第23話 飛行偵察3 初空戦 初撃墜

 中川一等飛行兵曹は、あらかじめ書き留めていたメモを基に報告電文をまとめあげ、母艦の令川丸宛てに打電した。


 しかし、電文では、あの搭乗員たちの気持ちが伝わらないように思えて物足りなさが残り、早く帰投して直接報告がしたかった。

 これは、操縦席の廣田少尉も同じだろうと思えた。


 電文を打ち終わる頃には、二人の乗る零観は、高度2000mほどを飛行しながら、ブリーデヴァンガル島からは、大分離れていた。


 中川は、時折海面を見下ろし、波濤の有無や方向で、機体が風に流されていないかを確認していた。

 これを正確に行うには、海面に発煙マーカーを投下して、偏流測定をしなければならない。


 今のところ、機体が風に流されてはいないようである。

 往路は、正確に270度方向の西へ飛んでデ・ノーアトゥーンの街にたどり着いたから、復路の方位は、180度反対、90度方向の東方へ飛べば良い。


 中川一飛曹がジャイロコンパスの指度と海面を見比べ、偏差に注意していると、右下方の視野を何かが通過した。

 彼が注意しながら視線で追って行くと、鳥のようなものが飛んでいるように見えた。


「何だろう。」


 中川が双眼鏡で詳しく見てみると、それは、鳥にしては大き過ぎるように思えた。


 よくよく観察すると、その「鳥」は、旋回をしながら降下と上昇を繰り返していた。


「分隊士、2時の方向に妙な鳥がおります。」

「鳥?いたって良いだろう、鳥くらい。」


 伝声管越しの廣田の回答は、つれなかった。


「いえ、大きさが異常なんですよ。デカ過ぎます。」

「どぉれ。」


 廣田は、いったん機体を左に向けてから、大きく右旋回に入れた。


「海面にボートがおります。2艘おります。」


 中川が海面に浮かぶボートを、双眼鏡で発見した。

 廣田が目を凝らすと、確かに縦列に並んだ2艘のボートがいた。


「高度を下げる。」


 廣田は、機体を緩く右旋回させながら、高度を下げて行った。


「前を行くボートは、帆がありますね。乗っているのは、一人のように見えます。」 

「何だか、あの大きな鳥は、魚を狙っている水鳥のようだな。」

「そうですね。ちょうどボートが魚のように見えますよね。」


 中川は、その鳥とボートを見比べて、縮尺が違うように思えてならなかった。

 それほど「鳥」が大きく、彼には、「鳥」が小型の双発機くらいの大きさに思え、そして、その「鳥」は、ボートを襲う機会を窺っているように見えるのである。


「そう言えば、この世界で空を飛ぶ物とは、ワイバーンとかを指すんだったよな。」


 廣田が思い出したように言うと中川は返事をしたが


「ああ、そうでしたそうでした。水偵がワイバーンと間違えられたんでしたっけ…!?」


とそこまで言ってから、ハッと気づいて


「分隊士、あれがそのワイバーンとかいう飛竜なんですかね。」

「デカさから言うと、そう解釈するのが分かりやすいだろうな。」

「でも、ワイバーンってのは、飼い慣らされていて人が乗っかるんでしたよね…。」


 中川は、そこまで言ってから、再び大発見をしたように


「分隊士、あの鳥には人が乗っていますよ。甲冑を着た兵隊のようですが、ちょうど馬に乗るように騎乗しています。」


と報告した。


「そうか。では、相手はこちらに気付いているか。」

 

 廣田が質問した。

 操縦している彼は、肉眼でワイバーンを見ているため、中川ほど詳細が見えないのである。


「いえ、私が見る限り、こちらを気にしている素振りはありません。やはり、眼下のボートに集中しているようです。あっ、ボートの人物が反撃しています。弓矢を射っているようです。」

「あー、本格的に、襲い襲われるって関係かい。嫌なものを見ちまったな、どうしたもんかね。」


 廣田は少し困惑してしまっている。


「分隊士っ!」

「何だ、突拍子もなくデカい声出しやがって。伝声管だからそんなに怒鳴らなくったって聞こえるよ。」


 廣田が呆れて言い返すと


「分隊士、ボートの中に乗っていて矢を射ているのは、多分、若い女の子だと思いますよ、金髪の。」

「何だぁ?貴様、夢でも見ているんじゃないか。飛ぶ竜に襲われる女の子って、お伽噺じゃあるまいし。だったら白馬に乗った騎士様か王子様が助けに来るってのかい?」

「分隊士、良いこと言いますね。それ、頂いてしまいましょうよ。白馬の王子様ならぬ零観ぜろかんの王子様ってのも悪くないですよ。」


 中川がとんでもないことを言い出した。


「馬鹿野郎、誰が王子様だ。報告っていう重大任務があるのに、道草を食っていられるか。あの搭乗員たちの心細そうな顔を見ただろう。」

「それはそうですが…。あ、分隊士、後ろのボートですが、何か風体のよろしくない、あの海賊船に乗っていたような男どもが大勢乗っていますよ。何だか、ワイバーンと一緒になって前のボートのを追いかけているようにも見えるんですがね。」


 廣田の言葉に、取って付けたようなストーリー展開で反論する中川である。


「あ、ワイバーンが降下してボートに襲い掛かりました。少女が懸命に追い払っていますが、見ちゃいられんですよ。」


 中川の頭の中では、完全に悪漢が美少女に襲い掛かるという筋書きが出来上がっている。


「そうは言うが、他所様の面倒事に巻き込まれるのは適わんぜ。だいたい…。」


 廣田がそこまで言ったところで、騎乗の兵隊が、爆音に気付いたのか、こちらを見上げた。


「チッ、気付かれたか。」


 彼は思わず舌打ちをした。

 悪い癖だが、止められない。


 零観の存在に気付いたらしい兵士は、馬の向きを変えるようにワイバーンの向きを変え、こちらに向かって上昇を始めた。


「どうします?奴さん掛かって来るようですが。」

「だが、速度が違うから、多分、逃げるのは簡単だ。」

「そうすると、あの女の子から見れば、卑怯者に見えるんでしょうね。我々は。」

「うるせえ奴だな。そんなに戦いたいのか、貴様は。」

「いいえ。『義を見てせざるは勇無きなり』ですよ、分隊士。」

「上手いこと言ったつもりか、貴様。よし分かった。さっさと片付けてやらぁ。」


 廣田は、機体を降下させつつ右旋回に入り、さらに急旋回を続けてワイバーンの背後を取った

 騎乗の兵士は焦ったのか、廣田機を振り払おうとして上昇を止め、水平の左旋回に入った。

 この動きは、廣田にすればしめたもので、ちょうど旋回を終えた零観の前方に、ワイバーンが自分から飛び込んでくる格好になった。


 廣田は、航空眼鏡をずり上げ、右目を筒状の望遠鏡式照準器に押し付け、中を覗いた。

 零観の照準器は、九九艦爆と同じ九五式射爆照準器で、零観が降下角60度の急降下爆撃が可能であることから取り入れられており、視野には、高度600mで10m四方になる方眼が切ってあって、その中央に十字があった。


 ワイバーンに後方旋回機銃など備えられているはずもなく、廣田は思い切って距離を詰めていった。

 零観の前方機銃発射把握レバーは、零戦と同じくスロットルレバーに取り付けられており、レバーを倒すことで安全装置が解除される仕組みである。


 廣田は左手で機銃発射把握の安全装置が解除されていることを確かめ、ジリジリとワイバーンとの距離を詰めて行き、100mを切った辺りで前方機首装備の7.7㎜機銃を撃ち始めた。


 照準は、相手の動きを考え、左主翼の付け根付近の、やや前方に狙いを定めた。


 ダダダダダダダダダダダダ…


 曳光弾が、主翼前縁付近に吸い込まれて行くのが見える。


 ワイバーンが一瞬悶えるように首を上下に振り、騎乗の兵士がなだめているのが分かる。


「効いていないのかな。」


 その後、ワーバーンにさしたる変化がないので、さらに2連射を左主翼に叩き込んだ。


「硬てぇな、こいつ。」


 バラバラと破片のようなものが撒き散らされただけで、大きな変化が見られなかったため、廣田は呆れたが、続けて連射をお見舞いしようとしたとき、ワイバーンの左主翼被弾箇所から、潤滑油のようなものがスーっと流れ出るのが見えた。

 次の瞬間、その流出が大きくなったかと思うと、破れた凧のように主翼が折れて、ワイバーンはバランスを失って、クルクルと回りながら、海面へと落下していった。


 騎乗の兵士が鐙に足を取られて、振り回されながら一緒に落下していく。

 やがて、遠心力で足が外れ、彼は空中に放り出されて落ちて行ったが、表情が驚愕と恐怖で歪んでるのを、廣田はチラリと見た。


 やがて、ワーバーンも兵士も海面に水しぶきを上げて突入し、しばらく浮いていたと思ったが、じきに沈んでいった。


 撃墜確実である。


「中川兵曹、やったぞ。ヤッタヤッタ、異世界撃墜第1号だ!」


 今わの際の兵士の表情に後味の悪さは残ったが、久々の『敵機撃墜』に廣田は大はしゃぎであった。


「やりましたね、分隊士。」

「おうよ。撃墜確実は、ショートランドで敵のドントレス艦爆を食って以来じゃあないかな。久し振りにスッとしたぜ。ところで…。」


 ワイバーンを墜としたが、廣田は、追われていた少女がどうなっているかを、再確認した。


 追手と思しき後方のボートの連中が、「空中戦」に気を取られていたためか、前を行く少女のボートと追手のボートの差が開いているように見える。


「どうします?機銃掃射でもしますか?」

「異世界の人間相手じゃあ、気が進まないな。ちと脅して引き揚げるんだったら勘弁してやろう。」


 中川の問いにそう答えた廣田は、いったん高度2000mまで上昇して体勢を整えると、急降下爆撃の要領で、60度の急降下に入った。


 急降下中の機体は、エンジンとプロペラの唸りと空気の摩擦音が合わさって、独特の威圧感があるところ、それで眼下の悪漢らしき連中を威圧しようという、廣田の意図である。


 零観は、甲高いエンジン音と空気の唸りを上げながら、後方のボート目掛けて急降下して行った。

 操縦席の廣田からは、経験したことのない音と唸りに、ボートの男たちが狼狽しているのが見える。

 高度500mで機首上げをするつもりであったが、その前に、何人かの男たちが海へ飛び込んでいるのも見えた。

 機首を上げて、ボートの上空を低空で通り過ぎたとき、ボートの連中は、半数位が海へ飛び込んでしまった。


「いや、連中には悪いが、これも痛快だな。」


 廣田はそう思った。

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