第27話 婚約は継続するが、チェンジ希望
ランバートが容赦なく距離を詰めてくる。終いにはベルティーユとシャルルを交互に見はじめた。不躾な目線は胸の辺りを行ったり来たりしている。
(……足を踏んでやりたいわ)
素直さも行き過ぎれば害でしかない。いまだにイヴェール国が王太子を決めかねている理由がわかった気がする。何も問題がなければ、病弱な第一王子の代わりに王太子に選ばれていたはずだ。十七歳にもなってコレはない。
そこへ天の助けが舞い降りた。ふたりのあいだにヴィクトルが身を滑らせる。
「ランバート王子、あなたのお相手は姉上です。エスコートをお願いします」
「――む? そうであったな。いや、すまない」
悪気の欠片もない笑顔で、ランバートはベルティーユの元へ戻って行く。
「ホッ、助かった……。ありがとう、ヴィクトル」
「いや……」
毒殺の件以降、ヴィクトルとはぎこちないやり取りに終始している。いくらシャルルが「気にしていない」と伝えても、懐かない猫のように一線を引かれている。
「待たせたな。行こうか」
国王と王妃もそろい、大広間へ入場していく。ふたりの仲は良好で、王妃セリーヌは昨年に男児を出産したばかりだが、見事に体型を戻した。
シャルルはヴィクトルの腕を取って進む。未成年のふたりは最初の挨拶を聞き、ベルティーユたちが踊るのを見届けてから退出する。
(ああ、やはり。夜会は華やかね。子ども向けのパーティーとは違うわ)
つつがなくパーティーは進行し、ベルティーユとランバートのファーストダンスは拍手喝采に包まれた。これでシャルルの仕事も終わり。退場するためヴィクトルの姿を探したときだった。「シャーリィ」と呼び捨てにされて振り返る。
「……ランバート王子」
「せっかくなんだから、一曲踊ろう!」
「いえ、わたくしは……まだ夜会に参加できる年齢では」
「出席しているなら同じことだ。さぁ!」
強引に腕を取られてダンスホールへ引きずられていく。助けを求めてオロオロと壇上を見やるが、国王も王妃も来賓と談笑中。ヴィクトルはイヴェールの大臣に捕まっている。唯一、暇を持て余しているのはベルティーユだけ。
シャルルは
(ええい、ままよ!)
ランバートを怒らせて婚約破棄にでもなったら大変だ。一曲踊れば満足するだろう。ダンスを誘うだけあって、ランバートのリードは踊りやすかった。
「なぁ、シャーリィ」
「はい?」
「そなたのほうから、ロートンヌ王に進言してくれないか?」
「父に? 何をですか?」
踊りながら、ランバートは切なげに瞳を伏せる。
その表情は一瞬、セラフィンを思い起こさせるほど似ていた。
「ベルティーユとの……婚約を、白紙に戻したいのだ」
「…………、はぁ⁉」
まわりの注目を買ってしまったが、気にしている余裕はない。
「はっ! 我が国の者が無礼を働きましたか⁉」
「いや、そうじゃない」
「ではなぜです⁉ これは国と国との締結なのですよ⁉ 盟約を整えたと伺いましたが⁉」
「わかっている! 婚約はちゃんと継続する」
意味がわからずシャルルは唸った。
「う~ん、どういうことですの?」
「婚約する相手を変えたいのだ」
――相手は誰だ? などと聞くまでもない。
我が国の王女は、ベルティーユとシャルルのふたりしかいないのだから。よしんば、公爵家の令嬢を気に入ったという話だったとしても、ベルティーユを悲しませる手伝いなど却下だ。
「無理なお話ですわ。せめて婚約式の前ならどうにかできたでしょうけど」
「仕方がないだろう? 雷に打たれたのが、つい先ほどなのだから」
――本当に十七歳か? そんな
「まずは、
そんな勇気がないからシャルルに頼ろうとしているのだ。やれるものならやってみればいい。
だがこの王子、ランバートは違った。
「もう言った」
「――ヒィィ⁉」
この男、婚約者であるベルティーユに直談判したというのか。空耳であってほしかった。
転びそうになったシャルルの腰を、ランバートが引き寄せる。
「シャーリィ、頼む」
「お断りします! わた、わたくしは……一生結婚するつもりはありませんから!」
ランバートの動きが一瞬止まり、ほかのペアにぶつかりそうになって動き出す。
「……そう、なのか? もしかして、セラフィンに
「えっ、いあ……その」
誰も傷付かない断り方だと思って選んだ言葉が、思わぬ方向へ歩きはじめた。セラフィンの笑顔が浮かび、シャルルの鼓動がとくりと揺れる。目を泳がせると、ランバートは獲物を見定めたかのように口の端を上げた。
「セラフィンは【天使】ギフトのせいで王位継承権から外されたんだぞ? つまり、女性と睦み合うことができない。堕天するからな」
「ぞ、存じ上げております!」
「本当にわかっているのか? できないんだぞ? 子作りが!」
――十分にわかっているから、声を落としてほしい。
この男、本当に王子教育を受けているのだろうか。
しかもランバートが続けた言葉は、シャルルの理解をさらに超えていた。
「そなたの結婚事情はわかった。応援する。だから、私の恋も応援してほしい」
「は…………はぃい⁉ いったい誰と」
曲が終わり、形ばかりの礼をとる。手を引かれて向かう先は壇上だ。まだ相手も聞かされていないうちに、父王の前に立たせる気か。
「ま、待ってください! どなたなのですか?」
ピタリと足を止めたランバートが、モジモジと手遊びをはじめた。こういうところは兄弟なのだなと思う。
頬を染めたセラフィンの顔がよぎり、また顔が熱くなっていく。最近、本当におかしい。振り切るように頭を振った。
「ランバート王子、白状してください! でなければ、応援もできませんよ?」
「そ、そのとおりだな。うむ。相手は…………セリーヌ殿だ」
「セリーヌ殿……せりーぬ……、ごめんなさい。その名で思い出せるのは母しか」
「そのセリーヌ殿だ」
あんぐりとあけた口からは何も出てこない。母に向けて笑顔を咲かせる父に、『母を譲ってあげて』と娘のシャルルに言わせるつもりだったのか。ベルティーユとの婚約を白紙に戻すのだけは賛成だ。
「母はもう結婚しております」
「そこをなんとか!」
「できません! どうして母のことを?」
よくぞ聞いてくれたとばかりに、ランバートは目を輝かせた。
「見てくれ! あの豊満な胸を!!」
「…………」
母の胸が大きいのは授乳期だからだ。乳母任せにせず、交代で弟にお乳をあげている。元に戻ればランバートの想いも
(ベル姉様が
隣で「頼む」とランバートが両手を組む。
そこへ息の乱れたヴィクトルが足早にやって来た。
「ランバート王子、何をしているんですか⁉ また姉上を放って!」
「――そうだ。ヴィクトルからも口添えしてくれないか?」
「これ以上の厄介事はごめんです。私と妹はこれで失礼します」
すげなく言い置いて、ヴィクトルがシャルルの手を引く。後ろから「そんなぁ」と打ちひしがれた声が聞こえても、ヴィクトルは振り返らなかった。
大広間を出るとヴィクトルは早足になり、ついてくる護衛たちにも緊張が走る。廊下の角をひとつ曲がったところで、やっと手を放してくれた。すかさずヴィクトルの後ろにふたりの護衛が立ち、シャルルの後ろにはジョエルとユーグが控える。
「ヴィクトル、ありがとう」
助けてくれたお礼を伝えたかったのだが、聞いているのかいないのか、ヴィクトルは周到に辺りを窺いつつ、顔をしかめた。
「どうしてランバートと踊った⁉」
「……断り切れなくて」
「姉上がどう思うか、考えなかったのか⁉」
「考えたし何度も断ったわ」
シャルルのせいで縁談を壊したら……そう思ってダンスに応じたのに、いまとなっては壊れたほうがよかったんじゃないかと思う。この胸の内をどう伝えるべきか。
「とにかく、姉上を怒……、悲しませるようなことはするな!」
「わたしだって、ベル姉様を悲しませたくないわ。だからこの婚約は、破談にするべき――」
「――お前っ!!」
かぶせるように声を荒げ、ヴィクトルは険しい顔でシャルルの口に手を伸ばした。
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