第22話 飛行偵察2 友軍機見ユ

 中川が偵察員を務める、令川丸搭載の零式水上観測機は、中川が母艦宛ての報告文を手早く打電し終わった頃には、ギムレー湾を一度通り越し、北側から再度湾の上空へ進入して行った。

 ただ、今度は、高度100mほどの超低空である。


「何か気になることがあったんですか。」


 中川が先ほどと同じ質問を、操縦員の廣田少尉にすると


「ちょっとな。さっき上空を飛んだとき、何だか地上に違和感があったんだよ。」

「操縦士の勘ですか?」

「まあな。」


 ベテランの廣田であるから、根拠のないことは言うまいと思われたので


「どこの辺りですか?」


 と中川が重ねて質問をぶつけた。


「湾の奥側、海岸を少し入った辺りから、飛行場のようになだらかな草原が広がっているだろう。その南側の端っこの方に、気になる茂みがあるんだ。」

「茂みですか。」

「そうだ。ただ、茂みにしては形が変だし、南方でよくやってた、地上に駐機してある飛行機の偽装に似てた気がしたんだ。」


 廣田は、中川が思いがけないことを言った。


「まさか!『違う世界』ですよ、ここは。」


 中川が驚いて言い返すと


「うん、俺もそう思うが、気になるものは確認をしておきたいんだ。」

「分かりました。」


 中川も、偵察員として地上をよく観察することにした。


「!?」


 彼が双眼鏡で眼下を観察していると、茂みの中で何かが

 ピカリ

と光った気がした。


「分隊士、2時の方向の茂みで、何かが光りました。」


 中川が廣田に伝えると


「よし、もっと高度を下げるぞ。」


 廣田はそう言うと、傍に生えている樹木の梢スレスレまで高度を下げ、いったん距離を取って、海側から東西に飛び抜け、その茂みの上で旋回を始めた。


「あっ、あれは飛行機です。間違いありません。飛行機が列線を敷いておって、それを木の枝や草で偽装しています。」

「おぅ、本当だ。あれっ、西側の端っこにあるのは、一式陸攻じゃないか!」

「あ、陸攻ですね。その隣側のやつは…陸軍の重爆じゃないですか!」

「おっとっと、その隣は、確か、陸さんが使っている複座の戦闘機じゃないかな。2機あるぞ。」

「そのほかの複座機は、偵察機ですね。確か新司偵とか言ってた陸さんの偵察機で、南方で、海軍が陸さんから借り受けて使っていたのを知っています。」

「そのまた隣は、零戦じゃないな。たぶん、あれは陸さんの戦闘機だな、2機いる。全部足すと、ひいふう…大小7機もいるぞ。結構な数だ。」


 零観の二人が興奮気味に話していると、列線の傍の木陰から5,6人の人影が現れて、こちらへ懸命に手を振るのが見えた。


「あれっ?日本の搭乗員ですよ。ええっと、海軍のほかに陸さんの搭乗員も混じってます。機種揃えのとおり、海陸混成ですよ。」

「凄ぇな。あの連中も、霧の中でへ飛ばされてきたクチかな。」

「そうかも知れませんね。飛行機だけだから心細かったでしょうね。どうします、降りますか?」

「そうだな、また飛ぶときには、ちょっと手伝ってもらう必要はあるがな。」


 廣田はそう言うと、機体を湾の出口の方へ向けるとUターンをし、砂浜へ向けて着水した。

 機体が砂浜の海岸へ近付くと、飛行服姿の人物が波打ち際へ駆け寄って来た。

 まぎれもない、日本陸海軍の飛行機搭乗員(陸軍流に言えば「空中勤務者」)である。


 ザザザーッ


 海水を押し分けていた浮舟フロートが砂に接触して、行き足が止まり、廣田は、メインスイッチを切ってエンジンを止めた。

 彼が

 ビチャッ

と音を立てて飛行靴を履いた足を砂浜に着けて降り立つと、10人ほどの飛行服姿の搭乗員たちが取り囲んだ。


「少尉殿は、どこから来られたのでありますか。艦から発進されたのでありますか。」


 軍曹の階級章を着けた陸軍の搭乗員が、咳き込むように尋ねた。


 海軍では、上級者に『殿』とかいう敬称は着けないから、そう呼ばれるとむず痒い思いがする。


「特設水上機母艦の令川丸だ。ここから東方の海上にいて、この湾に向かうはずだ。ほかに、空母や戦艦、駆逐艦もいるぞ。」


「本当ですか!?」


 その後ろにいた海軍の搭乗員が声を上げた。


「私らだけで心細かったんですが、艦隊、それも大型艦を含めた艦隊がいるんですね。」


 その一等飛行兵曹が安堵の声を漏らす。


「そうだ。大小合わせて10隻以上はいる。飛行機も、空母の艦載機や母艦の水上機、二式大艇もいるようだぞ。」

「そりゃ凄い。早く合同したいものであります。」


 別の陸軍搭乗員が言った。

 顔が喜びで一杯である。

 余程、不安だったのであろう。


「そうだな、それでも100㌋は離れているし、帆船が一緒にいるから、早くとも1日半位、風次第ではもっとかかるかも知れん。」

「帆船でありますか?」


 廣田の説明に、陸軍の曹長が質問した。


「そうだよ。帆船、帆掛け船だ。2隻いたが、事情があって、今は一緒に航海している。」

「どんな事情でありますか?」

「海賊に襲われているところを助けてやったんだよ。俺たちの艦隊が海賊船と砲撃戦をやって、相手を撃沈したんだぜ。」

「は?カイゾクでありますか、海の賊と書くあの?」

「そうだ。その海賊だ。ドクロの旗印とか掲げて分かりやすかったぞ。もっとも、海防艦と俺たちの母艦の砲撃で、ボカ沈してやったがな。」


 搭乗員一同は信じられないという表情で、ポカンとしている。


「ところで、貴様ら…」

とまで言いかけて、廣田は、一同の中に自分より階級上位者がいないかどうかを確認し、海軍が飛行兵曹長、陸軍は准尉が最上級者であることを見て、続けた。


「貴様らは、自分たちが、今、どこにいるか分かっているのか?」


 改めて廣田が一同に質問すると、陸攻の機長と思われる兵曹長が


「それがよく分らんのです。昨日午後、帯広を離陸して幌筵を目指していたんですが、急に物凄い濃霧に突っ込んでしまって、それを抜けたと思ったら択捉えとろふ島も得撫うるっぷ島も消えており、しばらく飛んだのですが天測では信じられない結果が出てしまい、陸軍の複戦の燃料が少し心細くなったので、良い塩梅に、離着陸に適していそうな草原があったので、様子を見ながら全機が着陸した訳です。」

「天測の結果って、どんな風だったですか?」


 中川が質問してみると


「それが、緯度・経度から、沖大東島辺りの海上にいることになってしまっていたんです。今でも信じられませんですよ。」


 航法員らしい一等飛行兵曹が答えた。


「私らも同じですよ。濃霧を抜けて天測をやったら、緯度・経度が沖大東島南方辺りの海上だったって寸法で。」

 

 中川が説明すると


「一緒ですね。」

「一緒です。」


 同じ航法担当の、息の合った会話になった。


 ここで廣田が、陸海搭乗員一同に、分かりやすく、ティアマト号との出会いや、今いる世界の状況などについて説明してやった。


「異世界、でありますか。」

「にわかには信じ難いが、目の前の現実がある。」

「自分たちは、どうなるのでありましょうか。」


 搭乗員たりは、口々に困惑と不安を訴えた。


「ところで、貴様らは、この世界の住人に出会わなかったのか?割と近くに大きな街があるぞ。飛行機だし、下から見られもしたんじゃないのか?」


「昨日、この辺に着いたのは夕方でしたし、あまり見られてはいないと思います。街道があって、通行人の姿はちらほら見掛けましたが、向こうからは見えないように飛行機を偽装して、みんなで隠れるようにしていました。街があるのは分かっていたので、斥候を出そうかとも相談していたところです。隠れているだけではどうにもならんですから。」


 先ほどの飛行兵曹長が言った。


「なるほど、貴様らの状況は分かったが、俺たちはそろそろ母艦に戻らなきゃならん。上空から写真も撮ったことだし、湾や街のことを報告する必要があるからな。無論、貴様らのことも報告するし、この湾が艦隊の泊地になるはずで、すぐ艦隊が来るから、とりあえず待っていてくれ。食い物でも置いて行ってやりたいが、生憎手持ちがないから勘弁してくれ。」


 廣田が一同を安心させるように暇を告げると


「この辺には、椰子の実や食える木の実なんかが豊富にあるし、近くに泉があって飲み水にも事欠くことはなさそうであります。ただ、不躾ですが、タバコがあったら貰えんでしょうか。」


 陸軍のリーダーらしい准尉が言った。


「ああ、そんなに沢山はありませんが、良ければどうぞ。おい、中川兵曹も、手持ちがあったら分けてやれ。」


 促された中川も、ポケットから煙草を二箱取り出して、その准尉に手渡した。


「うわぁ、有り難くあります。何とか艦隊が来るまで頑張れそうであります。」


 落下傘の縛帯に「片田准尉」と書かれた札が縫い付けてあるその准尉は、タバコを押し戴くようにして受け取った。


「すまんが離水を手伝ってくれ。」


 そう言われた陸海軍の搭乗員たちは、靴を脱ぎズボンの裾をまくり、あるいは者によっては服を脱いで褌一丁になって海に入り、いったん零観を押し出してから回れ右をさせ、機種を沖へ向けた。

 そして、中川兵曹ともう一人の海軍の二等飛行兵曹が、エンジンの右横に慣性起動器回転把手エナーシャーハンドルを差し込んで右へ回し、1分間に80回転相当と思われるところでクラッチレバーを倒すと、中川が


「エンジンコンターックト!」


と叫び、操縦席の廣田が、キュルキュルと回り始めたプロペラのブレードが7枚、眼前を横切ったところでメインスイッチを「接」に切り替え、火を入れた。


 バルン、バルルルルルルル


 エンジンが掛かり、プロペラが勢い良く回り始めた。


 潤滑油も気筒シリンダーも冷え切ってはいなかったので、暖機運転は短めで済んだ。

 しかし、その間は、胴体最後部から引き出した尾部索を三人がかりで引き止め、両翼下のフロートに一人ずつがしがみついて、機体の前進を止めていた。


 やがて、廣田が右手を水平から垂直に上げ「離水準備ヨロシ」の合図を送ると、全員が一斉に手を放し、機体が水上を滑り出し始めた。


 陸海搭乗員一同の歓声に送られて、廣田機は順調に水上を滑水し速度を増すと、ふわりと空中に浮き上がった。


「これより帰投する。令川丸宛てに、『友軍機見ユ』の報告に掛かれ。」

「了解しました。」


 中川は元気に返事を寄越した。

 

 「異郷の地で同胞に出会うのは、嬉しいものだ。」


 彼はそう思った。

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