一章 月の巫女1

 あたしたちが謁見の間の前まで来るとドアの両側に騎士さんらしき男性が二人佇んでいた。


 アルさんは騎士さんたちに声をかける。

「俺は第二王子のアルブレヒトだ。今日は陛下と王妃陛下に謁見をしにこちらまで来たんだが」

「あ。アルブレヒト殿下でございましたか。いつも、妖魔退治で王宮にいらっしゃるのは珍しいですが。陛下と王妃陛下はもうこちらにいらしています」

「そうか。ちなみに謁見の時には陛下と王妃陛下、俺とこちらの女人以外は立ち入り禁止にしてほしい。内密の話があるんでな」

「わかりました。では、中にお入りください」

 左側にいた騎士さんが受け答えをした後に右側にいた騎士さんと二人でドアをゆっくりと開ける。

 目の前が眩い。それもそのはずだった。

 深みのある紅の絨毯は毛足が長くふかふかでピンヒールを履いたあたしやブーツを履いたアルさんの足音を吸収してしまう。

 壁も白い大理石で天井には綺麗な美人の女性や筋骨隆々なたくましい男性の活躍などがカラーで描かれている。

 周りには金箔が使われていたりして豪華で気品漂う雰囲気だ。

 奥まった所にこれまた金銀がふんだんに使われた玉座に座る中年とおぼしき男性と隣の小さな玉座と同じくらい豪華な椅子に座る超がつく美女が目に入った。

「ミヅキ、玉座に座っておられるのが国王陛下で隣の女性は王妃陛下だ。とりあえず跪け」

 小声で言われたがあたしは小さく頷くだけにしておく。

 アルさんもそれ以上は言わずに片膝をついて右手を胸の前に当てるポーズで頭を下げた。

 あたしも片膝をついたポーズで座ろうとした。

 けど、アルさんに小声で注意された。

「…あのな。俺と同じ格好でやらんでいい。とりあえず、膝を曲げてドレスの裾を摘んで頭を軽く下げておけ。片手は胸に当てておいたらいい。言う通りにしておいたら失礼にならんだろう」

 後でマナーなども教えないといけないなとアルさんはぼやいた。

 仕方なくあたしは言われた通りに膝を軽く曲げてドレスの裾を片手で摘み、頭は深々と下げる。

 片手も胸の辺りに当てて陛下ー王様の言葉を待った。

「ふむ。遠い異界からよう来られた。あなたが当代の月玉の巫女殿だな。アルブレヒト、でかしたぞ」

 陛下はまず、アルさんにそう声をかけた。

「もったいないお言葉ありがとうございます。陛下、王妃陛下におかれましてもお元気そうで何よりです」

「アル。ここには知った者しかおらぬ。楽にしてかまわない」

 陛下のお言葉にアルさんは下げていた頭を上げた。



 あたしも下げていた頭を上げていた。

 それについては誰からも注意されない。

 あたしはほっとしながら陛下と王妃様を見た。

「月の巫女殿。まずは名前を教えてはくれんか。わしはこのカルーシェ王国の王でアランハルトという。王妃はローズマリーだ。そうだな。わしはアラン、王妃はマリーと呼んでくれてかまわない」

 いきなり、王様はフレンドリーに話しかけてきた。

 驚きながらもあたしは答える。

「…はあ。えっと、杉野美月といいます。ミヅキ・スギノという方がわかりやすいでしょうか」

「ミヅキ殿というか。良い名だ」

「ありがとうございます」

 お礼を言うと王様もといアラン様はにこやかに笑った。

 そうするとアルさんと面影が重なる。

 親子なんだなと思う。

「ミヅキ殿。君の名はどういう意味を持つのか。それを教えておくれ」

 アラン様はそう言うと立ち上がりあたしとアルさんの近くまで歩いてきた。

「えっと。あたしの名前は美しい月という意味があります。生まれた時に綺麗なお月様が見えたので。それで両親が美月に決めたと聞きましたけど」

「ほう、なるほど。美しい月か。巫女殿の故郷ではそういう意味になるのだな」

 アラン様は興味深そうに頷いた。

 アルさんも王妃ことローズマリー様もへえと言いながらあたしに視線を向けてくる。

「巫女殿。あなたのお名前は綺麗ね。わたくしも生まれた時にローズ、薔薇の花が咲いていたから母が名付けたとかで。そのためか幼い頃からローズと呼ばれていますよ」

 ローズマリー様はにこやかに笑いながらあたしに話しかけてきた。

「あたしの名前はその。王妃様のお名前に比べたら綺麗なものではないです。むしろ、薔薇の花の方がいいと思います」

 謙遜して言ったけどローズマリー様は苦笑した。

「巫女殿、いえミヅキ殿。そんなに卑下をしなくてもよいですよ。わたくしの名前はこの国ではありふれていますから」

「すみません。お気を使わせてしまったようですね」

「気にしないでください。ミヅキ殿、よければ、わたくしの部屋に遊びにいらして。ゆっくりとお茶でも飲みながらお話をしましょう」

「はい」

 あたしが頷くとローズマリー様は嬉しそうに笑った。


 あたしとアルさんはアラン陛下とローズマリー王妃との謁見を終えた。


 王妃ことローズ様とお茶会を約束したのであたしは部屋に戻った後でシェルミナさんたちにその事を伝える。

「お帰りなさいませ。ミヅキ様」

「ただいま。早速で悪いんだけど王様方との謁見はおわったんだけど。王妃様とお茶会の約束をしたんだ。日取りはまだ決めていないけどシェルさんたちもそのつもりでいてね」

 そうお願いするとエミリーさんとナタリアさんは驚いたらしく顔を見合わせた。

「王妃様からお茶会のお誘いがあったんですね。ミヅキ様、気に入られましたわね」

 エミリーさんが言うとナタリアさんも頷いた。

「陛下方には年頃の娘君がおられませんの。お子様は王子ばかりで。アルブレヒト殿下はお小さい頃、王妃様の餌食になっていました」

「餌食ってどういうこと?」

「…言いにくいのですが。アルブレヒト殿下はお顔立ちが綺麗でしょう。王妃様はよく殿下に女装をさせていたそうです」

 エミリーさんが苦笑しながら教えてくれた。あたしは何ともいえない気持ちになる。

 アルさん、気の毒に。まさか、王様方に娘さんがいなかった事で女の子の格好をさせられていたとは。

 内心で思っていたらナタリアさんが声をかけてきた。

「ミヅキ様。アルブレヒト殿下に女装の話はなさらないでくださいね。私共は大丈夫なんですが騎士の一人がそれを言ってしまい、剣で切りつけられたそうですので」

 彼女の言葉にあたしは体が縮み上がった。

「ナタリア。ミヅキ様になんて事を。申し訳ありません、後で注意をしておきます」

 エミリーさんが頭を下げて謝ってきた。

「あ。別に気にしていないから。ただ、物騒な話だと思って。アルさんには女装の話はしないよ」

 あたしが言うとすみませんとエミリーさんはまた頭を下げた。



 その後、あたしは部屋でゆっくりと休憩の時間をとる。

 傍らにはシェルミナさんがいた。

 紅茶を淹れてあたしに手渡してくれる。

 シェルミナさんの淹れたお茶はなかなかに香りがよく味もほんのり甘みがあった。

 それを飲みながらシェルミナさんと話をした。

「今日はいろいろあったな。疲れたあ」

「お疲れ様です。夜になったら早めに休まれた方がいいですね」

「そうだね。お風呂も入って夕食も軽いのにするよ」

「わかりました。夕食はスコーンやサンドイッチでいいですか?」

 お願いと言うとシェルミナさんは無くなったお茶をまた淹れてくれたのだった。



 シェルミナさんと話をした後で早めにお風呂に入り夕食もスコーンやサンドイッチで軽くすませた。


 ベッドに入りナイトドレス姿で寝た。

 しばらくしてうとうとしていたら窓をコツコツと鳴らす音が聞こえる。

 何だろうと目を覚ます。

 あたしはぼんやりとする頭で起き上がり窓にまで近づいた。

 月の光に照らされて見えたのはルビーのような赤い瞳だ。

 きらきらと輝く銀糸ともいえる髪に驚きを隠せない。

 あたしは首を傾げたが。

 窓を仕方なく開けてみた。

 銀糸の髪と赤い瞳の男性はやはりアルさんだった。

 朝方と違い、部屋着だろう白い長袖のシャツと薄い水色のジャケットに黒のズボンというくつろいだ格好だ。

「アルさん。こんな夜遅くにどうしたんですか?」

「すまないな。今日は満月の日だから大丈夫だとは思ったんだが。新月の日は気をつけろ。妖魔の動きが活発になるんでな」

「はあ。注意をしにきたんですか」

 あたしが言うとアルさんはひょいと答えもなしに窓から寝室に入り込んできた。

 慌ててベッドに戻ろうとしたが。

 アルさんにあっさりと捕まってしまう。

「まあ待て。月の巫女は闇に気が近い。だから妖魔にとっては最上級の獲物というわけだ。それに下手すると力に引きずられて狂ってしまうと昔から言われている。そのために対がいるんだよ」

 アルさんはそう説明するとあたしの頬を片手で撫でる。

 温かい大きな手でされると安心感と共にじわりと何かが肌から入り込んできた。

「これは?」

「…俺の気を分けた。ミヅキの気が少し乱れていたからな」

 よくわからないがアルさんは自分の霊力を流しこんでくれたらしい。

 アルさんはその後も対についてや気のバランスについても説明してくれたのだった。



 そうして、アルさんはあたしの頭を撫でて寝室を出ていった。

 先ほどより体が軽い。霊力を分けてもらったからか。

 ふと、先ほど説明してもらった事を思い出す。

 確か、月の巫女は気が闇に近いので心を飲み込まれかけた人もいたとか。

 そんな時、対の光の神子が自身の気を直接触れて分け与えたそうだ。

 すると、不思議な事に月の巫女の心は清められて正常な状態に戻った。

 それを間近で見た他の人たちは後に月の巫女の気を安定させるために光の神子が必要だと認識したらしい。

 それからは月の巫女と光の神子両方を国で守るようになったとの事だった。



 あたしは月の巫女と光の神子の昔話を思い出しながらベッドに潜った。


 まぶたを閉じたが。

 アルさんの手の温もりが脳裏から離れないのでため息をつく。

 たく、こんな夜中に女性の寝室にやってくるなんてな。

 アルさんて意外と常識離れしている。

 こう言ったら怒られるだろうけど。

 あたしはそう思いながらも寝返りを打ったのだった。



 翌日になりシェルさんやナタリーさんなどに冷たい井戸水で体を洗われた。

 白いロングスカートを履かされ、上に白に水色の縦縞模様が入った丈の長い上着を着せられた。

「ミヅキ様。これは月の巫女の正式な衣装です。後、今日は巫女としての就任式になりますから。粗相のないようにお願いします」

 シェルさんから厳しく注意される。

 あたしは頷いて最後に布製の靴を履く。

 これも真っ白な色をしていて履き心地は柔らかい。

 けっこういい素材を使っているんだろうな。そんな事を考えていたら部屋のドアが鳴らされた。

「ミヅキ様。応対はわたしがしますので。しばらくお待ちください」

「わかった」

 頷くとシェルさんがドアの所まで歩いていく。

 しばらくして入ってきたのはアルさんと見たことない薄い茶色の髪と青の瞳の男性だった。

「ああ。巫女の正装に着替えたんだな。よく似合っている」

 アルさんは珍しくあたしを誉めた。

「はあ。それはどうも」

「馬子にも衣装とはよく言ったものだな」

 悪戯っぽく笑いながらアルさんは言う。

 上げときながら落とすとは。

 何気にひどい、アルさんよ。

「馬子にもは余計です!」

「そんなに怒る事ないだろう。似合っているのは確かだ」

「…アルさん、からかいたいのか誉めたいのかはっきりしてください」

「一応、誉めたんだが。からかってはいないぞ」

 アルさんはにやにやしながら言った。

 あたしはうろんげに睨んだ。

「絶対からかってます。あたし、わかってるんですから」

「まあ、そう怒るな。せっかくの正装が台無しになる」

 宥められるも納得がいかない。

 むうとぶすくれながらもシェルさんたちに時間だと言われる。

 仕方なく、顔を手で触って眉間のしわを伸ばしたりした。

 アルさんは仕方ないなと言って手を差し出す。

 あたしはなんのこっちゃと思いながらも差し出された手に自分のを乗せた。

 ぎゅっと握られる。

 そのまま、あたしは月の神殿までアルさんと手を繋いで向かったのだった。

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