第32話 戦車とダークエルフの看板娘

 ヴィットリアの馬車に続いて北門からデ・ノーアトゥーンの街へ入った、九七式中戦車2輌、九五式乗用車、一式装甲兵車の車列であったが、門をくぐって2、3㎞進んだところで、衛兵に足止めを食らってしまった。

 戦車を見て肝を潰した風の衛兵であったが、今度はソフィアやヴィットリアの証明書を見せても、頑として道を開けなかった。

 

「高貴な方がお通りになる。」


という衛兵の言葉から、イザベラ姫一行が通るための交通規制だと豊平少尉は理解した。


 ならば、と回り道をして港から続く大通りへ出たが、タイミング悪く、イザベラの馬車より前に出てしまったらしい。

 イザベラの馬車を見ようと集まっていた沿道の見物人にとっては、より以上のインパクトを与えられる、帝国陸軍の戦車の登場である。


「何だ、この車は?」

「どれも、馬が曳いていないのに動いている!」

「しかし、頭を出しているから、人が乗っているぞ。」

「あの小さい車には、魔術師が乗っているから、魔術で動いているんじゃないか?」

「港の沖に現れた、鉄の船と関係があるのか。」


 沿道の見物人は、目前に現れた戦車の車列について、思いつくままを口にしている。


 車長のハッチから上半身を乗り出している豊平は


「興味本位で戦車の上に乗られると、危なくて困るなぁ。」


と思いながら周囲の見物人を見回していたが、その中には、エルフと聞いていた耳の長い種族や、犬猫のように耳が頭上に付いている種族、背が低くて髭が濃い種族など、様々な種族がいて、改めて違う世界に来たことを実感していた。


 その見物人たちは、だんだんと近寄ってきて、しまいには車列が見物人に取り囲まれてしまった。


「おい、危ないじゃないか。どいてくれ、前に進めない!」

「早くどいてくれ。お姫様が来てしまう!」


 豊平と、もう1輌の戦車の車長である岩瀬曹長が、大声で群衆を退かそうとするが、次々と押し寄せる人の波のため、少し進んでは止まる、の繰り返しになった。

 その度に、エンジンを吹かしては回転を落とすを繰り返すため、周囲はディーゼルエンジンの排気で白く曇ってしまっていて、車上の豊平が咳き込むほどである。


 そこへ騎馬兵が2騎現れ


「お前たち、こんなところで何をしている。」


と居丈高に聞いた。

 どうやら、イザベラの車列の露払いらしい。


「何をしているもしていないも、前に進めないんだよ。見りゃ分るだろうに!」


 その態度にカチンと来た豊平が、つっけんどんに答えた。


「何だと!?怪しい奴らめ。どこから来おった?」

「何を?やんのかゴㇽラァ!」


 豊平は、巻き舌で言い返すと、砲塔を回して主砲をその騎兵に向けた。


「!?」


 砲身を向けられては、さすがの騎兵もたじろいでしまう。


「ちょっとぉ、兵隊さんたち。喧嘩はだめよぉ、天下の往来で真っ昼間から!」


 乗用車から降りて来たソフィアが、仲裁に入った。

 彼女が、再び金色の証明を取り出して騎兵に見せると、騎兵は態度を変え


「これはこれは、王宮の関係者とは露知らず、無礼をいたしました。」


と慇懃に述べた。


「この車の人たちは、私の護衛なのよ。ね、ちっとも怪しくないでしょ。」

「仰るとおりでございます。ただ、この鉄の車がここにいると、姫様のお通りには、些か邪魔ではと思われますもので。」

「あら、そんなことはないでしょう。あのお姫様の事だから、逆に興味津々よ、きっと。」

「魔術師殿がそこまで仰るのであれば、お任せいたします。」


 そこまで言うと、騎兵は去って行った。


 その時、沿道の群衆が


「あ、姫様だ!」

「イザベラ姫様!」

「姫様ァー。」


と騒ぎ始めた。


「各カクカク、こちらトヨ。全員下車、姫君に敬礼せよ、終ワリ。」


 豊平が、咽頭マイクを右手で喉に押し当て、無線で各車に命令した。

 戦車からも装甲兵車からも、次々と兵隊たちが降りてきて整列した。


 蹄の音も高らかに、イザベラ姫の馬車が通りかかったところで、豊平は


「頭ァ、中ッ!」


と号令を掛けた。

 号令と同時に、各車、隊の指揮者は抜剣の敬礼か挙手の礼、その他の兵隊は不動の姿勢で馬車に注目した。

 ところが、馬車はそのまま通り過ぎずに、豊平の前で停車した。


「あなた方は、二ホンの兵隊さんたちね。こんな車にお乗りですもの、すぐに分かったわ。今度、グリトニル辺境伯にお願いして、お城へ来ていただくようにするわ。」


 姫から話し掛けられるのが想定外で、「直れ」の号令を掛けるタイミングを失ってたが、ここで


「直れ!」


の号令を掛け、全員が姿勢を旧に復した。


 そして、一呼吸置いてから、豊平は


「お誘い、恐縮であります。その節は、是非お伺いさせていただくであります。」


と折り目正しく返答した。


「姫様、はしたないですぞ。」


 馬車の奥で、アールトがイザベラをたしなめている。


「分かったわ、やってちょうだい。」


 姫が言うと、馬車は再び走り出した。


「イザベラ姫にぃ、頭ァ右ッ!」


 豊平は、再び号令を掛け、抜剣の敬礼をし、馬車が十分遠ざかった頃合いで


「直れ!」


と号令を掛けた。


 各々が車輛に戻り、豊平も戦車の車体によじ登って、車長用のハッチに下半身を入れ、咽頭マイクを喉にセットした時のことである。

 

「ねえ、兵隊さん。」


 頭上から女の声がした。

 豊平が上を見ると、肌が褐色がかった若い女性が、建物の2階の窓から顔を覗かせていた。


「あんたかね?今、俺を呼んだのは。」


 豊平が聞くと、その女性は


「そうよ。アタシが呼んだの。ねえ、あなたたちどこの兵隊さんなの?変わった車よね、それ。馬もいないのに、どうやって走るの?」


と矢継ぎ早に質問を重ねてきた。


「俺たちは二ホン人だ。この世界じゃない別の世界の国から来たんだ。これは戦車で、お嬢さんには関係ないだろうが、戦場で使う武器なのさ。まあ、話せば長くなるのであとは省略だ。」

「へえ、センシャね。覚えとくわ。ねえ、ここは『夜兎亭』っていうお店で、昼は食堂、夜は酒場をやっているんだけど、アタシは看板娘のソーニャ、ソーニャ・ラムスン・タルトゥっていうの。今度、寄って行ってよ。」

「ああ、ソーニャちゃんね。自分で自分を看板娘っていうのはどうかと思うが、機会があったら寄らせてもらうよ。」


 そう言い終わると豊平は、右手を振り下ろし、車列を前進させた。

 戦車と装甲兵車の履帯が、キュラキュラと音を立てて石畳を食む。


 豊平のイヤホンがジジっと鳴り


「豊トヨトヨ、こちらチバ。応答せよ。終ワリ、送レ。」


と乗用車の千葉曹長から無線が入った。


「千葉チバチバ、こちらトヨ。運転しながらの無線交信は危険である。終ワリ、送レ。」


 豊平が送り返すと


「トヨトヨトヨ、こちらチバ。先ほどの娘はたいそう別嬪さんであります。終ワリ、送レ。」


 およそのんびりとした内容が返ってきた。


「チバチバチバ、こちらトヨ。無線で下らんことを言うな。終ワリ、送レ。」

「トヨトヨトヨ、こちらチバ。魔術師ソフィア殿のお話しでは、先ほどの娘はダークエルフとかいって、とても希少な人種とのことであります。終ワリ、送レ。」

「チバチバチバ、こちらトヨ。どこが希少人種なのか、さっぱり分からん。美人なのは認めるが。終ワリ、送レ。」

「トヨトヨトヨ、こちらチバ。耳が尖っているのがエルフで、さらに褐色の肌がダークエルフなのだそうであります。終ワリ、送レ。」

「チバチバチバ、こちらトヨ。了解した。そのうち機会があれば、あの夜兎亭に行ってみよう。この話はここまでだ。運転に集中せよ。交信終ワリ。」


 中身が与太話になりかけたので、豊平は交信を打ち切った。

 ただ、さっきは何となく話していたあの娘に、少し興味が湧いたのは事実であった。


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