第30話 あきらめの悪い王女
シャルルが毒蜘蛛に倒れた翌日、ベルティーユは国王の執務室に呼び出しを受け、国王と王妃の前で
「ごめんなさい、お父様、お母様。ランバート王子へ向けるべき怒りを、シャルルにぶつけてしまったの」
「……たしかに、ランバート王子の発言は目に余る。それでもお前には嫁いでもらわねばならん。イヴェールからは何度も『本当にランバートでいいのか?』と確認を受け、お前は頷いたのだから」
「はい、お父様」
婚約に至るまで五年もかかったのは、イヴェール王の温情でもあった。ランバートの性格は、ギフト【正直者】の影響を受けており、矯正が難航していることも伝えられた。それでもベルティーユはランバートを選んだのだから、これについて文句は言えない。
それよりも、とジェラールは最初にした質問に立ち返る。
「もう一度聞く。本当に毒は手に入れていないのだな?」
「ええ、そう簡単には買えないって知ったの。だからイネスをけしかけて……ごめんなさい。本当に反省しているわ。あのときは頭に血が上っていたの。……ずっと、胸が小さいことを気にしていたから」
生まれ持った体型について言われると、強くも怒れなかった。ジェラールは瞳を泳がせ、隣に座るセリーヌをちらりと見やる。その横顔には、こめかみに立派な青筋が立っており、扇子がユラユラと揺れている。
「う……うむ、そうか。――だが、私は好ましく思うぞ? ほっそりとした女性は庇護欲をそそる」
「――マルガレータ妃」
隣から低くひねり出された言葉は、皆まで聞かずとも理解できた。セリーヌとマルガレータでは、セリーヌのほうがほっそりとしているのに、ジェラールはマルガレータを庇護下に置いた。
「ゴホンッ! 人間は見た目ではない。私はセリーヌの心根を――」
「――あら? わたくしの見た目は、陛下のお眼鏡に適わないようですわね?」
横からも前からも白い目で見つめられ、ジェラールは失言を悟った。
「ちっ、違うのだ!! ……は、話が脱線しているぞ⁉」
脱線をはじめたのもジェラールなのだが。扇子の奥でスッと目を細めたセリーヌが、話を引き取った。
「ベルティーユ。二度とシャルルに手を出さないと誓ってちょうだい」
「誓います! シャルルにも謝りたいわ。……お見舞いに行ってもいい?」
セリーヌは一任するように横目で見やり、視線を受けたジェラールが腕を組む。
「…………。しばらくは接触を禁止する。シャルルの体調も思わしくないからな」
「ベルティーユ、あなたにはやるべきことがあるわ。明日から王妃教育も視野に入れてお勉強しましょう?」
「はい……、お母様」
***
シャルルが倒れてから、もう一ヶ月が過ぎた。
いつまで経ってもシャルルに会えないベルティーユは、とうとう強行突破に出た。大きな男の前に立ち、腰に手をあて睨み上げる。
「アルマン、どいてちょうだい!! これじゃあ謝ることもできないわ!」
「シャルル殿下は重篤な状態です。医師から許可が出るまで、お待ちください」
日中、シャルルの部屋を守るのがアルマンの仕事だ。ほかの者では王女に逆らえない。食事などで席を外すときには、ジョエルに擬態してもらった。そうでもしなければ、この王女は容赦なく権力を振りかざすのだから。
「お願い、アルマン……。本当に反省しているの」
アルマンには通用しないので、この態度である。
「王命です。ご理解ください」
「ちょっとだけでいいの。顔を見て、『ごめんね』って謝るだけ。アルマンもそばにいたらいいわ」
無愛想なアルマンにも物怖じしない、子どものように純粋な眼差し。心底心配していると思える表情。殺人を犯そうとする人間とは思えない。ポケットの中身を知らなければ、信じてしまいそうだった。
「……そろそろ、お勉強の時間では?」
「だから憂いをなくしておきたいの!」
ベルティーユが好んで着るドレスの左脇を、アルマンはジッと見つめる。ドレープの効いたスカートの内ポケットには、毒の入った小瓶があると知っている。
あれは三日前の夜、死刑囚の牢塔にある倉庫から持ち出されたものだ。毒杯用に作られ、経口すればひとたまりもない。小瓶一本で大人ひとりが死に至るよう調合されている。
イネスが簡単に
その中でもベルティーユの口車に乗り、安請け合いした人間は底も浅い。毒瓶の行方はすぐに割れ、『王女に渡した』と白状した。そして皆、口をそろえてこう
『悪魔を殺して何が悪い』と。
「ねぇ、アルマンったら!」
シャルルと同じ、アメジストの瞳にアルマンが映り込む。
「ベルティーユ殿下、王妃陛下をお待たせしてはなりません」
「ぷぅ……もう、いいわ! お勉強の前に会いたかったのに。集中できるかしら?」
何度も振り返りながら、ひと言ふた言、文句を並べる姿は愛らしくもある。何も知らなければ、アルマンとて頬を緩ませていただろう。
だが、ベルティーユはシャルルの殺害をあきらめていない。
――【悪魔】のギフトを持っているというだけで? あんなに仲が良かったのに。
小さな背中を横目で追いかける。その姿が見えなくなった途端、悪寒を感じてぶるりと震えた。
***
ジェラールはすぐに教会と連絡を取ったが、教会側はシャルルの受け入れに難色を示した。
『悪魔は滅するべき存在であり、天使のそばに置くなど言語道断――だが、“制約”を受け入れるなら耳を貸す余地はある』
とのことだった。
ジェラールは頭を抱えた。カルメの供述では、シャルルのギフトを教会には伝えておらず、大司教との面会中もアルマンが立ち会い、漏れることはなかったはずだ。
考えられるとすれば、ベルティーユがイネスにしゃべったことで、教会本部にまで届いたか。それにしては早すぎる。王の早馬よりも噂が先にまわるなど、ありえない。
シャルルはずっと寝室にこもり、いまもベッドの上で父から報告を受けている。
「――教会はダメだ。お前の首にも縄をかける気だ。そこで、南部の王領にある保養地はどうだろうか?」
「わたしは、どこでも構いません」
「では、お前の体力が回復したら手配する。いまはゆっくり休みなさい」
蜘蛛毒からは回復したが、キリキリと首を絞められる感覚が続いている。もう昇天する間際なのかもしれない。重い体をよじり、息苦しくも言葉をひねり出す。
「あの……お父様、ベル姉様の、ご様子は?」
「重篤な状態だと言い聞かせているのだが、どうにかしてお前と接触したがっている」
「じゃあ、一度会えば……」
「ならん!! あの子はどうかしている! 毒瓶を入手したとアルマンから聞いた。絶対に会おうとするなよ。このことはセリーヌにも言ってない。彼女は正義感が強すぎるからな」
その毒をどう使うのか、ジェラールは見極めるためにベルティーユを泳がせている。もとより王族は毒の扱いをひととおり学ぶもの。悪魔がこわくてお守りとして持っているだけなら理解はできる。とはいえ、見極めにシャルルを使う気は毛頭ない。だからアルマンを酷使している。
言葉もなくうなだれたシャルルの頭を、ジェラールはわざと荒くなでつけた。
「うっ、強いです! お父様」
「ははっ。シャーリィ……すまないな。イヴェールとの盟約がなければ、ベルティーユを塔へ幽閉するのだが」
「それは、わたしの望むところでは、ありません」
ベルティーユには幸せになってほしい。彼女には生まれる前の記憶もないし、単に悪魔を怖がっているだけだろうから。
「セラフィン殿はまだ巡業から戻らないのか?」
「……わかりません。いまでは、手紙も途絶えて、しまって」
「お前のギフトが、教会に知られたせいかもしれんな」
セラフィンもシャルルと会うことを禁じられたのだろう。それならもう、書き換えてもらう機会すらない。シャルルが選べるのは死に場所だけ。王城か、保養地か。悪行を積めば挽回できるが、そんな気力もない。
(最後にひと目だけでも、セラフィンに会いたかったな)
ますます落ち込んだ娘の頭を、ジェラールは打って変わって優しくなで続けた。そうすることしかできない己を情けなく思いながら。
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