛟龍、出雲、葉月、櫟の4隻をもって、とりあえずの艦隊を組むこととした。
些か物足りない感は拭えないが、全速で20ノット出るかどうかの海防艦では、速力が遅いため空母に追随できず、全速26ノットの櫟でも、付いて行くのがやっとで、全速26ノットの出雲がいるため、辛うじて同行できる状況なのである。
「今日、できることはやった。あとは、明日のココロだ。」
桑園たちは、ゴブリンの屍を超えて、仮眠場所へ向かった。
陸戦隊や陸軍部隊、続々と到着している増援の戦車隊、歩兵の将兵も、適宜の場所で、「今日は仮寝の草枕」であるはずだった。
そして動乱の一夜が明けた。
城内の死体は、臣下の者をはじめ、志願してやって来た街の住民や、緊急の依頼を出した冒険者ギルド出入りの冒険者たちの、夜を徹した作業によって、あらかたは片付けられていたが、壁に残る銃弾の痕や、床に残された戦車の履帯の傷跡が、昨晩の激戦を物語っていた。
デ・ノーアトゥーンの市民たちは、夜明けとともに港外へ現れた巨艦、蛟龍の姿に、再び驚かされた。
出雲が浮かべる城、山のような存在ならば、蛟龍は平坦な島がそこへ出現したようなものであった。
「あれも異世界の海軍の軍艦だそうだ。」
「どれだけデカい艦を揃えれば気が済むのだ。」
「グリトニル辺境伯様が陣営に引き入れたとか。」
「御味方ならば、心強い。」
街の住民たちは、口々に噂をし合った。
前夜、「スッポンポンの術」のために大恥をかかされてしまった夜兎亭のソーニャであったが、なかなか道を譲らない助平な野次馬を、花川少尉の軍刀とその部下の威嚇射撃で追い払ってもらい、ようやく店の2階の一角にある自室へ辿り着くことが出来た。
服装を整えてから彼女は取って返し、持ち出した馬の鞭で野次馬どもに心ばかりの仕返しをしたのであったが、助けてもらった礼という訳でもないが、花川隊の10名を、そのまま夜兎亭の客室へ宿泊させた。
また、小山一等兵曹率いる10名も、そのまま銀月亭に宿泊させてもらい、それぞれ揃って朝食を頂かせてもらうこととなった。
これらの陸戦隊員も、朝食後にタバコを吹かしながらくつろいでいたところへ、街の中が急に騒がしくなってきたので窓から顔を出してみると、住民たちが口々に
「大きな異世界の軍艦が、また出た。」
などと噂してることから、
「さては蛟龍が来たな。」
と悟ったのである。
その後について、特に具体的な命令を受けていなかった花川隊であるが、一応、受けていた当初の命令が「市街地の警備」であったことから、そのまま居心地の良い夜兎亭と銀月亭の「警備」を続けることにした。
「城の方が大変だったという噂も聞きますが、放っておいて大丈夫でしょうか。」
心配する部下もいたが
「なあに。またドンパチが始まったら駆け付けりゃ良いさ。」
花川は澄まし顔で答え
「ソーニャさん、もう一杯お茶をくれないか。」
と、ソーニャにお茶(かどうかは分からない、それらしい飲み物)のお代わりを頼んだ。
その頃、トゥンサリル城の会議室には、グリトニル辺境伯とバース子爵、庶務尚書ケッペル男爵のほか、軍務尚書ファビアン・ニルス・ハーンソン・レンダール男爵、商務尚書クレーメンス・オーケソン・ファン・ハーン准男爵ら属領主府の閣僚と日本陸海軍の面々、イザベラ姫と侍従のアールト、侍女4人が集まっていた。
一同の面前のテーブルには、ブリーデヴァンガル島とその周辺の北・南両大陸の地図が置かれており、これから軍議が開かれようとしていた。
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