窓枠の蠅
@kooricandy
窓枠の蠅
人の死は、もっと劇的なものだと思っていた。あの男が死んでから三日。私はいつも通りに息をしている。悲しみで何も喉を通らないなど、嘘だ。食事時になると鳴る自分の腹が憎らしかった。下宿屋の狭い部屋で一人、窓枠にじっとしている蠅を眺める。彼は蠅が嫌いで、一度それを見つけると徹底的に追い払うのだった。しかし彼が居ない今、蠅は安穏と羽を休めている。そんなものを見るとふと、ああ彼は死んだのだった、と思い出す。それが私を圧し潰すことはない。ただ、大きくて黒々とした何かが、窓枠の蠅のようにじっと、私の側に在るだけだ。
「とても仲が良かったんでしょう。気の毒にネ……」
昨日、戸口で喪服の私を見た下宿先の大家が浮かべた表情を思い出す。一瞬悲しそうにしてから、すぐ何てことない顔をした。私も同じようなものだったろう。人の死は、劇的ではない。彼がいなくても生きていける自分に絶望しながら、何食わぬ顔で蕎麦なぞ啜っている。お前のいない世界など捨ててしまいたかった、と思いながら、今日も電車に揺られている。向かいの客の手にある新聞の一面は、どこぞの企業の不祥事だった。心の中で呼びかける。ねえお客さん、知ってましたか、驚いちゃあいけません。つい先日ね、私の親友が死にました。
窓枠の蠅 @kooricandy
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