一章2

 月の神殿までアルさんと手を繋いで向かった。


 侍女さん達は何ともいえない表情をしている。

 アルさんは前を見据えたままで何も言わない。

 仕方なくあたしも無言でいた。

 月の神殿にたどり着くとアルさんが繋いでいた手を離した。

「ここからは巫女と侍女しか入れない。後は神官くらいかな」

「わかりました。ありがとうございます」

 木で作られたドアの前でアルさんは言う。

 あたしも頷いた。

 ドアをシェルさんがノックをする。

 中から返事がありシェルさんたちに促されてドアを開けてもらい、あたしは部屋に入った。

 そこには白いひげを蓄えた初老とおぼしき男性と黒髪に翡翠色の瞳が綺麗な少女がいた。男性はにこりとこちらも真っ白な眉毛を下げて笑いながらあたしに声をかけてくる。

「おや。あなたが新しく選ばれた月玉の巫女殿ですか。光の神子のアルブレヒト様が見つけてこられたと伺っています」

「はあ。初めまして。あたしはミヅキ・スギノといいます。あの…」

「ああ。名を名乗っていませんでしたな。わしは神官長で名をウェスティンと申します。ウィル神官長はわしのご先祖でして。その時も異界からいらした巫女殿をお世話させていただきました」

 神官長さんはそう言いながらあたしに横にいる少女を片手で示した。

「こちらは月の巫女殿と同じくカーティス神に選ばれた闇の巫女殿です。さあ、名前を」

 神官長さんに言われた少女は真面目な表情で自己紹介をした。

「…初めまして。わたしは闇の巫女で名をアリア・フレイアといいます。あなたが月の巫女姫ですね?」

「そうですけど」

「確かスギノさんといいましたね。あなたは二百年前の巫女殿と違って力が弱い。これでは妖魔に勝てません」

 あたしはいきなり辛辣な事を言われて唖然とした。

 ウェスティン神官長もアリアさんにそれ以上はやめなさいとたしなめた。

 アリアさんはまだ言い足りなさそうだったけど黙ったのだった。



 アリアさんは気まずそうにしながらもあたしにそれ以上は絡んでこなかった。

 アルさんは手を離して儀式に臨むように言う。

 あたしは深呼吸をしながらウェスティン神官長のいる高座に一歩ずつ歩いていく。

 ひどく遠く感じられた。

 高座に上がり神官長のすぐ前まで立った。

 神官長は上級神官さんの掲げ持つ淡い紅色の小さな箱に鎮座するペンダントを手に取る。

 あたしはシェルさん達に言われた通りに手を祈りのポーズに組んで跪いた。

 しゃらりと音を立ててそっと神官長はあたしの首にペンダントを掛けた。

 留め具を付けてくれる。

 それが終わると小声で立つように言われた。

「これにて巫女認定の儀式を終えました。新たな月玉の巫女殿にルシア神のご加護があらん事を!!」

 わあと神殿に来ていた騎士や貴族、王族方の歓声が響くのをあたしはどこか遠い所のように聞いていたのだった。


 月玉の巫女認定の儀式はけっこうあっさりと終わった。

 けど、闇の巫女のアリアさんとは合わないなと思う。

 初対面だけど実力がないと言われるのは意外と精神的ダメージがある。

 まあ、後で神官長から「気にしなくていいですよ」と言われたが。

 それでも気にしてしまう。

 神殿から出て王宮の客間に戻った。

 アルさんやシェルミナさん達が迎えに来てくれる。

「無事に終わったようだな」

「はい。後は妖魔を倒すために修行をしないといけませんね」

「…その通りだが。神官長や闇の巫女殿にお願いする事になるぞ。お前、大丈夫か?」

「自信はありませんけど。やるしかないでしょう」

「まあな。けど、修行は厳しいぞ」

 アルさんは心配そうにしながらも歩き始めた。

 あたしも付いていく。

 その後、王宮の客間ーあたしの使っている部屋にたどり着いた。

 アルさんとはここで別れた。

 シェルミナさん達と部屋に入る。

 紅茶を淹れてもらってソファに腰掛けた。

 ふうと息をついた。

 アルさんはかなり心配そうにしていたが。

 これから大丈夫かなと思ったのだった。



 夜になってベットに入る。

 シェルミナさん達は退出して続きの間に控えてくれていた。

 あたしは寝返りを打った。

 眠れない…。

 目が冴えてしまっていた。

 また、アルさんが来たりしないだろうな。

 警戒しながら起き上がる。

 窓辺にまで近寄ると煌々と月が辺りを照らしていた。

 カルーシェ王国で見える月は元の世界で見ていたものよりも大きい。

 それに色が黄色みがかって見えたりオレンジ色に見えたりする。

 日によって違うようだ。

 あたしは月を眺めた。

 しばし、そうしていたが。

 肌寒くなってきてベットに戻った。

 暖かい毛布や布団に包まれてていたら眠気がとろとろとやってきた。

 そのまま、深い眠りについたのだった。


 翌朝、シェルミナさんに起こされて目を覚ます。

「…ミヅキ様。朝ですよ」

「ううん。もう、朝なの?」

「ええ。カーテンを開けたら洗顔と歯磨きを。後、今日は神官長様と闇の巫女様が魔術の特訓をしたいと仰せです。ですから、巫女の正装に着替えていただきます」

「わかった。じゃあ、洗顔と歯磨きをしてくるよ」

「そうなさってください」

 シェルミナさんに言われた通り洗面所に向かう。

 歯磨きをしてから洗顔をすませる。

 他の侍女さん達に手伝われながら巫女の正装に着替えた。

 髪もブラシと香油で整えてもらい、準備はできた。

 神官長と闇の巫女のアリアさんが待つ闇の神殿に行ったのだった。


 闇の神殿に着くとアリアさんと神官長が待っていた。


 あたしは巫女の正装で歩み寄ると二人に挨拶をする。

「おはようございます。アリアさん、神官長」

「…おはようございます。月の巫女」

 アリアさんがにっこりともせずに挨拶をした。

 神官長も同じようにする。

「おはようございます。巫女殿」

 気まずい雰囲気であった。

「月の巫女。わたしが今日は治癒の魔術などを教えますので。神官長からは光の魔術を主に指導していただきます」

「はあ。アリアさんがあたしにですか」

「そうです。何かご不満でも?」

 アリアさんはそう言いながらあたしを見据えた。

 どこか棘のある言い方だ。

「いえ。不満はありません。ただ、驚いたといいますか」

「まあいいでしょう。巫女、まずは月玉を出してください」

 言われた通りに月玉を胸元から出した。

「次に月玉に手を添えて集中してください。ルシア神に祈りを捧げるつもりで」

「わかりました」

 あたしは月玉に両手を添えて目を閉じた。

「集中すると月玉の神力を感じるでしょう。それが体に流れるのを思い浮かべてください」

 温かい何かが体に流れるのを感じた。

 あたしはそれが全身に行き渡るのをイメージしながらさらに集中する。

 アルさんがくれた神力とは違うけど。

 これも温かくて懐かしい感じがした。

「目を開けてください。次は治癒などの呪文を教えますので。まあ、最初にしてはよくできました。月玉の神力を制御するのはおいおい覚えていただくとして。まずは簡単な術を身に付けていただきます」

「…わかりました。お手柔らかにお願いします」

 あたしが言うとアリアさんは苦笑した。

 神官長も穏やかに笑いながら言った。

「巫女殿。わたしめからも光の魔術をお教えします。後で月の神殿にもいらしてください」

「はい」

「では一旦、休憩にしましょう。初めてでお疲れでしょうから」

 あたしは頷いた。

 丁寧にお辞儀をしてアリアさんと神官長にお礼を述べた。

 闇の神殿を出たのだった。


 月の神殿に向かうと先代の月の巫女だという女性を紹介された。

「初めまして。わたくしは月の巫女であった者で名をミサキと申します。姓はアオキといいます」

「初めまして。あたしはミヅキといいます。姓はスギノです」

 二人して顔を見合わせた。

「…もしや。あなた、日本の方ですか?」

「え。はい、そうです」

 ミサキさんは嬉しそうに笑った。

『やっぱり。じゃあ、この言葉はわかる?」

 えっとあたしは驚いた。

 それは懐かしい日本語だったからだ。


『わかります。ミサキさんも日本の方だったんですね』


 日本語で返事をするとミサキさんはさらに嬉しそうにした。

『やっぱり。わたしの名前は海辺の岬と書くの。アオキは青に木ね。ミヅキちゃんはどんな漢字で書くの?』

『あたしは美しいに月です。名字は木の杉に野原の野です』

『そう。綺麗な名前ね。わたしの名前はね、海辺に両親が住んでいたから岬と付けられたの。笑っちゃうでしょう』

 そんな事はないとあたしは首を横に振った。

「ありがとう。それより、神官長が困っているようだから。早速、授業を始めましょうか」

 カルーシェ語に岬さんは戻した。

 あたしも頷いて授業を始めることに賛成した。

「では。まずは月玉の由来から話しましょう。初代の月の巫女は初代国王の妹君でした。彼女は兄君と共にカルーシェ王国を建国する際、当時の魔王を封印して王都に強固な結界を作りました。その時に使われたのが月玉と太陽の剣でした。この二つは国王と巫女が魔物を討伐すると決めた時に神々がその願いに応えて授けたものです。太陽の剣は太陽神のカルナ神が月玉は月光神のルシア神が授けられました。カルーシェ王国ができた後は神殿が保管して守ってきたのです」

「そうだったんですか。では闇の巫女は何故存在するんですか?」

「…闇の巫女は光の神子と月の巫女が選ばれた際に気の均衡を保つために闇の女神が作った存在です。彼女たちは代々、闇の女神の腕輪を受け継いでいます。確か二百年前の巫女ーハルナ様も闇の巫女と月の巫女を兼任なさっていました。稀に二柱の神の加護を得る方がおられますね」

 へえと言いながらあたしは月玉のある胸元手を当てた。

 じわりと温かいものが体に染みていく感覚がした。

「あの。ハルナ様はこちらの方だったんですか?」

「いいえ。あなたと同じ異世界からいらした方ですよ。確か日本の方だったはずです。一時は月の巫女と闇の巫女を兼任なさって副神官長を務めていらして。十数年後に当時の光の神子ー第三王子であったカルデイ公爵に嫁がれたと伝わっています」

「へえ。じゃあ、子孫の方がいらっしゃいるんですね」

「ええ。ミヅキさんは月の巫女としての力は今後次第でしょうね。まあ、子孫の方にはお会いできる時が来るでしょう」

「はあ。けど、ハルナさんには会ってみたかったです。初代の巫女にも」

 あたしが言うと岬さんはにこりと笑った。

「また、来てくだされば初代の巫女の事もお話しますよ。お会いはできませんが。今の時代にも伝わっている範囲であれば、お教えします」

「わかりました。今日はありがとうございました」

 どういたしましてと岬さんは笑った。

 あたしもお辞儀をしたのだった。


 岬さんから話を聞いた後で神官長の執務室に向かう。


 そこで光の魔術を基礎から教えてもらった。

 神官長はまず、あたしに魔術の初心者向けの指導書を手渡してくれた。

「すみません。巫女殿、スギノ殿にはこれを参考にしながら授業をさせていただきます。わたしめの知っている事を教えてはいきますが。ですが、指導書があった方がわかりやすいかと思いまして」

 神官長はすまなそうに眉を下げながら言う。

 あたしは苦笑いする。

「いえ。気にしないでください。あたしもこういう教本ていうのかな。そういうのがあった方がわかりやすいのは理解できますし」

「そうですか。巫女殿がそう言ってくださると助かります。では、早速ですが。指導書の一ページ目を開いてください」

「わかりました」

 あたしは言われた通りに指導書の表紙を開いて一ページ目をめくった。

 それには何故か日本語で書かれていた。

「…あの。神官長、この指導書なんですけど。日本語が書かれてますが」

「ああ。それは二百年前の月の巫女がカルーシェ語を日本語でしたか。それに翻訳したものだそうです。これは先ほどお会いしたミサキ殿が書き写して編集した本ですよ」

 へえとあたしは指導書に見入った。

 ではと言って神官長の言う通りに指導書に目を通した。

〈まず、光の魔術について記す。

 光とは陽を現す。

 闇と光は表裏一体である。

 闇を陰とすれば光は陽なり。

 ただ、光を使うのならば、闇に引きずられないように。

 光を知り闇を知れ。

 であるならば、おのずとわかろう。〉

 へえとあたしは指導書に見入った。

「陽か。あの、光は陽だと書いてありますけど。神官長はどういう意味かわかりますか?」

「…そうですね。陽は光の他に物事を動かす力だと聞いた事があります。確か、ミサキ殿は陰陽五行の事を指すと言っていましたが」

「陰陽五行かあ。もしかして陰陽道の事かな?」

 あたしが言うと神官長はそうでしょうなと答えた。

「ミサキ殿は陰陽道を行使する人々は陰陽師と呼ばれていたと言っていました。まあ、こちらでいうエクソシストと似たようなものだとか」

「エクソシスト?」

「あなたも最初に出くわしたでしょう。妖魔に。あれらを倒すのを仕事にしているのがエクソシストです。例えば、アルブレヒト殿下がそうですね」

 そうだったんだとあたしは頷いた。

「エクソシストですか。あたしの世界では悪魔祓いを主にする人をそう呼びますね」

「ほう。巫女殿の世界にもおられましたか」

 神官長が驚いたように言うので悪魔祓いの事を簡単に説明した。

 神官長はこちらにも人に憑依する妖魔もいると教えてくれた。

 あたしは指導書を読みながら妖魔やエクソシスト達の事を教えてもらったのだった。

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