一章3

 その後、あたしは神官長の授業を終えた。


 自室に戻るとシェルさん達が出迎えてくれた。

「ミヅキ様。今日もお疲れ様でした」

「うん。シェルさん、着替えたいから手伝ってもらえる?」

「ああ。そうですね、わかりました」

 シェルさん達に手伝われながら巫女の正装から部屋着のワンピースに着替えた。

 紅茶を淹れてもらい、ソファにてくつろいだ。

 ふうとため息をついた。

 シェルさん達が静かに退出した事には気付かなかったのだった。



 その後、一人で寝室に向かった。

 ワンピースなので髪留めを外してサイドテーブルに置いた。

 ベットに入って上掛けを掛けて寝転がる。

 目を閉じるとじわじわと眠気がやってきた。

(ああ、疲れた。いつになったら元の世界に帰れるのかな)

 あたしはそう思う。

 けど、あの闇の巫女のアリアさんはとっつきづらい。

 何であんなにあたしに冷たいんだ。

 文句の一つも言いたくなる。

 アリアさんに何かしたかな。

 けど、思い当たる節はない。

 仕方ないので眠ることにしたのだった。


 翌日も朝に身支度をして神殿に向かう。

 シェルさん達はいつも通りだ。

「行ってらっしゃいませ。頑張ってきてくださいね」

「うん。神官長様やアリアさんは厳しいけど。頑張ってくるよ」

 シェルさん達に手を振って迎えに来てくれたアルさん達と神殿に行く。

 廊下を歩いていたらアルさんが話しかけてきた。

「ミヅキ。お前、難しい表情をしているが。何かあったか?」

「いえ。ただ、闇の巫女のアリアさんについて考えていました」

「…アリア殿か。彼女は俺たちには普通だが」

 アルさんはぼそりと言った。

 なんと言うか、あたしだけ嫌われてるのはわかった。

「アルさん。という事はあたしが嫌われてるという事でしょうか。何かしてしまったかな。あたし…」

「それははっきり聞いてみないとわからんな。ただ、アリア殿はミヅキを嫌ってはいないと思うぞ」

「そうでしょうか?」

 尋ねたがアルさんは何も言わない。

 無言の中で廊下を歩いたのだった。



「ああ、来ましたね。ミヅキさん」

 神殿の礼拝堂に入るとアリアさんが真っ先にこちらに来た。

「…おはようございます。アリアさん」

「ええ。おはようございます。今日はミヅキさんとアル殿下にお知らせしたい事がありまして。神官長が奥の間でお待ちになっています」

「神官長が?」

「はい。なのでお二人とも付いて来てください」

 アルさんと二人で顔を見合わせる。

 けど、仕方ないので黙って付いて行く。

 アリアさんが先頭になって奥の間まで案内したのだった。



 奥の間に着くとアリアさんは出ていく。

 代わりに神官長が応対してくれた。

「巫女。それにアル殿下。よく来てくださいました。今日は妖魔や魔王の事で話がありましてな。それでこちらにお呼びしました」

「神官長。妖魔で何かわかった事がありましたか?」

「……はい。実は私や若い神官達で秘かに調査を致しましたところ、アルシンの町、シェンクの町が特に妖魔の被害が酷いとわかりました。魔王も現れており王宮の地下迷宮からも強い魔力が感じ取れた次第です」

 アルさんと神官長は難しい顔で黙り込んだ。

 魔王に妖魔か。

 まるでRPGやファンタジー小説に出てくる単語にあたしはここは異世界なんだと改めて実感した。

 岬さんにまた話を聞かせてもらわなければならない。

 そう思っていたら神官長はあたしに真摯な顔で告げた。

「巫女。まだ、あなたは完全に力を制御できてはいませんが。半月後にはアルシンとシェンク、他の妖魔が出没する町や村を巡って頂くことになります。そのためにも月玉の力を貯める事のできる魔石を渡しておきます。スー、こちらに」

 神官長が呼びかけると黒髪に黒い瞳の小柄な女性が奥の間のドアを開けて入ってくる。

 スーというらしい女性は両手に収まるほどの黒い箱を持っていた。

「……月の巫女様。こちらが神殿に伝わる魔石です。百年前の巫女様がお作りになった物になります」

「へえ。すごいですね。月の巫女って魔石を作る事もできるんですか?」

「いえ。正確にはこれ自体も魔力を持つ石です。月の巫女様が当時の神官長と共に試行錯誤の末に作り上げた物だと聞いております」

 あたしは百年前の月の巫女に感嘆した。

 まさか、魔石に力を乾電池みたいに貯める事を思いつくとは。

 もしかしたら当時の巫女も現代人だったのかもしれない。

 しかも日本人。

 けど、魔石をいわゆる加工するのって錬金術と関係しているとか元の世界で聞いた事がある。

「あの。神官長。聞きたい事があります」

「何でしょうか?」

「……えっと。こちらの世界にも錬金術ってあるんでしょうか?」

 あたしがおずおずときくと神官長は少し目を見開いた。

「……ほう。錬金術をご存知でしたか。確かに百五十年程前に異国で始まり他国にも伝わりました。百年前の月の巫女も錬金術に興味を示して自身の知識と神力を生かし、幾つかの魔道具を作りました。先ほどお渡しした魔石もその内の一つです」

「そうだったんですか。百年前の巫女は錬金術に興味を示して色々と作ったんですね」

 そうですと神官長は頷いた。

 スーさんはあたしに近づくと黒い箱を開けてくれる。

 中には赤い台座に鎮座する白と銀の混じった燐光を放つブレスレットがあった。

 ブレスレットには一定の間隔で白い宝石が連ねてある。

 銀の華奢な鎖で留め金の部分にも白い宝石がありとても上品なデザインだ。

 スーさんはあたしに手に取るように勧める。

 ブレスレットを取るとしゃらと微かに音が鳴った。


 ブレスレットをつけるとじんわりと暖かなものが体に染み込むような感覚がした。

 アルさんも何かを感じ取ったのか驚いた表情をしている。

「……これは。強い月の力を感じる。ルシア神と同じ気か」

「あの。ルシア神って?」

 あたしが訳も分からずに問い返すと神官長が教えてくれた。

「ルシア神とは月神ー月の女神のお名前です。巫女であるミヅキ殿に加護を与えてくださっているお方でもあります」

「へえ。月の女神様の名前だったんですね。綺麗な名前です」

「……ルシア神はもともとこの世界を作ったとされる創造主のお子様の内のお一方です。兄君に太陽神のアスナ神、妹君は闇の女神のカテイス神です。太陽神の加護を与えられた者を光の神子、月の女神の加護が与えられた者は月の巫女と呼びます。闇の巫女もカテイス神の加護を与えられています。この三人の内、光の神子と月の巫女は対になり闇の巫女だけは強い力を持つ。そう伝説では伝えられております」

 へえと言うと神官長は穏やかに笑う。

「ミヅキ殿。確かアリア殿もブレスレットを持っていたと思います。それはカティス神の加護が宿ったものです」

「そうなんですか。色々とありがとうございます」

 あたしがお礼を言うと神官長はどういたしましてと笑った。

 アルさんも難しい顔をしながらも良かったなと言った。

 神殿の奥の間を出る時神官長はまた来てくださいと言いながら見送ってくれたのだった。



 半月が経ってあたしの聖魔術も上達はしていた。

 けど、旅に出てカルーシェ王国をくまなく巡り歩きをしないといけない。

 しかも一人ではなくてアルさん、アリアさんに聖騎士さん達とだ。

 神官さんも二人ほど同行するらしい。

 シェルさん達は旅にいつ出ても良いようにと準備をしてくれていた。

「……ミヅキ様。陛下から伝言です。後一カ月したら結界の修復をしていただきたいとか」

「えっと。どこの結界を直したらいいの?」

「この王都の周辺をだそうです」

「そんな広範囲をしないといけないの。わかった、王宮に住まわせてもらっているし。やります」

「でも無理は禁物ですよ。アルブレヒト殿下や上級神官、魔導師や魔術師の方々も一緒だそうですけど」

 そんな会話をしながらシェルさんの淹れてくれたお茶を飲んだ。

 この国では珍しい緑茶だ。

 東方の島国で採れたものらしいが。

 それをゆっくりと飲みながらふうとため息をつく。

 エミリーさんとナタリアさんも壁際で控えながらも心配そうだ。

 四人で今後を話し合ったのだった。




 あれから数日後に王宮を出て王都の周辺にある結界を見に行った。

 アルさんとアリアさん、聖騎士のデヴィッドさんにスミスさん、上級神官のキリトさんとの六人で出発する。

 馬に乗って向かう事になった。

 あたしがアルさんの後ろにデヴィッドさんの後ろはアリアさんが乗せてもらっている。

 デヴィッドさんは蜂蜜色の癖毛を短く切り揃えていて薄緑の瞳が綺麗な細身の男性だ。

 背は高いけど顔立ちが甘いマスクと言える。

 スミスさんは濃い茶色の髪と瞳の寡黙な感じの男性で背も高い。

 顔立ちはデヴィッドさんとは正反対でいかつい感じといえた。

 体付きもがっちりしている。デヴィッドさんは見かけによらず、アリアさんにも細やかな気遣いを見せていた。

「……月の巫女。何を考えているのですか?」

「え。別にやましい事は考えていませんよ」

「はあ。だったらよいのですが」

 アリアさんは胡乱げな目つきであたしを見た。

 気まずくなる。

 アルさんがやれやれとため息をついた。

「……ミヅキ。あんまりろくな事は考えるな。お前、私にもそういうのは伝わるんだぞ。気をつけろ」

「はーい」

 本当に聞く気はあるのかとアルさんに怒られた。

 アリアさんとキリトさんが呆れたような表情になっていたのだったーー。



 その後、結界の要にたどり着いた。

 アルさんは馬から降りるように言う。

 あたしは一人で降りようとしたが。

 アルさんが結局手助けしてくれる。

「……ミヅキ。無理はするな。お前一人で降りられる程には慣れていないだろう」

「はい。ごめんなさい」

 素直に謝るとアルさんは目を見開いた。

「やけに素直だな」

「ひどい言われようですね。あたしだって謝るくらいはできますよ」

 怒りながら言うとアルさんは苦笑した。

「いや。ミヅキ、要の修復は思ったより気力と体力を使う。太陽の剣と月玉の二つを使うから私が言うようにしてくれ。闇の巫女のアリア殿も闇の腕輪で補助してくれるか」

「わかりました。殿下も月の巫女の補助をお願いします」

「ああ。頼む」

 アリアさんと頷き合うとアルさんは腰に佩(は)いていた太陽の剣を鞘から抜いた。

「では始める」

 その一声を合図にキリトさんが要だという場所を見極めた。

「あちらです」

 指差された場所に近づく。

 アルさんはあたしにこちらに来るように言った。

 近くに立つとアルさんは自分の前に立てと指示をしてくる。

 仕方なく言われた通りにするとアルさんは剣の柄をあたしの目の前に示す。

「ミヅキ。柄の部分を持つんだ」

 はいと言ってあたしは剣の柄の部分を握った。

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