第27話 車列 デ・ノーアトゥーンへ向けて出発!

 夕刻、ブリーデヴァンガル島が見え始めたところで、デ・ノーアトゥーンの港へ向かうティアマト号、アスターテ号と護衛の駆逐艦櫟、それとギムレー湾へ向かう空母蛟龍以下の第25航空戦隊、北東艦隊の令川丸以下の艦隊は、いったん別れることとなった。


 やはり、空母蛟龍と戦艦出雲の存在は文字通り大き過ぎ、いきなり属領首都の外港へ乗り入れるには刺激が強すぎると判断された。

 イザベラ姫が承知しているから構わないのでは、という意見もあったが、ここは、少なくとも、日本艦隊の存在を属領主代官のグリトニル辺境伯の耳に入れ、属領首府の了解を得なければ、何が起きるか分かったものではなかったのである。


 日本艦隊がギムレー湾口に到着したのは、日没後のことであったため、湾内進入は翌朝に持ち越された。

 艦隊の将兵一同、特に輸送艦の陸兵たちにとって、早く湾内で落ち着きたいのはやまやまであったが、夜間は、湾内の水深など、状況を掴むことができないため、一晩、湾外で待つことになった。

 令川丸艦内のアナセン准男爵や騎士のオーケルマンなどは


「経験上、湾内は、相当な大型船でもまったく問題はなし。」


と太鼓判を押したものの、万一を考えて、日本艦隊の幹部一同の総意として、安全策を採ることにしたのである。



 一方のティアマト号以下の帆船組も、デ・ノーアトゥーン港の沖で、沖掛かりをしていた。

 こちらも、夜間、賓客を乗せた大型帆船が、月明りだけを頼りにして防波堤を交わして入港することに、躊躇があった。

 このように、期せずして、両方とも、目的地を目前にして、足を止めたのである。


 ギムレー湾口の日本艦隊では、あちこちで蛍の光のような赤い点滅が見えていた。

 各艦で、久し振りに


「煙草盆出せ。」


の号令が掛かり、将兵が一斉に紫煙を燻らせ始めたのである。

 湾に入れば、飲酒も許されるのではないかとの噂もしきりである。

 各将兵とも、今が戦争中であるとか、異世界に転移したとか、そんなことは忘れる勢いで煙を吐き出していた。


 また、大型艦では、夜食に久々の汁粉が出され、これは若い兵隊たちに大好評であった。

 本来であれば、出撃して戦闘配食しか口にできなくなっていたかも知れない中、これは最高のご馳走であった。


 この夜、令川丸に乗艦している魔術師ソフィアとベロニカが南郷艦長を訪ね、今後の見通しについて質問した。

 南郷の答えは


「自動車でデ・ノーアトゥーンへお送りします。」


というものだった。


「『ジドウシャ』って何なの?」


 ソフィアが確認すると南郷は


「あー…。馬が引かない馬車のようなものです。」


と回答したが、ソフィアにはよく分からなかったらしく、奇麗な金髪の頭を傾げていた。


「この艦だって、帆も掛けずに前へ進むでしょう。動力の理屈は同じようなものです。」


 そう南郷が続けて説明すると、彼女は珍しくとんがり帽子を脱いで、金髪をかき揚げながら


「あら、そうなの。」


と言って引き下がった。



 翌朝06:00、日本海軍の各艦では、一斉に起床ラッパが鳴り響き、兵隊たちが甲板へ駆け出してきた。

 上半身裸になった兵隊たちは、平時のように海軍体操を済ませると


 「回れ回れ!」


と、下士官や古兵にどやしつけられる甲板掃除を終わらせ、各分隊ごとに朝食の食卓に着いていた。


 本当は戦時でありながら、まるで平時の生活そのままであるが、違っているのは、アナセンやオーケルマン、ソフィアとベロニカたちが令川丸に乗艦していることが証明するとおり、ここが異世界であるということだった。


 その異世界で艦隊の根拠地とすべく、ギムレー湾が選択されたわけであるが、そのままいきなり空母や戦艦が乗り入れる訳にも行かないので、まず、各艦から大発や内火艇が降ろされて、湾内各所の水深測定が行われ、実際に艦艇が進入して差し支えないかどうかの調査が実施された。


 その結果、アナセンやオーケルマンが述べたとおり、喫水の深い戦艦や空母が十分に行動できる深さがあると分かった。

 それでいて、海岸は砂浜が続いており、浜から一定の距離までは水深が浅く、水上機の基地としても申し分ないように思われた。


 戦艦と空母を合わせて8隻の艦が揃っているのは、なかなか見応えがある。

 アナセンやオーケルマンは、蛟龍と出雲を見て、改めて驚きを隠せないでいる。


「この先の街道からは、丘や森林地帯があるので、皆様の艦が隠れるものと思っておりましたが、これではほかの艦はともかく、『イズモ』が隠れようもない。」


 アナセンが呆れたように言った。


「いずれお披露目することになりましょうから、多少の事は仕方ありませんな。」


 そう南郷が返した。


 やがて日が十分昇り、波穏やかな湾内が一層穏やかとなり、輸送艦第百号と根室の搭載車輛及び物資と人員の揚陸にはうってつけの天候になった。


 まず、輸送艦第百号は、直前に後方の錨を降ろしながら砂浜に乗り上げ、前方のランプを開放した。

 先に、下段に載せてあった一式中戦車3輌と一式砲戦車2輌が上陸し、次いで、上段に載せていた九七式中戦車(新砲塔)3輌、九七式軽装甲車3輌と一式装甲兵車3輌が、それぞれ乗員とともに上陸した。


 根室は、特設運送艦なので、車輛の種類が多様で、人員数が多かった。

 九七式中戦車(旧砲塔)3輌、九五式軽戦車2輌、一式自動貨車トラック3台、九五式乗用車2台、九七式自動側車1台、九〇式野砲2門、九八式四屯牽引車3輌、特二式内火艇3輌が車輛で、車輛のほか、陸軍の歩兵2個中隊480人と海軍陸戦隊120人余りの人員が、海岸と根室を何往復もする大発で陸揚げされた(特二式内火艇は、海面に降ろされただけで自力で上陸したが。)。


 これらのうち、戦車12輌は、戦車第11連隊に新設される第7中隊を構成するはずの車輛で、また、砲戦車2輌と野砲2門は、合わせて機械化砲兵1個中隊を編成するはずだった。


 波の音と小鳥のさえずりだけが聞こえていた静かな浜辺は、車輛や物資を降ろすクレーンの響きや作業に当たる兵士や上陸する兵士たちの声に加え、揚陸された戦車のエンジン音などが満ち溢れた喧騒の世界へと変貌した。

 無論、先に草原へ着陸していた陸海軍機の搭乗員たちも黙っている訳もなく、上陸してきた車輛や部隊の将兵と、タバコをくわえながら嬉しそうに歓談する姿が見られた。


 ソフィアやベロニカは、車輛の揚陸を


「あれがジドウシャというものなのね。」


 などと興味深げに眺めていたが


「あれのどれかに私たちが乗って、街まで行くってことなのね。」


と言い、少しばかり恐ろし気な表情を見せた。


 とりあえずのところ、車輛と物資、兵員の揚陸は済んだものの、兵員を休ませる施設が海岸にはどこにもなく、自らが張ったテントで休息を取るしかなかった。

 また、500人を超える兵員を輸送する手段もなく、今後、デ・ノーアトゥーンの街までは、歩くか再び輸送艦で移動するしか方法はなく、兵員に関しては、デ・ノーアトゥーンの属領首府と掛け合って落ち着き先が見つかってから、海上輸送を行うことになりそうだった。


 それでも兵隊たちは、浜辺のあちこちに車座になって火を焚くなどして、随分と久しぶりに感じられる陸地の感触を味わっているようだった。


 令川丸に乗艦している異世界人組のうち、アナセンとオーケルマンは「案内役」として日本海軍に同行する必要のあるところ、ソフィアとベロニカは


「いい加減、海ではなく陸地を行きたい。」


との希望であったため


「ここからデ・ノーアトゥーンの街までなら、街道を大型の馬車で行ける。ただし、たまにではあるが山賊の類が出没する。」


というアナセンの言葉から、南郷は各指揮官の承諾を得た上で、九五式乗用車(通称「くろがね4起」)に彼女たちを乗せ、護衛に九七式中戦車(旧砲塔)2輌と歩兵1個分隊と燃料、弾薬を乗せた装甲兵車をつけることにした。

 また、城に入れるかどうかについては


「宮廷魔術師のソフィアがいれば、どこでも問題はない。」


 アナセンがこう言ったので、そのまま信用することにした。


 こうして、九七式中戦車を先頭に、九五式乗用車、装甲兵車、最後に九七式中戦車という車列が出来上がり、先頭車の車長が砲塔上のハッチから上半身を乗り出し、右手を振り下ろして


「出発!」


と合図をすると、4台の車列は目に進み始めた。


「あ!本当に動いている。」


 さすがのソフィアもベロニカも、動き出した乗用車に驚きを隠せない。


「便利なものね。」


 ベロニカが呆れたように言った。


 車列は、砂浜から草原地帯に入り、林の中の小路を抜けると、両側が石で固められて整備された街道に出た。

 道端のごく浅い排水路を超えて街道の本道に入り、左に向きを変えると、車列は、一路、デ・ノーアトゥーンの街を目指し、時速25㎞ほどの速度で走り始めた。


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