【KAC20244】とあるゴーレムの話

こむぎこ

街中

「博士、行ってきますね」


 11時。博士は「どこ行くんだい? ぼんくら」と寝言を言っていた。


 おそらく起きたら返事をしたことすら忘れているだろう。


 昨日の夜も遅くまで研究を続けていたし、この様子だと夕方まで寝るコースだ。


 博士は本当はすごい。でも、すごくないところもいっぱいある。


 博士は生活態度がだらしない。


 時間も守らない。時計でも食べて、時間を守れるようになればいいのに。


 口も少し悪いし、人付き合いは全然しない。


 あとは、お金に無頓着だ。博士を支援してくれる人はいるのに、なぜだか彼らをも邪険にする。


 僕一人を作るために、巨額の資金を使っているのだ数少ない博士の友人から聞いたと聞いた。


 でも、博士は恩人だ。僕を生み出してくれたのは紛れもなく博士だから。


 その恩と天才さに報いようと、せめて、食費ぐらい浮かせられるようになろうと思う。

 

 そう決めて、街に繰り出す。街はずれのお店では、混まない時間帯に少しだけ負けてくれる。ここでまとめ買いをすれば、4日分の食材ぐらいのお金が5日分の食材に化けるのだ。


 そう思って穴場のお店にまで来た途端のことだった。


 どん、と背後から蹴られた感触がした。


「どきな、ゴーレム。お前には食事はいらんだろ」


 ぎらぎらした目をした、人だった。きっと、このお店に買いに来たお客さんだろう。身なりは整ってはいない。

 

 博士は完璧だから、僕には人を怒るしくみだってあるし、今も稼働しかけたけれど、それを抑え込む意志だってある。


「なにか、お困りですか?」


 博士のためにも、街の人には丁寧に接しておきたい。それでも、相手の返事はとげとげしていた。


「買われちゃ困るんだよ、俺は帰ったら5人の家族にくわせにゃならん」


「博士も食べないと倒れてしまいます」


「ゴーレムなんて作れる金持ち様がこんな街はずれの安い店まで狙わんでくれよ」


「決して博士は金持ちではありませんよ」


「ああん? そんなわけないだろ」


「むしろ貧乏といってもいいくらいです」


「は、それじゃ、とんでもない馬鹿じゃあないか」


「馬鹿ァ?」


 ぷつりと怒ってしまいそうになるけれど、抑え込んだ。


「そうだろ? 金ばかりかけてガラクタのゴーレムをつくりやがったんじゃないか。これを大馬鹿と言わずになんというのさ」


 かっと、燃えるような気分だった。


「博士は、馬鹿じゃない」


「はっ、どこが馬鹿じゃないって?」


「博士は、この国の、未来の指導者になる、この僕を、生み出されたのだ」


 博士は、毎晩、僕が寝た後に、「ぼんくらはまあまあぼんくらだが、この国の未来の指導者になれるくらいには天才だよ、あたしの子だからね」と言っているのだ。間違いはなかろう。


「……お前が、未来の指導者に?」


 嘲りを含んだ表情だった。


「何がおかしいのです、さては、信じていませんね?」


 目の前の男は言葉を続ける。


「そりゃあ、そうだろう。そんな人もどきの体で。

 ささくれの一つもできない、人の苦痛の一つだってわかれない体で、

 指導者になぞ、なれるはずもないだろう」


 先ほど以上に、ぶち、ときた気がした。


「ささくれができることが、それほど大事か」


 博士が、ぼんくらは人じゃないから、人の不要な機能を再現する必要などないんだよ、といって、取り除いた機能を、馬鹿にするか。ならば。


「傷といたみのおおさで、変わるものがあるのなら」


 ぶつり。


 


 博士は天才だから、苦痛だって、僕にはある。それでも、その苦痛よりも、目の前の男を打ち負かす必要性のほうが、まさった。


「これで、傷は十分か?」


 動力がドバドバと漏れ出ていく。


 意識が薄れていく。


 これで、完璧だ、相手にぐうの音も言わせず打ち負かした、そう思って彼のほうを見れば。


「そういうところがわかっちゃいねえんだよ、お前らゴーレムは」


 と意味の分からない言葉を吐いていた。







 

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