第37話 戦艦出雲 美少女と共にデ・ノーアトゥーン港へ

 日本軍とブリーデヴァンガル属領主府との話し合いが行われていた頃、ギムレー湾には後部甲板に魚雷艇2隻を載せた水上機母艦千早と、小笠原増援輸送隊の輸送艦第99号、給糧艦浦賀と護衛の海防艦第83号及び駆潜艇第59号が、ようやく到着した。


 船足の遅い浦賀に速度を合わせていたため、予想より時間が掛かり、未明のギムレー湾到着予定だったものが、すっかり明るくなってからになった。


 ただ、兎にも角にも、これで異世界へ転移した艦艇、航空機、人員が勢揃いしたことになる。

 輸送艦に乗せられていた

  三式中戦車 3輌

  九七式中戦車(旧砲塔) 3輌

  九五式軽戦車 3輌

  九七式自動貨車 2台 搭乗の将兵30人

と、各艦に分乗していた陸軍の歩兵1個小隊と武器弾薬は、それぞれここで陸揚げされた。


 したがって、ギムレー湾の浜辺近くには、戦車が2個中隊、軽装甲車が1個小隊、砲兵1個中隊に人員計3個中隊とトラック5台など、連隊規模の戦力が集まっていることになった。


 これらのうち、将兵の目を引いたのはやはり三式中戦車で、砲塔に、新砲塔九七式中戦車と一式中戦車が装備している47㎜砲が豆鉄砲に見える位の、大きな75㎜砲を装備していた。

 もっとも、三式中戦車は、一式中戦車の車体に、一式砲戦車が装備しているものと同じ90式野砲を無理矢理搭載したものであったし、量産も、ようやく始まったばかりで、今まで第一線部隊には全く配備されていなかったが、1個小隊分が揃ったところで、米軍の侵攻近しと思われている硫黄島へ、実証実験も兼ねて配備されることになったものであった。


 三式中戦車小隊を率いる簾舞中尉は、陸軍技術本部で新型戦車のテストに携わっていたが、上官に疎まれたため、戦車ごと、激戦が予想される硫黄島へ飛ばされる途中であった。

 ただ、彼の小隊をはじめ、ほかの2個小隊の将兵のいずれもが、玉砕覚悟ではありながら、硫黄島守備隊の中で西竹一中佐が連隊長を務める、戦車第26連隊への配属を誇らしく思っていたから、今回の異世界転移については、当面の玉砕は避けられて正直ホッとしている半面、島で待っている戦友たちへの申し訳なさや、覚悟を挫かれた無念さのような、複雑な心境であった。


 もっとも、これは彼ら戦車隊だけではなく、神武作戦に参加予定だった、空母蛟龍搭載の第601航空隊搭乗員たちなども、同じように複雑な心境であった。

 

 彼らに共通する思いは


「いつまで異世界にいるのか、いつ元の世界に戻り作戦に参加するのか。」


というものだったが、特に、訓練もなく無聊に絶え兼ねない今の状況は、誰しもが、色々と余計なことを考えてしまうものであった。


 そんな中、トゥンサリル城の立検隊から、令川丸を通じた無線通信で


「蛟龍ト出雲ハ 25航戦司令官ヲ伴ヒ 本日1600マデ二 デ・ノーアトゥーン港ヘ来ラレタシ」


という電文が入った。

 要するに、「今晩、延ばされていたイザベラ姫歓迎夜会を開催するが、そのために25航戦司令官が戦艦、空母を連れて来い。」というものである。


「随分と居丈高な要求ですな。そんなに見たければ出向いて来いというものです。」


 蛟龍艦長の稲積大佐が、憮然とした表情で言った。


「まったくです。司令官、いっそのこと無視をしては如何ですか。」


 副長の米里中佐も、後に続ける。


「うーむ。しかし、会談は上手くまとまりかけているんだろう。だったら、無視はできないだろうさ。」


 桑園少将は、少し考えてから


「よし、俺が出雲に乗って行こう。蛟龍と2隻も出す必要はない。好奇心旺盛な若殿様も、戦艦を見れば納得するだろうさ。」


と言った。

 それから


「本艦は、1630までにデ・ノーアトゥーン港に入港する。51警備隊は各艦の警備と、万一に備えて連れて行くから、すぐに乗艦させてくれ。武器弾薬も忘れるな。それと、大艇が救助したというお嬢さんたちも送り届けよう。」


と手早く出港準備のための命令を下した。

 先方の言う通り2隻で行かないこと、1600より遅れて行くことは、便宜を図って貰ったことへは感謝するが、言いなりにはならないというメッセージである。


 時計が1030を回った頃、準備が整ったため


「出港用意」


のラッパが鳴った。


 出雲は、いつもと違い、艦橋に25航戦司令の桑園少将を迎え、昨日、令川丸が出港したときと同じように、艦長の操舵号令に合わせて砂州を交わして、デ・ノーアトゥーン港に向けて出港した。

 出港した艦は、18ノットの速度で航行している。

 

 航行中、令川丸へ、デ・ノーアトゥーン港周辺の海の深さを可能な限り調査するよう指示をした。

 出雲の満載時の喫水は9.03mなので、これより浅い箇所があれば、座礁してしまう。

 ただ、令川丸は、停泊後、大発や内火艇などを使って、周辺の深さを調べており、おおむね問題はないことが確認はされていた。


 1時間半もすると、出雲の艦橋トップにある方位版射撃指揮所からは、デ・ノーアトゥーンの港やトゥンサリル城が見えてくる。


 防空指揮所の見張り員の一人が


「今、主砲を撃っても、まだ街までは届きませんね。」


と隣の下士官に言った。


 彼が人の気配に振り向くと、そこには、海軍第三種軍装を纏った、金髪の美少女2人、クリステルとエミリアが立っていた。


「おいおい、あんたたちが大艇に救助されたっていうお嬢さん方かい。勝手に上ってきちゃダメだよ。」


「良いんだ。司令も艦長もお許しだ。見たいものは見せてやれという話だ。」


 気付くと、少女の後ろに副長星美中佐が立っていた。

 見張りの兵は、慌てて星美に敬礼して、答礼を待って旧に復し


「存じませんで、失礼いたしました。」


とだけ言うと、また見張りに戻り、固定式の大型双眼鏡で、多分、敵機は現れることがないであろう上空を覗き始めた。


「クリステル姉様、私、こんな高いところへ昇ったことないわ。」

「私もよ、エミリア。王都にあるお城のてっぺんでも、こんなに高くないでしょうね。」

「これが、海に浮かぶ軍艦なのだから、異世界って凄いところなのね。」

「助けてくれたヒコーキの兵隊さんが言ってたけど、向こうの世界では、軍艦を『浮かべる城』って言うらしいわ。」

「ああ、それ、別の偉い方も仰っていたわね。」

「でも普通、お城は陸に石を積んで造るけど、この艦は全部鉄でできているのよね。だから『まがねの城』でもあるのよね。」

「そうね、『くろがねの城』にもなるわね。」


 この二人は、高所恐怖症とは違うようで、どこかの行進曲のような会話になった。

 

 航海の途中、海は穏やかで、困難は全くなく、出雲は、1615、デ・ノーアトゥーン港の沖まで到着したが、浅瀬などの障害物に用心して、令川丸よりは、若干、沖へ寄った場所に錨を降ろした。


 日はだいぶ西へ傾いていたが、夕日に照らされる出雲の威容は、デ・ノーアトゥーンの住民やトゥンサリル城の居住者たちの度肝を抜いた。

 出雲を見た者たちは、皆、港までの距離が縮まったような錯覚に陥ったが、それほどこの戦艦は大きかったのである。

 

 艦の大きさだけでなく、砲の大きさも驚きと畏怖の対象であった。

 海賊を退治したといわれる、令川丸や櫟(実際には戦っていないが)の備砲が、針のように見えるほどの巨砲であるから、住民たちは


「あの艦と砲の巨大さときたら、何なんだ。」

「王国の軍艦が、100隻束になっても敵わないぞ。」

「砲撃されれば、トゥンサリル城だって木っ端微塵に吹き飛ばされるに違いない。」

「二ホンの軍隊は異世界から来たというのは、本当なんだ。」

「敵に回らないだろうな。」


などと、口々に噂した。


 城の物見台から遠眼鏡で出雲を観察していたグリトニル辺境伯も、その大きさに圧倒され、かつ、呆れていた。

 大きい艦とは聞いていたが、これほどまで巨大であるとは想像もしていなかったので、正直


「とんでもない物を呼び寄せてしまった。」


と思った。


 グリトニルはイザベラ姫を物見台へ呼び寄せて


「姫が『大きい艦』と言っておられたのは、あの艦でしょうか。」


と聞いた。


 これに対してイザベラが


「ええ、そうでございますわ。ただ、二ホン艦隊には、高さはあの艦『イズモ』ほどではございませんが、長さがある艦もございました。甲板がとても平べったくて、何でも『ヒコーキを飛ばす艦』だとか。」


と答えたが、これを聞いたグリトニルは


「これほどの大きさの艦が、まだあるのか。異世界とは、とんでもないところではないのか。」


と考えざるを得なかった。

 

 彼は我に返り、近侍の者を呼び


「あの『戦艦』へ、用意していた迎えの馬車を出せ。言うまでもないが、丁重にお迎えしろ。私は、ニホン人というものを、少し見くびっていたようだ。」


 出雲を見た衝撃が残っていたが、若いグリトニルは、日本艦隊を自分の陣営に迎え入れる本格的算段を前向きに考え始めていた。


 そして


「男爵を迎えに出す予定であったが、変更だ。誰か子爵以上の者を遣わせよ。」


と命じた。

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