第2話
「その晩、言い争っていたと?」
「はい。わたくし、十数年お仕えしておりますが、あんなご夫婦の姿は初めてです」
葬儀が終わったばかりではあったが、伯父の屋敷のメイドに話が聞けた。
第一発見者のひとりだ。
私の記憶では、伯父夫婦の仲は問題ないように見えた。伯父は若いころ外国に派遣された士官。そして、伯母はその国に派遣されていた大使の娘。貴族の夫婦となると、亭主関白となるのは当たり前であるが、例によってふたりの間には言い争いなど聞いたことがない。
単なる夫婦喧嘩……それですまされそうな気がしてきた。
逆上し頭に血が上り、伯父は脳卒中で倒れ、伯母も意識を失った。
――だが、そんなことで兄が私に持ち掛けてくるのだろうか
「部屋を見せてもらっても?」
「かまいませんが、すでに警察の方が見て回っておりますか……」
躊躇されたが、私は現場の部屋に案内された。
現場は1階の居間。すぐ外に出ると、デッキがありさらに庭が広がっていた。デッキに行くには大きなガラス張りのドアを通れば出ていける。そのドアにはそれぞれカーテンが備え付けられていた。
「当時、カーテンは開いていたのか?」
「はい。警察の方がそのままにということでしたので。そろそろ掃除等もしたいのですが……」
「晩のことを詳しく聞きたいのだが。もちろん、警察に話していると思うが」
「かまいません。忘れることはありませんから……」
と、手短に説明を始めた。
その夕方、伯母は教会で行われたチャリティに行ったそうだ。
チャリティというのは、貧しい人に衣服や食事を提供する慈善事業だ。あの隣国ルナ帝国との国境問題の『事件』もそうだが、我が国では色々と問題を抱えている。嘆かわしいことだが、私の国ではすべてに手が回るわけではない。どうしても負傷して仕事に付けないものが、一定数はいる。持てるものとしては、そういったものに手を差し伸べなければならない。
伯母はそれを率先して行っていたようだ。
しかし、その日は帰ってくると、いつになく興奮していたのをメイドは見ていた。
その興奮を落ちつかせるためか、メイドにお茶を頼んだ。居間まで持ってくるようにと。
そこへ伯父が帰ってきたそうだ。その途端、居間で口論となったようだ。伯母は珍しく、ひどい罵声を伯父に浴びせていた。メイドには内容が理解できなかったそうだ。伯母は大使の娘であったためか、外国にいた時期が長かったか、外国語が混じりであったそうだ。
口論にさすがに仲裁に入ろうとしたが、居間のドアにカギが掛かっていて開かない。男手を呼びに行っている間に、居間は静かになったという。だが、ドアにカギがかかっているので、相変わらず入れなかったが 『外から入れる』ことを思い出し、そちらに回ったそうだ。
そして、伯父と叔母が倒れているのを目撃した。
話を聞きながら、私は居間の中を歩いていた。
目についたのは、
「その時、このガラスドアは開いていたのかね?」
「はい。日が落ちてきましたので、そろそろ閉めようと思いましたが、奥様がお帰りになり……特に何もおっしゃいませんでしたので、閉める機会を」
ということは、誰か庭から入ってきてもおかしくない。だが、証明できるものはないし、何のために入って来たのか。
ガラスドアの見える範囲の庭を見たが、土の見えるところにはいくつもの足跡がある。
おそらく警察官たちが踏み荒らしたのであろう。
ふと目線を上げていくと、レースのカーテンがあった。その先、窓際には小さな鳥籠がぶら下がっている。
ただ、中にいるべき鳥がいない。
鳥籠の扉が開いており、逃げ出したのかもしれない。
近くのレースのカーテンに妙な穴を見つけた。何か小動物が爪で引っ掛けたような跡だ。そう大きさ的に猫ぐらいだろうか。勝手にカーテンに上がったのを無理やり引きはがし、その時、爪をひっかいたような――
「奥様が可愛がっていたのですが、あの日からいなくなっていました」
私が鳥かごを見上げていたのが不思議に思ったのか、メイドが先に答えてくれた。
あの日に消えた鳥。このカーテンの穴も何かあるのか?
こんなカーテンの穴を放っておくことはないだろう。
ちゃんとしたメイドならキレイに整えるはずだ。
ということは、この鳥籠の主がいなくなった時と同じ時に、このレースカーテンの穴は空いたと思っていいかもしれない。
――それはいつか。
メイドが、警察が「そのままにしておけ」と言われ、それを守っていることを考えると……伯父が亡くなったときであろう。だとしたら、
――もうひとりいた!?
伯母かチャリティに行った時から急変したのなら、教会に何かがある。
「少し聞きたいが、伯母がいった教会はどちらですか?」
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