些細なささくれ話―800字で異世界旅Ⅳ―

かこ

◇◇◇

 宿の部屋で荷物を整理をしようとした時だ。


「あ、ささくれ」


 声を上げたリノにゲンは何だそれはとたずねた。


「ささくれはささくれでしょ。この爪の生え際に出来るやつ」


 指先を見せたリノは問答無用で、ささくれをちぎりとった。

 ゲンは身の毛だち、石を投げ込まれた水面のような瞳でリノを睨む。


「皮をむしる阿呆がおるか」

「引っかけても痛いだけだよ。ちぎった方が早いし」

「荒療治にもほどがあるだろう」


 ゲンの顔には理解不能と書かれていた。これ見よがしにため息をついた姿は、人間と同じだ。精霊だなんだと威張ってはいるが、その実は食い意地のはったカワウソと変わりない。どんなにすごんだって、小さな四肢を動かす様は何をしてもかわいく見えるのだから得だ。

 リノはささくれとは無縁そうな手を見て、小さな痕を眺めながら、以前の手を思い出す。


「霜焼けと皮向けだらけの手に比べたら、可愛いもんだよ。最近は足の魚の目の方が痛いよね」

「軟弱な体だと不便だな」

「精霊と比べたら、誰だって軟弱だろうねぇ」

「さかむけをちぎる奴は軟弱と言いがたいがな」

「さかむけ?」


 リノはゲンと目を合わせ瞬きをした。


「さかむけ、だろう」

「ささくれ、のこと?」


 痕を指差しながらリノは眉間を寄せた。

 一人と一匹は仲良く頭を悩ませる。リノの使っている翻訳魔道具の不備というわけでもないだろう。


「ささくれって方言なのかなぁ」

「さかむけが方言ということもあるぞ」

「どっちが方言かわかんないよね」


 リノは不便さを楽しむように笑った。

 ゲンもつられて笑う。


「さかむけは親不孝だとなるらしいぞ」


 迷信だけどな、と冗談めかして付け足したゲンをリノは見つめる。


「おじいちゃん孝行ならしてるんだけどなぁ」

「誰がおじいちゃんだ」


 へそを曲げた精霊は何かにつけて、おじいちゃんだからなと口を尖らせた。好物の干しホタテも、やわらかいなまを寄越せと言われる始末だ。

 ささくれだった心が回復するのは次の朝のことである。



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