第33話 ギムレー湾 根拠地へ
デ・ノーアトゥーンの商工ギルドの
ところが、しばらくすると、パカパカと言う蹄の音も高らかに、別の馬車が車列を追い抜いて行き、さの次に車列を追い抜きかけた馬車が、豊平の戦車の左側を並走し始めた。
豊平は、最初は気に掛けていなかったが、その馬車の御者台からこちらを呼ぶ声がしたので左を見ると、海軍の下士官が彼を呼んでいた。
「おーい、そちらは海軍さんかね。」
戦車の轟音に負けじと、豊平が大声で呼び掛けた。
「はい。私は、第51警備隊の先任下士官で清田上等兵曹です。そちらは北東艦隊の輸送艦に載っていた戦車ですか?」
「そうだ、戦車11連隊所属だが、後ろの乗用車に、例の
「そうです。あのお姫様のお誘いで、お城へ向かう途中です。」
「そうか、自分たちは、前の馬車のお金持ちの屋敷へお呼ばれだ。道すがら、山賊から助けたんだ。」
「それは凄いですね。では、私らは先行してお城へ行きます。」
清田上曹は、御者台に腰掛けたまま敬礼をしたので、豊平も答礼をすると、清田の乗った馬車は、また蹄の音も高らかに走り去っていった。
九七式中戦車も、今少し速く走ることが出来るものの、如何せん、前を行くヴィットリアの馬車がゆっくり進むので、致し方がなかった。
それでも、10分も進んだ頃、道路右側の大きな屋敷の前に到達すると、ヴィットリアの馬車は迷うことなく門を潜って言ったので、戦車と乗用車、装甲兵車の車列も門の中へ入って行った。
馬車は、玄関前広場の噴水があるロータリーへ左回りに進入したので、車列もこれに続いて行き、馬車が玄関前で止まったので、車列は、よく手入れされた芝生や花壇を踏み荒らさないように気をつけながら場所を選び、石畳の上で停止した。
各車輛のエンジンが切られ、周囲に静寂が戻った。
屋敷からはメイドや執事などの使用人たちが出て来て、
「さあ、魔術師様、二ホン軍の皆様、我が屋敷へようこそ、どうぞお入りください。」
ヴィットリアが大声で呼ばわった。
「よおし、お邪魔しようか。」
豊平がヴィットリアの言葉に応えるように言い、一同は、使用人の列の上品なお辞儀に迎えられ、ぞろぞろと屋敷の中へ入って行った。
一方、ギムレー湾では、輸送艦第百号と根室に搭載していた車両がまず降ろされた。
第百号からは、先にデ・ノーアトゥーンへ向かった九七式中戦車3輌と装甲兵車1輌のほか、
一式中戦車3輌
一式砲戦車2輌
九七式軽装甲車3輌
装甲兵車2輌
が砂浜へ自走して揚陸された。
根室からは、上甲板に積んであった特二式内火艇3輌が、海面にクレーンで降ろされ、自走して上陸した後、フロートを外して陸戦隊の軽戦車になった。
そのほかの
九七式中戦車3輌
九五式軽戦車2輌
九五式乗用車1台
九〇式野砲2門
九八式四屯牽引車3輌
九七式
は、各艦搭載の大発が、艦と浜を往復して陸揚げしたが
九七式
は、ボディが長く大発に収まらないので、いったん根室からクレーンで輸送艦第百号に移し替え、第百号から砂浜へ自走で上陸させた。
また、根室に主翼を畳んで積んであった三式指揮連絡機は、そのまま大発に載せて陸揚げし、主翼を元の通り展開して飛べるようになり、分解して積んであった九八式直協偵察機も、大発で陸揚げ後に陸上で組み立て、飛行可能にした。
この2機種については、極端に柔らかくさえなければ、海岸の砂浜がそのまま離着陸場として使えそうであった。
そのほか、ドラム缶入りのガソリンや軽油、弾薬と糧秣が次々と陸揚げされたが、弾薬については、保管に気を使うことと、次の移動に備え、最小限度の陸揚げとした。
湾とその周辺の陸地は、非常に大きな面積ではあるが、湾内の海面には、大小9隻の艦隊に加え二式大艇が停泊し、自然しかなかった陸地も、草原には先着の陸攻、重爆以下7機の陸機軍機に、2機の偵察機が合流したほか、浜辺と海岸近くの緑地は、かなりの面積が、陸揚げされた多数の車輛と人員、補給用物資で覆われていて、どこか南方の戦地にでも紛れ込んだかのような雰囲気である。
間もなく、水上機母艦千早と小笠原増援輸送隊が、ここギムレー湾へ姿を現すはずであるから、今は陸上建築物こそないが、完全に日本軍の根拠地となることは明らかであった。
「ここを根拠地とするには、艦隊の将兵ともかく、陸上部隊用の兵舎と車庫が必要だな。」
第25航空戦隊司令の桑園少将は、陸軍部隊と海軍陸戦隊の住環境解決が喫緊の課題であると認識し、早急に属領首府側と交渉に入りたいと考えた。
現状では、飛行場に適していると見えた草原が私有地である可能性もあるし、樹木の伐採も勝手に行ってよいかどうか判断がつかなかったからである。
とりあえず、海岸を整備した水上機基地の構築に取り掛かることにして、砂浜を掘って、水上機1機ずつのフロートが入り込む窪みを作り、即席のクレーンを幾つか設置して、陸上に引き揚げる設備を作り始めた。
また、二式大艇も、いつも千早に載せて置く訳にも行かないので、脱着式のフロート付き車輪を使って、陸上に引き揚げる設備が必要であった。
いずれにせよ、現在、デ・ノーアトゥーンへ赴いている高級士官が、令川丸副長の大谷地中佐のみであるから、早急に誰かを派遣してやる必要があると考えられたが、陸路で派遣するか、いずれかの艦で海路を行くかの選択があった。
この点、特務艦ではあるが、船舶としては余裕のある令川丸について、零式水上観測機2機と零式水上偵察機1機以外の搭載機9機をギムレー湾に残し、乗用車1台とサイドカー1台を積み、アナセン准男爵と騎士オーケルマン、桑園の意を受けた25航戦参謀山花大佐ともう一人の少佐参謀が、デ・ノーアトゥーン港へ向かうことになった。
そして、このことは、デ・ノーアトゥーン港外に停泊している駆逐艦櫟を通じて、トゥンサリル城へ向かった大谷地中佐ほか立検隊と、ソフィアとベロニカを送って行った豊平少尉たちにも無線で伝達された。
時刻はそろそろ夕方に近かったが、明日まで待っていても仕方がないので、令川丸は、直ちに出港準備に掛かった。
「出港用意!」
艦長南郷大佐の号令で、異世界で初の出港用意のラッパが
タッタッタッタター タッタッタッタター
と、高らかに鳴った。
「機関、前進微速。」
「前進びそぉーく!」
南郷の号令を操舵員が復唱し、テレグラフが
チリリン
と鳴って「前進微速」指し、艦はゆっくりと前へ進み始めた。
「砂州を交わしまーす。」
見張り員の報告とともに、令川丸はギムレー湾の天然の防波堤になっている砂州の間を通り抜け、外洋へ出た。
「航海長、デ・ノーアトゥーン港へ向けよ。」
「了解、デ・ノーアトゥーンへ港向けます。おもーかーじ。」
「速力上げぃ、機関強速。」
「前進きょおそぉく」
操艦号令と復唱が、小気味良く艦橋に響く。
艦橋の後方にいた、アナセンとオーケルマンは、そんな操艦風景に、興味深そうに見入っていた。
「水上機母艦千早からの入電で、千早以下の艦隊がギムレー湾に到着する見込みは、明日の未明とのことです。」
「分かった。あの艦隊とは、またすれ違いだったな。」
通信士の報告に、南郷は独り言ちた。
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