序章2

 目の前の美女はあたしの頭を撫でてきた。


 にこにこと笑っているが。誰なのかわからない。カティスさんとか言ってたけど。

『いらっしゃい、美月ちゃん。わたしは改めて言うけど。名をカテイス。このカルーシェ国の守護神の内の一柱。闇を司っているの』

 いろんな難しい言葉を言われてあたしは混乱状態になる。

 守護神はかろうじてわかるけど。一柱って何だ?

『…あの。神様なのはわかりましたけど。一柱というのは何ですか?』

 首を捻りながら尋ねた。カテイス様は困ったように笑った。

『…まあ、いきなり呼び出されたら混乱もするわよね。一柱というのはね。神の数を現す言葉よ。人の人数と似たようなものだわ』

 成る程と納得できてあたしは頷いた。神様の数を現す言葉だったのか。

『とりあえず、まずはあなたが何故、こちらの世界に呼び出されたのか説明をするわね。美月ちゃんはわたしたち、守護神が日本の神に掛けあって呼ばれた存在なの。この国では何百年かに一度、危機が訪れていた。その際の国を救うために選ばれていたのが月玉の巫女と光の神子。美月ちゃんはその内の月玉の巫女ね』

 ゲツギョクノミコって。いかにも、ロングプレイングゲームに出てきそうな名前だ。

『…あたしが国を救うって。ちなみに光の神子もこの世界のどこかにいるんですか?』

『いるわよ。あなた、もう会ってるのに。気づかなかったの?』

 きょとんとした顔をカテイス様はする。もう、会ってるとは。

『もしかして、光の神子って男性なんでしょうか。それとも、女性かな?』

『…えっと。男性よ。そうね、はっきり言うとこの国の第二王子が光の神子なの。アルブレヒトがそうよ』

 あたしはその言葉を聞いて硬直した。あの、ど美人のアルさんが光の神子!?

『ええっ。アルさんが光の神子なんですか?!』

『だから、さっき言ったでしょ。このカルーシェ国ではね。光の神子は大体、王族がなる事が多いの。今から、二百年ほど前に選ばれた光の神子も王子の内の一人だったわ』

 あたしはあまりの話に唖然とするしかない。カテイス様の記憶力は半端ないと思った。

『美月ちゃん。二百年前にもいた月玉の巫女はあなたと同じ世界の日本から来た人よ。名を春奈と言ったの。彼女の子孫が今のカルディ公爵家の人々になるわ。まあ、対の光の神子との間に生まれた子たちの子孫とも言えるわね』

 あたしは更に驚いた。月玉の巫女さんが光の神子と結婚してたとは。しかも、子孫までいるだなんて。

 カテイス様はあたしの頭を撫でながら微笑んだ。


『美月ちゃん。話を戻すわね。これから、この国は滅びの危機を迎えるわ。月玉の巫女として結界の修復と妖魔退治をお願いしたいの。アルブレヒトは今まで妖魔や魔物と戦ってきているから、かなり強いわよ。あなたのことを守ってくれるから。安心して』

『はあ。やらなければならない事はわかりましたけど。要はアルさんと協力して役目を果たせば良いんですね?』

『その通りよ。アルブレヒトに自分が対の月の巫女だと言えば、聞いてくれるはずだわ。後、私の名前を出せば、信じてもらえると思うけど』

 カテイス様はそう言うとあたしから一歩離れた。

『それと。対の光の神子の他に闇の巫女もいるから。彼女の協力も得ておいてね。そうすれば、後々助かるはずだから』

 そう言いながら、カテイス様はバイバイをするように手を振った。彼女の姿が陽炎のように揺らぎ始めた。

『…もうそろそろ時間切れね。美月ちゃん、さっき言った事は忘れないでね。ちゃんと伝えれば、カルーシェ王国の人は聞いてくれるから。また、次の機会に会うのを楽しみにしているわ。さようなら』

 真っ白な霧に目の前が覆われて何も見えなくなる。あたしの意識も薄まっていった。




 あたしはゆっくりと意識が浮上するのを感じ取った。そうだ、何か変な夢を見ていた。ぼうっとなる頭で月玉の巫女だとか光の神子などの言葉を思い出した。

 琥珀のような綺麗な目と黒髪のど美女が出てきて、カルーシェ国だったか。その国を救ってほしいとも言われたのだった。

 後、白銀の髪に紅い瞳のとても綺麗な美女も出てきたかな。不思議な事だらけで自分は完璧、夢を見ているのだろうなと思う。

 でなけりゃ、説明しきれない。けど、夢は醒めてはくれないようだ。目を開けて、窓のカーテンから漏れる光で部屋の中が薄っすらと見えたのでキョロキョロと視線を巡らせてみる。自分の部屋ではないのは一目瞭然だった。

 重厚な感じの深紅のカーテンに壁紙も温かみのある赤茶色の花柄のものだ。置いてある家具も木目が美しい白木で作られたもので高価なのは見るだけでもわかった。

 部屋の中心に置いてあるベットもクッションなどがふかふかでシーツもさらりと清潔で触り心地がいい。

 昨日は夜中で暗かったし、気持ち的に余裕がない時だったから部屋の中を確認するどころじゃなかった。

 けど、あたし、役目を終えたら元の世界に戻れるのだろうか。あの家に家族や友人達と再び、会えるのだろうか。

 それが脳裏を支配し始めてあたしは途方に暮れた。



 あたしはノックの音がしてやっと我に返った。外から声をかけられる。

「…ミヅキ様。もう、起きておいででしょうか?」

 声の主は昨日に色々と説明をしてくれていたエミリーさんのものらしかった。返事をするとカチャリとドアが開かれた。

 透き通った琥珀色の瞳と赤茶色の髪の美人さんが部屋に入ってくる。あたしは途端にこれは夢ではなく現実なのだと思い知らされた。

「おはようございます。えっと、エミリーさん」

「名前を覚えていてくださったようですね。では、カーテンを開けますね」

 エミリーさんはそう言いながらカーテンを開けてくれた。それと同時に部屋の中が日の光が入って明るくなる。

「では、身支度をいたしましょう。ミヅキ様。顔を洗って歯磨きをなさってください」

「わかった。洗面所の場所を教えてもらえますか?」

 あたしが尋ねるとエミリーさんは洗面所の場所を指でさして教えてくれた。

「洗面所でしたら寝室の奥の左側の扉になります。そのさらに奥が浴室になるので。まずは湯浴みをなさってください」

「え。どうしてですか?」

 驚きながらもさらに問うとエミリーさんは苦笑いしながら答える。

「…昨日は夜中に来られたから湯浴みをしていただく時間がなかったでしょう。だからです」

「えっと。そうだったんですか。けど、ユアミって?」

 あたしが訳がわからずに言うとエミリーさんは笑いを深めて意味を教える。

「湯浴みというのはそうですね。簡単に言うとお湯で体を洗う事です。まあ、ミヅキ様のおられた所の言葉でいうと入浴を指します」

「あ。入浴、お風呂の事だったんだ。なるほど、ありがとう」

 お礼を言うとエミリーさんはどういたしましてと笑う。

 その後、着替えやタオルなど用意してもらって浴室に入ったのだった。


 湯浴みをさせてもらい、体も心もすっきりした。侍女さんたちは脱衣室であたしを待ち構えていた。

 シェルミナさん達は手早く、ドレスを着せ付けた。

 けど、コルセットはきつかったな。ぎゅうぎゅうに締め付けてくるから。あたし、悲鳴をあげってしまったし。

 侍女さんたちは髪に香油を馴染ませてブラシで梳いてくれる。丹念にされて髪は湯浴みをする前よりも艶々になった。

 薄化粧もしてくれて髪もアップにしてくれた。鏡を見たら別人が映っている。自分でも驚いたのだった。




「…いい感じに仕上がりました。ミヅキ様、よくお似合いですよ」

 シェルミナさんがにっこりと笑いながら褒めてくれる。あたしはそうですかとだけ言っておく。

「あたし、ドレスって着たのは初めてかも」

「まあ、そうなのですか?」

 あたしがぼそっと言うとシェルミナさんは驚いたらしく目を見開いた。

「うん。あたしのいた所ではドレスを着るのは改まった場所くらいだから。パーティーとか結婚式の時辺りがそうだったかな」

「それは興味深いですね。ミヅキ様の故郷ではあまりドレスをお召しになる方が少ないとは」

 ふうむとシェルミナさんは頷いた。あたしはもう一度、鏡を見たのだった。




 そうして一時間ほどが経っただろうか。シェルミナさんたちに案内されながら客間に程近い食堂に向かった。

 中に入ると深みのある赤の絨毯が敷いてあって壁紙も薄い茶色に蔦の模様があしらってある落ち着いた感じの部屋がそこにはあった。シェルミナさんが椅子を引いて座るように促してきた。

「ミヅキ様。まもなく、朝食をお持ちしますので。席に座って待っていてください」

「わかりました」

 頷くと他の侍女さんたちと一緒になって食堂を出ていった。しばらく待っていたらドアを開けて侍女さんたちが入ってくる。

 シェルミナさんがワゴンを押してあたしのいる机の近くまで来た。良い香りがこちらにまで漂ってくる。

 あたしの前にフォークやナイフ、スプーンなどをナタリアさんが並べてくれた。エミリーさんとシェルミナさんが配膳をする。

 あたしの目の前には湯気の漂うスープとバターロールが皿にのせられて置かれた。スプーンを手に取って口に運んだ。

 熱さはちょうどよい感じで味も薄味だけど美味しい。見た感じはコンソメスープっぽいけど味はあっさりしたお澄ましというものだ。不思議に思いながらバターロールも食べた。こちらも固くなくふんわりと柔らかい。前菜も食べると既にお腹はふくれていたのだった。


 メインが出てきてふわふわのプレーンオムレツだった。後で紅茶とデザートのフルーツの盛り合わせが出てくる。

 さすがに王宮なだけはある。美味しいなと感じながら、オムレツをナイフで切り分けてフォークで突き刺す。

 口に運ぶとふんわりと蕩けるようで甘さとバターのまろやかな味が広がった。

 もう、これだけで天国だ。側に控える侍女さん達はほんわかとした感じの表情でそんなあたしを見守っているらしかった。

「…ミヅキ様。とても、幸せそうですね」

 ナタリアさんが笑いながら言った。あたしは恥ずかしくなって顔が熱くなるのがわかった。

「そ、そうかな?」

「ええ。ミヅキ様くらいですから。こんなに美味しそうに召し上がるのは」

「…あたしくらいって。何か、微妙な感じがするんですけど」

 頬をひきつらせながら言うとナタリアさんはすみませんと謝ってきた。あたしは頷いてから食事を再開したのだった。




 朝食を終えると皿をナタリアさん達が片付ける。あたしはごちそうさまと言って自室に戻ろうとした。が、それは侍女さんによって止められた。

 あたしの前にいたのは金の髪がトレードマークのナタリアさんだ。片付けをしていたはずなのに何でいるんだろう。

「ミヅキ様。お一人で戻るのは危険です。あたしかシェルミナさん、エミリーさんをお連れください。まだ、護衛の騎士が決まっていない今だけはうかつな行動は慎んでください」

 厳しい表情で言われてどうしてだろうと首を傾げる。

「何で一人で行動するのが駄目なの?」

「…ミヅキ様がアルブレヒト殿下の対に当たる方かもしれないからです。月玉の巫女様はお一人しかいない大事な存在。カルーシェ国にとっては特に。だから、昔から巫女や聖騎士がお守りするのが慣例ともなっています」

 巫女や聖騎士と聞いてあたしは唖然とした。まだ、月玉の巫女とは決まっていないのに。周りの人たちは本気で信じ込んでいるらしい。

 あたしはふうとため息をついてしまった。



 あたしがナタリアさんに言われて自室に戻るとソファに早速、座った。

 シェルさんがお茶を入れますねといって準備をしてくれる。

 ナイトドレスから昼間に着る用のワンピースをエミリーさんとナタリアさんが選んで持ってきてくれた。

「ミヅキ様。今日は黄色のワンピースにしましょう。後、アルブレヒト殿下がお迎えに来られるので。お化粧と髪結いをしておきましょう」

 エミリーさんがにこやかに笑いながら言った。ナタリアさんも腕捲りをしている。

 あたしはその後、コルセットの締めすぎでふらふら状態になったのだった。




「…ミヅキ様。大丈夫ですか?」

 シェルさんが気遣わしげに聞いてくる。あたしはふらふらになりながらも何とか我慢した。

「大丈夫。心配させてごめん」

「やはり、コルセットを締める時はもう少し緩めにしますね」

「…そうして。お願い」

 そう言うとシェルさんやエミリーさん、ナタリアさんも心配そうにしながらも頷いてくれた。

 その後、アルさんこと第二王子であるらしいアルブレヒト殿下が来られた。

「ほう。馬子にも衣装だな。よく似合っている」

「…ありがとうございます」

 あたしは馬子にも衣装と聞いて頬をひくりとさせながらもお礼を言った。

 まあ、昨日はパジャマに健康サンダル(派手なピンク)だったからな。

 そう思っているとアルさんはあたしにすっと手を差し伸べた。今日のアルさんは黒の襟の詰まった騎士さんが着そうな軍服と白のトラウザーズといった格好をしている。

 けっこう、白に近い銀髪と紅い色の瞳には映えていて似合っていた。

 見とれながらもあたしは差し出された手に右手を重ねた。

 アルさんは思いの外、強い力でぎゅっと握った。温かい手は剣ダコがあってざらりとしている。

 大きくて骨ぼったい手は意外と安心できる何かがあった。

「では行くとするか」

「わかりました。で、どうしてあたしの部屋にいらしたんですか?」

「…何も説明をしていなかったな。そなたには会ってもらいたい人がいる。その人の元へ行くんだ、今から」

 はあと言うとアルさんはすたすたとあたしの手を握ったままで歩き始めた。

 あたしは引っ張られて同じように歩くしかなくなる。

 アルさんの美貌は朝の光の中で見ると神々しくすらあった。キラキラと輝く白銀の髪は天使の輪が二重にできていて白い肌と相まって美しい。

 紅い瞳も透明感のあるルビーみたいで女性のようにすら見える。だが、エラが少し張った顎の線で男性であるといえた。

 あたしは見とれながらも足だけは動かすのであった。



 あたしはその後も引っ張られながら歩き続けた。アルさんはあたしが息を切らせ始めた事に気づくとさすがに歩くスピードを緩めてくれた。


「…アルさん。歩くの速すぎです」

「すまない。ちょっと、急いでいたんでな」

 そう言ってまた、歩き始めた。アルさんに連れられながらあたしはどこまで行くのかと思う。

「あの。アルさん、どなたの元へ行くんですか?」

 あたしが問うとアルさんは少し考える素振りを見せた。

「そうだな。お前には説明をしておいた方がいいか。これから、国王陛下と王妃陛下に謁見しに行く。そのためにミヅキを迎えに来た」

「ええっ。王様と王妃様に会うんですか。あたしなんかが行って大丈夫なんですか?!」

 素っ頓狂な声を出すとアルさんは落ち着けと言った。

「昨日の内にミヅキが月玉の巫女だという事は陛下方には報告してある。俺の対ついに当たることもな。異世界から巫女が召喚されるのは昔からの慣わしになっているから。そう驚く事でもなくなってきている」

 説明を聞いてあたしは月玉の巫女とか対という言葉に首を傾げる。

「アルさん、よくあたしの事を対と言いますけど。どういう意味なんですか?」

「…お前、鈍いな。対というのは性質は正反対だが同じものの事を言う。同時に存在していてどちらが欠けてしまっても駄目なんだ。要は光と闇とかがそれに当たるな」

「光と闇ですか。アルさんはあたしを月の巫女と言ってましたね。対という事はアルさんも何かの巫女なんですか?」

「そうだ。俺の場合は太陽の剣の持ち主で光の神子と呼ばれている。光の神子と月玉の巫女は似た時期に選ばれる。そして、どちらかが欠けると力と共に命を失う。だから、光の神子は男が選ばれる事が多い。反対に月玉の巫女は女が多い。どういうわけかな」

 アルさんは複雑そうな表情を浮かべた。

 あたしはへえと言いながらアルさんの手を引っ張る。

「とりあえずは行きましょう。王様たちに挨拶をしなくちゃいけないんでしょう?」

「そうだな。では行くとするか」

 アルさんは気がついたらしくまた歩き始めた。

 あたしは引っ張られながらも王様たちがいるという謁見の間に急いだ。

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