第11話 砲戦 撃ち方止め

 ティアマト号艦上


 海賊の襲来と威嚇発砲を受け、ティアマト号

では混乱が生じていた。貴族の便乗者がいたこと

と、女性や子供が混じっていたことが要因である。


 トントン


 貴賓室のドアがノックされた。アニタがドアを

開け応対すると、同行の出迎えの使者である

 ブリーデヴァンガル属領首府庶務尚書

  デニス・アードルフォン・ファン・

  ケッペル男爵

が立っていた。


 ケッペルは、部屋へ2、3歩入ったところで

イザベラ一同に向かって恭しくお辞儀をすると

「イザベラ姫ご一行におかれましては、ご機嫌

 麗しゅうございます。只今、甚だ遺憾ではござ

 いますが、本艦を狙う海賊共が現れております。

 ただ、ここは小官が責任を持ちまして追い払っ

 て御覧に入れます故、なにとぞ御安心ください

 ますよう御願いいたします。なお、此度、姫様

 の宸襟を騒がせ奉り、このケッペルの一生の

 不覚にて、伏して御詫び申し上げまする。」


 と、慇懃に、そして少し長々と言い訳っぽく

言った。


「御役目大義です、男爵。此度の騒動、誰も卿の

 責任とは申しますまい。頭をお上げください。」

「ケッペル卿、姫の申されるとおりでございます。

 私めも、老骨に鞭打ち、御役に立たんと微力を

 尽くさせていただきますぞ。艦長にもよろしく

 お伝えくださいませ。」


 イザベラとアールトが続けて言うと、ケッペル

は一段と深くお辞儀をして


「姫様の有難きお言葉、まことに恐悦至極に存じ

 ます。またデイク卿、『鬼神のアールト』のお

 言葉、まことに心強く存じます。きっと艦長に

 あっても心強いと思われるでしょう。」


と、ますます慇懃に述べた。


「それでは失礼いたします。今夜の夕餉は、海賊

 退治を祝う宴となりましょうぞ。」


 自らも鼓舞するようにそう言い残し、ケッペル

男爵は去って行った。


「では、姫様。臣もひと暴れしてまいります。御心

 安んじて、海賊の退治をお待ちください。」


 ケッペルの後を追うようにアールトが貴賓室を

出ようとすると


「お待ちなさい、アールト。私も参ります。」   


 イザベルは、そう言って剣を持ち立ち上がった。

 アニタたちもこれに続く。


「何を仰います、姫。危のうございます。騎士の

 鍛錬とは訳が違いまする。これは実戦ですぞ!」


 アールトが血相を変えて押し止めようとするが


「あら、海賊は本艦を追跡しているのでしょう。

 でしたら、艦尾のこんな部屋にいる方が、余程

 危険だわ。」


 確かに一理ある。


「それに、爺やは私を守るのでしょう。だったら

 離れていてはダメよ。」


 完全に筋がとおっている。


「仕方がありませんな。ではご一緒に…。」


 アールトが言いかけた時、窓の外が急にパーッ

と明るくなった。


 少しの間を経て明るさに目が慣れると、艦が

霧から抜け出したことが一同には分かった。


 窓から後方を見ると、右手に抜けて来た「霧」が

白い壁のように立っていて、艦から4分の1ノイル

ほど後ろにはアスターテ号、さらにその後ろの同じ

距離に海賊船らしい船がいて、ちょうど霧から抜け

出した直後のように見えた。


 ところが、さらにその後ろから見慣れない灰色

の船が数隻、「白い壁」からスーッと現れたかと

思うと、いきなり


 ボォー、ボォー、ボォー


という、何かが吠えるような音が響いて来た。


「何の音かしら。」

「分かりませぬが、あの灰色の船が発したものと

 見て間違いございませんでしょう。」


 イザベラの問いにアールトが答えた。


 甲板上が騒がしくなっているのが、伝わって来る

人々のざわめきや足音で分かった。


「では、参りましょう、アールト。アニタたちも

 いらっしゃい。」


 イザベラがそう言って促し、一同は貴賓室を出て

甲板へ向かった。


 甲板へ出てみると、日はだいぶ傾いてはいるが、

良く晴れた空と、穏やかな海が広がっていた。


 右舷側を見ると、やや後方を、先ほど後方に見え

た「灰色の船」が並んで走っていた。


 それらの船は2列になって航行していて、手前の

列は、一番大きな白と灰色の斑の船が先頭で、その

後ろを、少し背の低い小振りの船が、等間隔で2隻

続いていた。


 その3隻の向こう側を、四角い箱のような船と、

手前の先頭の船ほどではないが、少し大きめの船が

後ろについて航行しており、全部で5隻であること

が見て取れた。


「うーむ。何とも摩訶不思議なり。いずれの船も、

 マストはありますが帆を張っておりません。にも

 かかわらず、もうあの位置まで来ているというこ

 とは、我々よりも余程速く進んでいるものと思わ

 れます。」

「帆がないということは、魔術でも使って進む船

 なのかしら。でも、あのようにたくさんの船を

 動かせる魔術は、聞いたこともありませんわ。」


 遠眼鏡で「灰色の船」を観察していたアールトが

そう述べ、イザベラが質問を投げた時、また後方

から砲声が轟き、海賊船の右舷一杯に黒煙が漂って

いるのが甲板から見えた。


 少し置いて、海賊船と灰色の船の2番船との間、

半分位の距離の海面に、連続して10条ほどの水柱

が立った。


「海賊どもめ、砲撃の間合いを忘れたのか、それ

 とも慌てているのか。この距離では、撃っても

 当たらないことは、分かっているはずなのに。」


 遠眼鏡で様子を見たアールトが、誰に言うとも

なく言った。


 乗っている水夫の顔が判別できるくらいの、150

フットから200フットまで近寄らなければ効果が

ないのが常識で、大抵の戦いはそうなるのである。


「でも、あの灰色の船って、甲板に2門か3門の砲

 しか載せていないようですわね。あんな様子で

 海賊と戦うつもりかしら。」


 アールトの手からひったくる様にして遠眼鏡を

奪ったイザベラが、興味深そうに灰色の船を観察

しながら言った。


「その様子でございますな。船足は海賊より随分

 と速そうに思えますから、戦いを避けるのであれ

 ば、とうにここから立ち去っていることでありま

 しょう。」 


 続けてアールトが何か言い出し掛けた時、灰色の

船の方がパパパッと光ったかと思うと


 ドドドドーンッ


という砲声が響き、同時に各船から海賊船へ、連続

した何条もの赤い光の矢が放たれる様子が見えた。


「ほう、相手も撃ちましたか。」


 アールトが、感心したかのように言った。



 北東方面輸送艦隊 同時刻


 令川丸の後方で、海賊船とほぼ同じ位置で同航中

の海防艦利尻の艦橋では、艦長の渡島少佐が操艦

指揮、砲術長の桧山大尉が砲戦の指揮を執ってい

た。


 令川丸と違い、利尻には方位盤射撃装置が装備

されているから、これで砲術長が指揮する。


 総指揮官である令川丸艦長から射撃命令は下っ

ているが、射撃に備えた測的は命令前から行って

いた。


 必要な諸元データは各砲に送られており、こ

れに合わせて俯仰角と方位角が操作されている。


 あとは、艦の上下動に合わせた発砲のタイミン

グであるが、動揺の最大と最小の中間で発砲する

よう訓練の時から徹底している。


 桧山は、基本どおりに動揺の中間のタイミング

を計って、発砲を下令した。


「用意、ーッ!」


 艦首甲板、後部マスト直後、艦尾甲板にそれぞれ

備え付けられた12㎝砲が


 ドドドーンッ


と火を噴いた。


 ほぼ同時に、後方の天売も12㎝高角砲を水平撃

ちたらしく、砲声がシンクロして


 ドドドドーンッ


と聞こえた。


 距離1,500mと言えば、有効射程1万5,000mある

利尻の艦載砲では、至近距離になるので、ほとん

ど直接照準の水平射撃になった。


 利尻の放った、艦首砲と艦尾砲の砲弾は、発砲

から2秒ほど後、海賊船の 少し手前に落下して

水飛沫を上げたが、艦中央砲のものが、海賊船の

右舷中央の側面中部に命中、炸裂し、木片をまき

散らして、火災を発生させた。


 これは、諸元が正確であり、このまま射撃をす

れば続けて砲弾が命中するということである。


「滝川君の方はどうかな。」


 滝川とは、天売艦長の滝川予備少佐のことで

ある。


 同じ海防艦でも、利尻は、元々、正規の軍艦と

して艦首に菊の紋章を戴き、艦長職も大佐が務め

る格式の高い艦であった。これは、北洋警備中に

ソ連当局と接触する機会があるためだが、対米開

戦後はそのような機会もなくなったことから、

昨年、軍艦籍から海防艦籍となり、菊の紋章も外

された。


 そんな経緯に加え、海軍兵学校出身の正規士官

である渡島少佐は、最近、急ピッチで量産されて

いる海防艦や、その多くの艦長職を務める高等商

船学校出身の予備士官に対して、意識的にか無意

識的かはともかく、優越感情を持っていたので

ある。


 だから、僚艦の戦況が気になるというより、

自艦との比較をしてしまうのであった。


 天売の艦載砲は、利尻の艦載砲と同口径であ

るが、高角砲であるため、利尻の砲と違い動力で

稼働し、発射速度も利尻が毎分6発であるのに比

べ、天売は毎分10発と速かった。


 発射された天売の砲弾は、3門のうち、1門の弾

が海賊船の右舷後部側面のガラス窓付近に命中、

炸裂して、ガラスや木片、弾片を周囲に撒き散ら

した。


 令川丸の15㎝砲の第一斉射は、残念ながら簡易

な射撃盤を使用しているだけで、精度の問題があ

り、海賊船を通り過ぎて反対舷側に水柱を上げる

遠弾となった。


 3艦とも、目標が木造船であることを考慮し、

砲弾は榴弾を使用、信管は瞬発に調定してある

ため、命中すれば瞬時に大きく炸裂する。


 砲撃開始と同時に、海賊船が射界に入り射撃

可能な25mm機銃が、3艦合わせて17丁(連装、

3連装機銃は、1丁ずつ順に発射する機構で、一

斉には射撃できない。)発射されている。


 令川丸は、艦橋後部の両舷に25㎜連装機銃を

設置しており、ほかの2艦より高い位置から

やや俯角を掛けて射撃していた。


 令川丸も海防艦も、各機銃ごとの独自判断で

射撃を行っている。


 令川丸左舷特設機銃の銃長(指揮官)である

福田一等兵曹は、指揮棒を海賊船に向けてあち

こち指し、時には、射手の鉄帽をコツコツ叩き

ながら、次々と目標を指示していた。


「甲板上の水夫どもを砲に近寄らせるな。」

「よし、舵輪付近を撃て。舵を取らせるな。」


 ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ


 福田からは、一秒間に3発の割合で発射され

る銃弾のうちの曳光弾が、海賊船に次々と吸い

込まれていくのが良く見えた。

 米軍の空襲では、さんざん機銃掃射に追い回

されたから、今の彼には胸の空く思いだった。


「福田銃長、当たっています。どんどんと当た

 っております!」


 装填手の若い兵隊が弾んだ声で叫んだ。


 海賊船は、横腹に砲弾の炸裂で穴が開き、

その真上の甲板が捲れ上がっている。


 加えて、25㎜機銃弾が横腹に当たって木片を

飛び散らせ、甲板上の海賊を薙ぎ倒し、帆柱や

索具の破片を弾き飛ばし、炸薬の炸裂や曳光弾

の燃え残りが帆布や甲板の破片に引火し、あち

こちで火災を起こしている。


「うむ、よく当たっておる。この調子で撃て。」


 福田は上機嫌で命令した。


 その時、海賊船が右舷の砲を放ち、発砲煙

が見えると一瞬置いて砲声が聞こえ、先ほどの

発砲と同じ位の距離の海面に水柱が上がった。


 しかし、それは数が半分ほどに少なくなって

おり、これは銃撃の成果と思われた。


 こうした間に、天売は第二、第三斉射を、

令川丸と利尻は、それぞれ第二斉射を放った。


 天売の2回の斉射は、いずれも2発ずつが

海賊船の右側面下部に命中、木片と弾片を

撒き散らし、穿たれた穴から浸水を生じさ

せた。


 利尻の第二斉射は、2発が命中した。

 艦首砲の砲弾が、船首側面付近に命中、

持ち上がった船首の上部を半分吹き飛ばし、

艦尾砲の砲弾は舵の付け根付近に命中し、

舵を付け根ごと吹き飛ばしてしまった。


 続けて、令川丸の第二斉射が着弾した。

 艦首砲は近弾となり手前に水柱を上げた

が、艦尾砲の砲弾は、海賊船の3本マスト

のうち、中央のマスト基部に命中した。

  

 この砲弾は、たまたま、信管を瞬発に

調定し損なっていたことから、傾いてこ

ちらを見せていた甲板と、その下の船倉

の床板を貫通し、マスト底部付近の竜骨

を貫通したところで炸裂した。


 海賊船は主マストを折られ、竜骨が

折損したため、背骨を折られた格好とな

って、そこから船底が前後に裂け大量の

浸水を生じ、行き足が止まった。


 そこへ、天売の第四斉射3発が、低く

なった喫水線付近に全弾命中し、破壊に

拍車がかかった。


 海賊船の船体は、船首と船尾が持ち上

がりV字にへし折られた状況で完全に航

行不能となり、火災も起こしたまま、

左方向へ舳先を向けて漂い始めた。


 利尻と令川丸から第三斉射が放たれ、

利尻の放った2発が船尾上甲板と、損害

の激しい船体中央部付近に命中、船体

を2つに割り、令川丸の放った1発が船首

上甲板に命中し、船首楼を完全に吹き

飛ばした。


 正直、あまり命中を期待していなか

った自艦の砲弾が連続して命中したこと

に感心した南郷は、双眼鏡で海賊船の

観察を続けていたが、僅かに破壊されず

に残った甲板上は、阿鼻叫喚の様相で

あった。


 死傷者があちこちに横たわり、動け

る者は、奇跡的にまだ原形を留めてい

るボートを降ろそうと懸命になってい

るが、そこへ機銃弾が命中し、次々と

斃れていく。


「勝負あったな。全艦の射撃中止を命ぜよ。」


 南郷の命令で、全艦の砲撃と銃撃が

止んだ。


 海賊船の行き足が止まっているので、

令川丸以下の艦隊も停止状態である。


 海賊船に追われていた帆船は、と

南郷が双眼鏡を向けると、前方1,000m

ほどの距離で停船し、こちらの状況を

窺っている様子であった。


 再び海賊船に目を向けると、辛うじ

て浮かんでいる船体から、その数ざっ

と2~300人位だろうか、どこにこんな

人数がいたのだと不思議に思うくらい

多数の海賊が、船を脱出し、樽や板切

れに掴まりながら海面を漂っていた。


 その中のある者は、こちらを目指し

て泳ぎ始め、またある者は前方の帆船

を目指して泳ぎ始めているのが見える。


「溺者救助はどうしますか。」


 令川丸で、大谷地副長が南郷艦長に

尋ねた。


「あんな大人数どうにもならんよ。

 あちらさんに何とかしてもらおう、

 一応、助けてやったんだしね。」


 南郷は帆船の方を

顎でしゃくりながら答えた。


 南郷は改めて前方の帆船を見遣ると、

甲板上の乗客たちは、一様にこちらへ

手を振り、歓声を送っているように

見える。


「航海長、幌筵島に向けよ。機関、前進半速。」

「了解、幌筵島に向けます。前進半速。」


 操艦号令と復唱の後、テレグラフが

「チリリン」

と鳴って半速の位置を示すと、艦はゆっくり

と動き始めた。


「道草を食ったな。取り合えず、先を急

 ごう。」


 南郷が、艦橋の面々に聞こえるように言

ったとき


「帆船から発光信号あり。意味不明!」


という見張り員の報告が聞こえた。


 皆が一斉に帆船の方を向いた。

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