第28話 山賊殲滅とえげつない戦い
豊平陸軍少尉が車長を務める九七式中戦車の後に、ソフィアとベロニカが後部座席に乗り千葉陸軍曹長が運転、助手席で山口伍長が軽機関銃を構える九五式乗用車が続き、さらに高島軍曹が率いる歩兵1個分隊を乗せた装甲兵車(装軌)と、最後尾に豊平少尉の部下である岩瀬曹長が車長の九七式中戦車の4輌が一列になり、デ・ノーアトゥーンへ向かう街道を進んでいた。
ちなみに、今回の占守増援で運ばれ、現在、街道を進んでいる九七式中戦車は、全面装甲を倍の50㎜に厚くした特別仕様である。
豊平隊の任務は、ソフィアたちを無事にデ・ノーアトゥーンへ送り届けることと、帆船ティアマト号に乗艦し、別行動でデ・ノーアトゥーンへ向かったはずの、令川丸副長大谷地中佐らと合流して、現地で属領首府当局と折衝の上、日本側将兵の落ち着き先の目途をつけることであった。
アナセン准男爵によれば、ギムレー湾からデ・ノーアトゥーンまでは、馬車で半日6刻、60ノイル程度だということであった。
このアナセンの言う距離の単位「ノイル」は、いろいろ聞いて試してみた結果、米国の「マイル」にほとんど等しいと思われた。
つまり、1ノイル=1.6㎞ほどということになる。
また、時間の単位は「刻」で表され、1刻は、ほぼ2時間で、日本でいう1時間は「半刻」、30分は4分の1刻、即ちクウォーターと言うことが分かった。
要するに、ギムレー湾からデ・ノーアトゥーンまでは、距離60マイル(100㎞弱)ほど、馬車でかかる時間は12時間程度と言うことになる。
したがって、往復だと200㎞となり、戦車の航続距離ギリギリとなるため、装甲兵車には、ドラム缶入りの軽油(戦車用)とガソリン(乗用車用)が、それぞれ糧秣や弾薬とともに搭載されていた。
アナセンの話と先の航空偵察の結果では、途中、大きな川や断崖のような障害はなく、最後のデ・ノーアトゥーン間際の川にも、頑丈な石橋が架けられており、15トンの戦車でも、通行に支障なしとされていた。
九七式中戦車の最高時速は38㎞であるが、未舗装路であることに加え、道路状況が不明確なことから、全体の行程がそれでも4時間余りで済むため、速度を時速25㎞に落として慎重に走行していた。
出発から2時間ほどが経ち、道程の半分ほどを過ぎたかと思われた頃のことである。
砲塔のハッチから頭を出していた豊平少尉は、前方の光景に違和感を覚えた。
彼は、無線の咽頭マイクロホンを左手で押さえると
「小隊停止!」
と命じた。
「何かがおかしい。」
マレー半島からビルマへと転戦して来た経験が、彼に何かを囁いていた。
耳元のヘッドセットがジジっと鳴り、続けて
「
と、岩瀬曹長の声が聞こえてきた。
「
「トヨトヨトヨ、こちら岩。それでは自分も前へ出ます、終ワリ送レ。」
「イワイワイワ、こちらトヨ。後方の安全を確保しろ、終ワリ送レ。」
「トヨトヨトヨ、こちらイワ。了解しました、後方の安全を確保します、交信終ワリ。」
無線交信の結果、隊列を崩さず、豊平は前方を双眼鏡で窺っている。
彼が見渡す前方は、街道が緩やかに左カーブを描き林の中を通っていて、向こう側は見えない。
そのカーブの途中、街道の右端に馬が繋がれていない箱だけの馬車が置かれているが、装飾が施され凝った造りになっており、貴族か金持ちが使うものと思われた。
馬が繋がれていない豪華な馬車とうだけで十分怪しいが、その手前2~30mほどのところに、倒木の丸太が、僅かに左側の一部を開け、道の大部分を塞ぐように、とてもわざとらしく置かれているのである。
要するに、そこを通ろうとしたならば、必ず道の左端を通らねばならないようにしてあったのである。
豊平は、双眼鏡で前方を見渡したが、人も馬も動くものは見当たらない。
「どこぞのお金持ちが、山賊とやらに襲撃された痕跡かな。」
彼は独り言ちたが、それにしては丸太の意味が不可解である。
おそらくは、左端を通らせる罠であろうと推察されるが、爆薬とは考え難いので、落とし穴が掘ってあったりして、通行者の足を止める意図は見え見えである。
「各カクカク、こちらトヨ。前方には、馬のない馬車の箱と通せんぼの丸太が転がっている。道端へ誘う罠であると思われるので、このまま戦車で丸太を踏み
豊平は、戦車を前へ出させ、豊平が左、岩瀬が右に並んだ2輌で丸太を粉砕、除去するとともに敵の攻撃を排除し、最後尾を装甲兵車で固める車列とした。
「トヨトヨトヨ、こちらイワ。了解した、終ワリ送レ。」
「トヨトヨトヨ、こちらチバ。委細了解した、終ワリ送レ。」
「トヨトヨトヨ、こちらタカ。了解した、終ワリ送レ。」
各車から了解の返答があった。
「カクカクカク、こちらトヨ。突入せよ前へ!。」
豊平の命令一下、まず2輌の戦車が、2サイクルディーゼルエンジンの白い排気を上げ、丸太に向かってゆっくりと接近した。
豊平と岩瀬は、砲塔のハッチから頭を出して前方を警戒しながら丸太に接近しているが、今のところ攻撃はない。
接近してみると丸太は2本あり、そのまま路面に転がされている。
やはり、状況的に自然の倒木とは到底思えず、人為的に置かれたものと判断できた。
その丸太にも、何かしらの罠が仕掛けられていることが懸念されたが、それはないらしく、無造作に転がされている。
仮に、馬車であれば、取り除かないと道を通過できないので、あるいは除去の作業に取り掛かったところを攻撃するのが、設置した者の目的なのかも知れなかった。
2輌の戦車は、いよいよ丸太の上に圧し掛かる。
直径40㎝ほどのその丸太は、倒木を利用したもので中が空洞に近いらしく、戦車が上に乗った途端、
バキバキメリメリと音を立て、意外と容易に圧し潰された。
この状況であれば、大きな破片に注意さえすれば、四輪駆動の乗用車は通過できると思われたため、乗用車は、戦車に続いて、ゆっくりと丸太の破片の散らばる路面を通過して行った。
戦車と乗用車に続き、装甲兵車も、丸太のあった場所を難なく通過した。
車列が、これも罠である臭いがプンプンする馬車から20mほどの距離に接近した時のことである。
豊平が左側の林の中を注視していると、パパパッと何かが光ったかと思うと、次の瞬間、砲塔左前面の装甲板がカツカツカツと乾いた音を立てた。
「カクカクカク、こちらトヨ。左前方の林の中から発砲あり、注意せよ、終ワリ。」
豊平が無線で各車に注意を促した。
彼が双眼鏡で観察すると、古臭い銃を持った男たち2、30人ほどが、銃口から次弾を装填しようと躍起になっている姿が見えた。
彼らは、服装がバラバラで統一されておらず、いずれも薄汚い恰好をしていることから、正規兵とは思えず
「これがアナセン准男爵が言った『山賊』というやつか。」
と豊平は思った。
いずれにせよ、相手はこちらをやり過ごすつもりはなく、重ねて攻撃する意図が見え見えである。
「イワイワイワ、こちらトヨ。前方10時方向の林の中に山賊らしき人影約20~から30、こちらへ発砲し次弾装填中である。これを殲滅する、戦車砲3連射撃て、終ワリ送レ。」
「トヨトヨトヨ、こちらイワ。了解した、発砲を開始する、終ワリ。」
無線が終わると同時に、2輌の戦車の57㎜短砲身戦車砲が、発砲を開始した。
砲弾は、いずれも榴弾である。
「用意、
車長の号令で、発砲が開始される。
ドン ダダーン
ドン ダダーン
距離が近いため、発砲と着弾に間がない。
着弾地点では、爆発と同時に土砂が巻き上げられ、、一緒に人間が吹き飛んでいる。
弾着が終わり土煙が収まると、爆発で倒れた木や、横たわる死傷者が見えた。
「さて、諦めてくれると面倒がないんだが。」
豊平が前方を双眼鏡で観察してみるが、相手側は、生き残った連中が、銃剣を着剣し始めているのが見えた。どうやら数で押そうという腹らしい。
「ほう、勇敢だな。だが騎兵と一緒にされちゃ困るぜ。」
独り言ちた豊平は
「カクカクカク、こちらトヨ。敵は銃剣突撃に移る腹積もりである。各車は、銃撃で薙ぎ倒せ。なお、乗用車の御客人に危害が及ばないよう注意せよ、終ワリ。」
と無線で注意を与えた。
やがて50mほどの距離にいる30人ばかりの山賊が横一列に広がり、マスケット銃を斉射したかと思うと、喊声を上げながらこちらへ向かって突撃を始めた。
これに対して、戦車の前方機関銃、乗用車助手席と装甲兵車の軽機関銃がそれぞれ射撃を開始した。
ダダダダダダダ…
突撃していた山賊が、次々と撃ち据えられ、鮮血を吹き出しながら倒れていく。
運良く、戦車の間近まで到達した者が数名いたが、砲塔の拳銃発射口からの射撃を受けて斃された。
ほんの数分で山賊たちは壊滅したものと思われたが、豊平が改めて林の中を見ると、2門の大砲が挽き出され、射撃の準備中であった。
彼は、砲を向け1発榴弾を撃ち込んだが、操作員が伏せてしまい効果がない。また、前方機銃手の中井伍長に命じ、2連射を掛けさせたが、こちらも遮蔽物の陰に隠れてしまって効果がなかった。
「野郎、ただの山賊じゃないな。」
豊平は呻くように言うと
「イワイワイワ、こちらトヨ。前方に射撃準備中の砲3門あり。蹂躙する、前へ!」
命令とともに、2輌の戦車は山賊の砲へ向けて距離を詰めて行った。
そして、そのまま覆いかぶさるように伸し上り、履帯で砲を押し潰していった。
15tの車体に踏み拉かれた青銅製の砲は、途中から真っ二つに折れてしまい、操作する山賊は、怯え切ったように戦車を見上げている。
豊平が砲の向こう側を見ると、何人かの山賊が、箱型の馬車に馬を繋いで逃走を図ろうとしているところであった。
そのまま逃げないでいるところを見ると、馬車には、略奪品が積まれているのではないかと思われたので、豊平は岩瀬に指示をして、なるべく箱馬車を傷付けないように、もっぱら銃撃を加えたところ、山賊はその場に倒れるか散り散りに逃げ去った。
銃砲撃の結果、山賊はあらかた退治されるか逃げ去った。
「あなたたち異世界の軍隊って、えげつない戦いをするのね。」
一連の戦闘を見ていたソフィアがしみじみと言った。
彼女から言葉の理の腕輪をもらい、会話ができるようになっていた千葉曹長は
「元の世界じゃ、俺たちの方がえげつない戦いをされているんだけどね。」
と苦笑いしながら言った。
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