第26話 艦隊合同と異世界の証明

 特設水上機母艦令川丸艦長の南郷茂大佐は、貴族という人種への気配りの重要さを、頭に刻んだ。

 つまり、プライドを傷付けたり、下手に機嫌を損ねると非常に面倒なことになるということを。


「そうなったら、武威をもって示すしかないんだろうが、それでは南方の占領地のように、民衆の反感を買ってしまう。」


 南郷は、シンガポールでの日本による統治が、地元民から酷く恨まれていることを見聞していた。


「とにかく、連中の面子を潰さないようにしなければならない。」


と彼は肝に銘じることにした。


 先ほど、出雲から飛来した瑞雲を帰投させたが、その際、ティアマト号と接触した経緯をまとめたメモや零観と交わした通信文の謄本のほかに、偵察で撮影した写真を焼き増しして手渡した。 


 これだけ材料が揃えば、第25航空戦隊も、泊地としてギムレー湾が適していると判断するだろうから、後で説明、説得する手間が省ける。

 また、ブリーデヴァンガル島やデ・ノーアトゥーンの街、トゥンサリル城に関しても、漠然としたイメージではなく、より現実的に捉えられるはずである。


「25航戦との合同まで、あとどのくらいだ?」


 南郷の質問に


「あと4時間ほどと思われます。」


 航海長が答えた。


 加えて、南郷は、後方の水上機母艦千早以下の艦隊について、泊地をギムレー湾とするのであれば、二式大艇を湾へ先に飛ばし、ついでに草原に着陸した一式陸攻以下の7機へ、糧食など補給品を持たせてやれば、千早も動ける上に、一石二鳥と考えた。


 千早の如月艦長は、派遣した海防艦利尻から、ティアマト号については詳細を聞いているであろうから、理解は早いと、南郷には思われた。

 もっとも、南郷は、大艇が救助したクリステルとエミリアについて知らないから、千早と異世界の接点に関しても知らないのであるが。


 他方、25航戦では、瑞雲を飛ばしたものの、西野少尉機が令川丸以下の艦隊と接触したほかは、2機の瑞雲は、さしたる成果もなく帰投していた。


 瑞雲が偵察を行った反対方向の西側は、令川丸搭載機が陸地に到達したことや、街、城と陸海軍機の存在も把握したため、改めて偵察を行うことの是非が検討された。

 しかし、神武作戦を控え、機材と人員を損耗する恐れがあることから慎重論が強く、さらに


「もうすぐ現地へ赴くのであれば、これ以上の偵察は必要ない。」


という意見もあって、結局は実施されることなく推移していた。


「25航空戦隊との合流まで、あとどのくらいかかるか。」

「およそ4、5時間だと思います。」


 南郷の問いに白石航海長が答えた。

 ようやく、北東方面艦隊と第25航空戦隊の合流が時間の問題となった。


 また、水上機母艦千早と小笠原兵団増援輸送隊について南郷は、千早が動けないでいる原因の二式大艇を、ギムレー湾へ先行させ、その際、すでに湾近くの草原に着陸している陸海軍機7機へ、糧秣などの物資をついでに持って行かせれば、一石二鳥ではないかと考えた。


 25航戦の桑園司令と千早の如月艦長へ、その旨を打診したところ、別に問題はないとの返答があり、合わせて千早からは、準備でき次第、速やかに大艇を発進させるとの連絡があった。そして、この段階で、千早から、の少女2人を大艇が救助し、千早艦内にて保護していることが告げられ、桑園と南郷を驚かせたのである。

 

 なお、救助されたのが少女たちで、それぞれ名前が「クリステル」と「エミリア」であると漏れ聞き、とんがり帽子の魔術師ソフィアが、一際驚いた表情を見せたので、周囲にいた何人かの者は怪訝な顔をしていた。



 12月25日15:00、1機の二式大艇が、低空で北東方面艦隊の上空を飛び去って行ったが、無論、令川丸以下の艦艇の将兵は、千切れんばかりに帽子を振り、見送った。


「大きなワイバーン…いいえ、ヒコーキでしたわよね。あんなに大きな機械が空を飛ぶなんて、信じられませんわ。」


 ティアマト号の甲板で、イザベラ姫が、上空の二式大艇を見上げながら言った。


「まさしく、巨竜といったところでございますな。」


 イザベラの言葉を受けて、アールトが応じた。

 

 これと前後して、令川丸の電探は、25航戦の反射波を捉えていた。


「270度方向、ほぼ艦首正面に反射波あり。電測距離20フタマル、数量4乃至5。」


 電探士からの待ちに待った報告である。


 一方、ティアマト号のメインマストトップの見張り所にいた、見張りの水夫の遠眼鏡と、田岡上等水兵の双眼鏡も、遠方の水平線上に艦影を捉えていた。

 二人は、ほぼ同時に


「艦影発見!」


を報告した。

 ただ、二人のうち、田岡だけが


「只今の艦影、伊勢型戦艦及び雲龍型空母を含む。」


と艦型まで報告した。

 当然であるが、異世界の水夫は、日本海軍艦艇の艦型など知る由もない。


 令川丸ほかの日本艦艇であれば、鈍足の輸送艦でも25航戦がいる海域まで1時間程度であるが、ティアマト号の船足だと2時間近く掛かる計算になる。

 心は逸るが、帆船を置いてきぼりにはできない。


 ジリジリする1時間ほどが流れると、肉眼でもボーっと25航戦の艦影が見え始め、さらに時間が経ち、距離が詰まるほどに、25航戦の艦艇、特に出雲と蛟龍の艦影が大きく見えてきた。


 日本海軍艦艇の将兵にとっては、懐かしいような光景であるが、ティアマト号のイザベラ姫やアールト、バース艦長をはじめ、令川丸に乗っているアナセンや魔術使いのソフィアに至るまで、こちらの世界の住人にとっては、特にこの2隻の大きさは、文字通り肝を潰すほどの驚きであった。

 どんどん近付いて来る(実際にはこちらが近寄っているのであるが)出雲と蛟龍を見たイザベラが、近侍のアールトに向かって


「アールト!山ですわ、鉄の山が浮かんでいるのですわ!」


 そう、我を忘れて叫んだほどである。

 叫ばれたアールトの方も、最初は


「うーむ…。」


と言うだけで言葉にならなかったが、やがて


「確かに山のようでもあり、浮かべる黒鉄の城の如くでもありますな。」


とつぶやいた。


「軍艦行進曲の詞だ!初めて見る者からすれば、戦艦は本当に浮かべる城なんだ。」 


傍らでこれを聞いていた花川少尉は、感心した。


 やがて、ついに、令川丸ほか北東艦隊の艦艇とティアマト号、アスターテ号の2隻の帆船は、蛟龍、出雲以下の25航戦を合同した。


 北東艦隊各艦では、25航戦が隻円する位の、将兵総出で万歳の嵐である。

 歓呼の声が、ティアマト号まで響いて来ており、アールトが


「先ほども皆様は、あの『バンザイ』という声を上げておられたが、余程お好きなのでしょうな。」


と言うと、花川は


「我々日本人にとって、これほど的確に歓喜を表す言葉はありません。」


 そう説明した。


 令川丸側からしてみれば、瑞雲の飛来で、母艦である戦艦出雲や戦隊旗艦の蛟龍の存在は分かっていたが、実際に目の当たりにすると、感激も一塩であったし、25航戦側からみれば、連絡は受けていたものの、実際に大型帆船の存在を確認することは、自らが異世界に転移した証拠を確認することであり、大きな驚きであった。


 北東艦隊先任艦の令川丸と25航戦旗艦の蛟龍とで信号の挨拶が交わされ、また、今後について、ティアマト号も交えて簡単な打ち合わせを行ったところ、先を急ぐイザベラ姫のデ・ノーアトゥーン行きを最優先とし、ティアマト号には、随伴艦アスターテ号のほか、25航戦から駆逐艦くぬぎを護衛に着けることにした。

 いっその事、出雲が付いて行っては如何かという意見も出たが、いきなり異世界の「浮かべる城」が出現すると、デ・ノーアトゥーンの街もトゥンサリル城も大騒ぎになる、という常識的判断が通った。


 まずは、異世界海軍の艦が実在し、かつ、海賊を退治した証として櫟がティアマト号に随伴し、街や城の連中に少しばかり異世界艦に慣れておいてもらい、折を見て、出雲や蛟龍が姿を見せる段取りとしたのである。


 残りの艦艇は、至急、ギムレー湾に向かい、とりあえず陸軍部隊と海軍の陸戦部隊を陸揚げするとともに、ブリーデヴァンガル島へ先行する形となっている陸海軍機と合同し、さらに、令川丸と出雲が搭載している水偵の基地を合わせて設営することとした。

 また、小笠原兵団増援輸送隊は、大艇の後を追う形で、ギムレー湾へ向かっており、こちらも合同は時間の問題と思われた。


 

 かくして、異世界の海を漂流するかに思えた日本の各艦隊と航空機は、ブリーデヴァンガル島ギムレー湾周辺でd合同することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る