第24話 飛行偵察4 少女救助と魔法使いソフィア



【本文】

 悪漢を脅したのは痛快だったが、その男たちは、海に飛び込んだり落ちたりした連中がボートに戻ると、少し距離の空いた、少女が乗る前方のボートを追いかけ始めようとしていた。


「あの娘、放っておいたら捕まってしまいます。」




 中川一等飛行兵曹が、廣田少尉に訴えた。


「なら、どうしようっていうんだ?救助したって零観ぜろかんは二人乗りなんだぜ。」


 廣田は救助に及び腰である


「偵察席の後ろなら、そのくらい何とかなります。分隊士、後生ですから助けてやりましょう。」

「分かったから、帰投してからの言い訳を考えておけよ。女の子を艦に乗せることになるんだからな。」

「悪者から逃げていた可哀想な少女を救助した、で良いでしょう。」

「本当にそうなのか知らんが、勝手にせい。」


 廣田は、機体を降下させ、悪漢?たちが乗るボートを横目に海面へ着水した。

 着水してから、エンジンを絞り、徐々に少女が乗るボートに近付いて行くと、その少女は、やはりと言うべきか、零観を恐れているように見えた。


 廣田は、零観をゆっくりと滑らせ、長さ5~6mほどのそのボートが、偵察席の辺りに来るようにピタリと寄せた。

 近寄ってみると、その少女は、やはり10代半ばから後半位の年頃に見受けられた。


「俺たちの零観は、この女の子の目にはどう映っているんだろうな。」


 中川は、ふとそう思った。

 その少女は、零観に人が乗っているところを見て、多少恐怖は和らいだようではあるが、その表情から、今度は困惑か当惑の感情が強くなったように思われた。


 中川は、偵察席から胴体を伝い、ちょうど上手い具合に、舳先が右主翼に着くほど寄っていたそのボートへ右足を入れて、左足は主フロートの上で踏ん張り半身を乗り移らせ、左手で、主翼付け根から下へ伸ばした乗降用の足掛けを掴み、右手を少女の方へ伸ばして


「さあ、こっちへ来なよ。助けるからさ。」


と言ったが、少女は怯えたようになかなか近寄って来ない。


 中川が


「さあ、早く来なよ。」


と促しても、少女に意図は伝わっているようだが、逡巡しているように思われた。

 中川が、ボートの後方を見ると、例の悪漢らしき連中が乗ったボートが近付いて来ている。


「さあ、さあ、早く早く。」


 中川は焦り始めたが、焦れば焦るほど、その態度に恐怖を覚えるのか、少女は尻込みしてしまう。


 やがて、後方のボートの連中が古臭い銃を取り出してこちらに向け、発砲を始めた。

 まだ少し距離はあるが、弾着で海面が


 パチャパチャ


と飛沫を上げる。


「おい、何をやっとる。グズグズするな、急げ!」


 廣田が声を荒げる。


「分かっております!」


 そう言った中川は、こうなったら仕方がないと腹を決め、揺れるボートに足を取られながらも少女に近寄り


「そりゃっ!」


と気合を入れて少女を肩に担ぎ上げ、足掛けと主翼付け根の後縁によじ登り、まず少女を上半身から偵察席に押し上げ、次いで自分が偵察席によじ登ると、少女の全身を引き入れた。


「分隊士、揚収終わりました!」


 中川は、大声で廣田に報告した。

 廣田は、チラッと後ろを振り返ってから


「了解。」


の意味で右手を垂直に上げた。


 この間に、悪漢らしき連中のボートは、さらに近付いて来ており、中川の偵察席から見ると、おおむね10時の方向、約2~300mの距離まで接近しており、連中がこちらに向けて撃った銃の弾丸が、零観のかなり近くで飛沫を上げるようになっていた。


 そんな彼らを振り払うように、零観はエンジンの回転を上げて水上滑走を始めたが、ボートの男たちは、追跡を諦めようとせず、発砲を繰り返している。


「嬢ちゃん、ちょっとどいててくれな。」


 中川は、そう言うと少女を後部胴体内の酸素瓶の辺りに引っ込ませてから、7.7㎜旋回機銃を胴体の上にせり出させ、悪漢たちの方に向け、「ガチャリ」と音をさせてボルトを引き、初弾を装填すると


 ダダダダダダッ

 ダダダダダダッ


と射撃を開始した。

 無論、男たちを薙ぎ倒して殺傷する意図はなく、相手のボートの左右に向けた威嚇射撃である。


 弾の発射と同時に、銃の上部の円形弾倉が


 カタカタカタカタ


と音を立てて回り、銃の側面から薬莢が排出されて落ちて行く。


 男たちのボートの周囲には、機銃弾の弾着で


 ザザザザザザザー


と水飛沫が上がった。


 ボートの連中は、慌てて立ち上がりバランスを崩して海中に転落する者もいれば、ボートの中で這いつくばる者もいる。


 いずれにしろ、威嚇としては十分であり、男たちはもう銃を撃って来ることはなく、零観は何事もなかったかのように離水して空中に浮かんだ。


 中川が少女の様子は、と下の方を見ると、少女は偵察席から目線まで顔を出しており、どうやら恐る恐る今の銃撃を見ていたらしい。


「どうだい、嬢ちゃん。もう心配は要らないぜ、安心しな。」


 中川が声を掛けるが、エンジンの轟音と機体の風切り音で声は届かないらしい。もっとも、聞こえたところで言葉が通じないのであるが、それでも少女は、中川の柔らかい表情に安堵したのか、少し微笑んで見せた。


 機銃を胴体上部のスリットに収めた中川は


「分隊士、報告はどうしますか?」


と廣田に聞いた。


「とりあえず、女の子を救助したことは要報告だろうな。母艦で準備もあるだろうし。」

「了解しました。」

「あ、それから『ワイバーンヲ撃墜セリ』をちゃんと付け加えとくんだぞ。その結末として女の子の救助劇があるんだしな。」

「分かっております。」


 そう答えた中川は、報告電文を組んで、令川丸に打電した。


 飛行は順調に続き、進路を誤まらず直進したのは、25航空戦隊の上空を再び通過したことで確認できた。

 戦隊の各艦からは、また、鈴なりの将兵が帽子や手を振って見送ってくれた。

 廣田たちの零観がこれまでに打電した電文は、25航戦の各艦でも逐一受信しているであろうから、廣田たちが経験したことは、それぞれの艦でも把握されているに違いなかった。


 飛行中、中川は、改めて少女を近くから見ることになったが、やはり年の頃は10代半ば位で、長い金髪を左側で一本のお下げに結い、白い肌に青い目で、顔の中央にはそばかすが見えており、まだ少し幼さが残る顔立ちである。

 服装は、昔話の魔法使いが着ているような頭巾フード付きのダボっとしたロングスカートである。

 さすがには持っていないが、小さな肩掛け鞄ショルダーバッグを大事そうに抱えている。


 少女は、最初はおっかなびっくりの様子であったが、次第に外に興味を持ったらしく、ちょいちょい頭を出して下を覗こうとする。

 そのたびに中川が


「ほら嬢ちゃん、危ないったら!」


と言って頭を引っ込めさせていた。

 航法をやりながらであるから、中川は気が散って仕方がなかった。


 そうは言っても、航法を誤る中川ではなく、追い風にも助けられて、予想より早く令川丸の上空に帰って来た。

 天売が航跡静波をやってくれたので、その内側に難なく着水し、廣田は、令川丸右舷のクレーンの下へ機体を着けた。

 艦の右舷は、どこで聞き付けたのか、救助した少女を一目見ようと将兵たちが鈴なりである。


 中川は、上翼の上に登り、収納箱からワイヤーを取り出して、降りてきたクレーンのワイヤーの先端鉤に引っ掛けたときである。

 下の方で


 ドボン


という水音がしたかと思うと、見物の将兵が一斉に騒ぎ始めた。

 最初、中川には何のことか分からなかったが、みんなが下の方を指すので見下ろすと、何と、あの少女が偵察席から海中に飛び込んでいたのである。


「あちゃー、こいつは油断したか。」


 そう言うと、中川は、飛行帽を脱いで偵察席目掛けて放り込むと、そのまま海中へ飛び込んだ。

 海軍の搭乗員は、飛行服を着用するときは、普段からカポック製の救命胴衣を着込んでいるので、体はそのまま浮いている。

 頭を振って少女を探すと、4,5m離れたところでバチャバチャ両手で水を搔いて半分溺れかけているのが見えた。


 中川は、飛行服が水を吸って動き難かったが、何とか少女のところへたどり着き、背中から羽交い絞めするように両腕を抱えた。

 彼は、少女をそのまま零観の主フロートのところまで引っ張って行き、そこにすがり付かせた。


「おいおい、嬢ちゃん。冗談じゃないぜ。こんな所で海へ飛び込んで、どうしようってんだい。」


 中川は、息を切らせながら言った。

 そして、ティアマト号の存在を思い出し


「嬢ちゃん、あの帆船のところへ行こうとしたのかい。」


 と納得したように言った。


 少女は、上空からティアマト号とアスターて号を見て、仲間がそこにいると思ったのに違いなかった。


「〇✕▲◇※☆+▽●◎!」


 突然、頭上から甲高い女性の声がした。

 廣田と中川が見上げると、ティアマト号から来た、あのとんがり帽子の魔法使いソフィアがこちらを見下ろしていた。

 ソフィアが再び甲高い声で何かを言うと、今度は少女の方が艦を見上げて


「▽□◎●✕◇※★〇!」


と何かを言い返している。


「ありゃりゃ、嬢ちゃんはあの姉さんと同族かね。」


 中川が不思議そうに言った。


 やがて、魔法使いソフィアが何かの輪を中川に投げて寄越したので、水面にポチャンと落ちたその輪を中川が拾うと、ちょうと手首の大きさにピッタリだったので、右腕にはめてみた。

 すると


「ベロニカ、本当にあなたは突然いなくなったと思っていたら、どこでどうすれば異世界の方のヒコーキで空を飛ぶことになったの!」


という叱責の声が聞こえてきた。

 声の主は、間違いなくソフィアであるから、「ベロニカ」とは少女の名前であり、二人は知り合いであると思われた。


「奇遇だなぁ。いや、奇遇だなんてもんじゃあない、奇跡だぜ。」


 中川はそう思った。


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