第34話 お城と若殿様と戦車と
トゥンサリル城へ到着したイザベラ姫は、正面玄関前で、衛兵とともに待ち構えていた、グリトニル辺境伯に出迎えられた。
姫が馬車から降りると、グリトニルは前へ進み出て、恭しくお辞儀をし
「イザベラ・ラーシュニン・ファン・アースガルズ・ミズガルズ様、ようこそトゥンサリル城へ参られました。途中、危ない目に遭われたと聞き及びますが、安着されて胸を撫で下ろしているところでございます。」
これにイザベラは、まず跪礼で応えてから
「ご心配をお掛けして申し訳ございません。こちらこそ、到着の遅延につきまして、深くお詫び申し上げます。どうぞ頭をお上げくださいませ。」
言いながらイザベラは、グリトニルを間近で観察したが、肖像画など問題にならないくらいの美丈夫で、上品さを身に纏ったような、一見非の打ちどころのない若者がそこにいた。
「信じられないわ。こんな素敵な方を見るのは生れて初めて、本物の王子様がここにいるわ。」
イザベラは、物心ついてから、数多の宴や夜会に参加してきたが、王都の高級貴族の子弟にも、これほど立派な人物は見当たらなかった。
彼女は、この若者に出会えたことを、天に感謝した。
いや、感謝を通り越して、感激していたのである。
「さあ、姫。一緒に参られよ。」
グリトニルは、イザベラの手を取って、衛兵の列の前を一緒に城内へと入って行き、豪華なシャンデリアが吊られた大広間を抜け、そのまま貴賓室へと向かった。
「本来であれば、今宵、姫の歓迎のための夜会を開く予定でございましたが、通信鳩がもたらした信書によれば、大変な目に遭われたご様子にて、お疲れであろうと存じます。したがいまして、夜会は明日の夜催すことといたしましたので、今夜はどうかゆっくりとお休みなさいますように。」
グリトニル辺境伯の気遣いは本物であったが、もう一つ、未知の異世界から来たという日本艦隊の方にも、大いに興味をそそられていたのも事実である。
彼は、デ・ノーアトゥーン港外で停泊している駆逐艦
イザベラは、グリトニルが、初対面の婚約者である自分以外にも心惹かれる存在を匂わせていることについて、それは、彼女が最初に令川丸以下の艦隊を見たときと同じ感覚と気付き、奇妙な同感を覚え、むしろ好ましいとさえ思った。
そして、彼女は、案内された貴賓室の豪華な
「凄い、凄いですぞ姫!日本艦隊の強さ、信じられない大きさの軍艦、人が操るヒコーキを見られたのですか。しかも、日本人たちとすでに友誼を結ぶことに成功しておられるなど、何と姫の度量の大きいことか!このグリトニルは、心底感服いたしました。」
グリトニルのこの言葉は、大げさなものではないように思われた。
コンコン
そこへドアをノックする者がいた。
「何用か。」
話の腰を折られた格好で、グリトニルは少し不機嫌そうに言った。
「お取込み中のところ、大変恐縮にございますが、姫様のお付きの者が参上してございます。」
少し野太い声が恭しく述べた。
「入りなさい。」
グリトニルの許可があり、ドアの外にいた衛兵がドアを開けると、杖を持った老人が、荷物を携えた女性を従えて立っていた。
「これは…デイク男爵ではございませぬか。失礼な対応、お詫び申し上げる。そちらは侍女殿ですな。そう言えば、姫におかれては、若輩者の戯れ話にお付き合いいただき、恐縮にございます。私はいったん失礼いたします故、ごゆっくりおくつろぎください。」
そう言うとグリトニルは、アールトと、アニタ、ドーラを貴賓室に残し、退出して行った。
「会ってみたいものだな、ニホン人とやらに。」
いったん自分の執務室へ戻ったグリトニルは、報告に戻った領主府庶務尚書ケッペル男爵に言った。
ティアマト号に乗っていたケッペルも、日本艦隊を直接見聞し、日本人と接している。
「先ほど、姫も申しておられたが、それほどに凄いものなのか、二ホンの軍艦は。」
「はい、左様でございます。海賊と戦ったのは、彼らの持つ艦のうち、最も小振りのものとのことで、実際、別行動の艦隊と合流いたしましたところ、最大の艦は、比較にならぬ大きさで、本当に山か島、あるいは城がそのまま海に浮かんでいるようでございました。何でも、彼らの愛唱歌の文句の中に『浮かべる城』という詞があるのだそうですが、臣が実際に見ましたものは、まさに歌詞のとおりでございました。」
「なるほど、
グリトニルは、今一つ腑に落ちない様子でいたが、自分に言い聞かすようにそう言った。
「辺境伯閣下、今一つご報告がございまして…。」
「何だ、申してみよ。」
ケッペルは、グリトニルに促されて続けた。
「実は、領主府商工ギルドの
「商工ギルド支配人は、確かヴィットリアとか申したな。平民ながら極めて才長けた人物と聞くが、その不思議な車が、なぜ彼の者の屋敷にあるのだ。」
「報告によりますと、何でも、ヴィットリアがこのデ・ノーアトゥーンへ向かう途中、山賊に襲われたところを助けられたとか。旧公国派も混ざった襲撃にて、山賊どもは軍隊並みに強力な武装であったそうですが、これをセンシャ装備の銃砲で難なく追い払い、女頭目を捉えた由にございます。」
「海賊に続いて今度は山賊か。我が領地の治安は、麻縄の如く乱れておるではないか。」
日本軍に、自分が管理する領土の闇を見られて心中穏やかではないが、日本軍に対する興味が勝る。
「そのセンシャとやらもぜひ見てみたい。ギルド支配人は、確か、ギルド会館併設の屋敷に住まわっておったはずだ。すぐに使者を立てて、その者らを城へ召喚せよ。」
若殿様の言い付けは早かった。
しかし、ケッペルは先手を打っていた。
「実は、辺境伯閣下。すでに使者は出しているのでございます。」
使者は派遣済みであった。
「そうか。では、その者らは、もうこちらへ向かっているのか。」
グリトニルの問いに、ケッペルの歯切れは悪かった。
「その、彼の者たちの隊長曰く『自分たちは貴族ではないし、高位の官職を持っているものでもないので、お城へ呼ばれるには不釣り合いであり、ご辞退申し上げる。』とのことでありまして…。」
「何、私が構わないと言ってもか!」
「いえ、で、ございますから、彼らの艦隊から派遣されている、より高位の者をして説得を試みようと、
先刻、オオヤチというその者を、ギルド支配人宅へ向かわせましてございます。」
「む、そうか。大儀であった。」
「恐れ入りまする。」
何のことはない、豊平少尉が1回断ったものを、大谷地中佐に説得させようとしている訳である。
当の大谷地は
「なんで俺が、陸兵の説得なぞせにゃならんのだ。」
と、ぶつくさ言いながら、ヴィットリアの屋敷へ向かう馬車の中にいた。
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