39-呼び止める者・前

取り敢えずはNG行為に関する話し合いを終えると疲れたので休ませて欲しいとポスカに告げれば昨日使わせてもらった部屋に案内される。

マオ達の夕食をどうするかと思ったが、時間になったらポスカ達と食べるから休んで欲しいと言われればその言葉に甘えさせてもらう。

ベッドに横になり目を伏せてはログアウトを選択する。

意識が浮上するような感覚を覚悟していたが、一向に現実へ戻る気配がなく薄目を開けると会議室のような場所に居る事に気付いた。


「ここは…?」


「お?起きた?いやぁ、ごめんねぇ?いきなりこんな風に不意打ちみたいな形で話し合いの場を設けちゃったりして」


「……貴方は?」


シャツにスラックスを着用したこの世の者とは思えない程の美しい容姿の男が、風呂上がりなのか濡れた金の長い髪を拭きながら現れる。

ベッドで寝ていたハズの俺は椅子に腰掛けており、いつ座ったかも記憶が無い。

今までプレイしていた中でこんな事は初めてなので困惑を隠せないでいると、向かい合うように男が椅子に座れば朗らかな笑みを浮かべながら口を開く。


「えっと…うんうん、ライア君だったね。俺はこのゲームの運営をさせて貰っているZって言うんだ。今回はいきなり呼び出して申し訳ないねぇ」


「いえ、その…運営の方が俺に何の用で…?」


「ん?これと言った事は無いんだけど…いや、あるか。精霊龍と人のハーフを選んだ子には個人的に話をしたいなと思ってたからかな」


何も無かったはずのテーブルの上に瞬きをしている間に珈琲が入ったカップと、クッキーが乗った皿が現れ驚く。

Zの前にも同じように用意されている珈琲を優雅な動作で飲む姿を見つつ、俺が選んだ種族を何故知っているのかと思ってしまったが運営の人ならば知っていて当然かと思う。

終始笑みを絶やさないZの目論見を知るべく観察していれば、クッキーを一枚口の中に放り込み咀嚼しながら次の言葉が紡がれる。


「その種族はちょっと特殊でねぇ。色々と条件が噛み合わないと現れないハズなんだけど、見事に君は初日にコレが選択肢に現れた」


「もしかして、選ばない方が良かったんですか?」


「いやいや、かなり制約が設けられいたのに選んだ理由は気になる所だけど、選んだ事を咎める気は俺達には一切ないから安心して」


「そうですか…」


「うん。逆に俺が知るのが遅くなったせいで色々と大変な思いをさせちゃったことが申し訳なくてね。想定外の組織の介入や洗脳事件が発生しちゃったりして俺も同僚に怒られちゃったよ」


もっと先で起こる事が初心者エリアで起きちゃったから大目玉喰らっちゃったと笑うZの顔には多少だが疲労の色が見て取れる。

タオルで髪の水気を吹き終わると急に視界から消えてなくなったので目を見張る。

この場所でもインベントリのような物が使えるのだろうかと考えるも、俺の前に置いてあるコーヒーやクッキーが減っていない事に気付いたのかZが眉尻を下げた。


「もしかして、珈琲やクッキーは苦手だったかい?」


「いえ、そんな事ないです。見るからに高級そうなので飲むのが憚られて…」


「あはは、そんなに高級な物じゃないから普通に飲んだり食べたりして欲しいな」


俺の返答が予想外だったのかZは目を瞬かせると、いきなり大きな声で笑い出せば目に浮かんだ涙を拭いながら薦めてくれる。

暫し悩んだ後に遠慮がちに頭を軽く下げた後にカップを手に持つと、コーヒーの深みのある香りを嗅いでから口を付けた。

コーヒー独特の苦味に少し眉を寄せるが、続けてクッキーを頬張ると程よい甘さが口に広がる。

感じていた緊張も多少解れれば、俺を静かに見つめていたZが徐に問い掛けてくる。


「君はこのゲームをどう思う?」


「え、そうですね…」


「言葉を選ぶ必要は無いよ。プレイしていて感じたこと、思ったことを素直に言って欲しい」


「…このゲームを売り出した際のキャッチコピーの通り、別の世界を生きているような…そんな気分にさせてくれるゲームだと思います。それに…」


「それに?」


「Arcaの中で交流するNPCやペット達は決まった会話だけを繰り返すデータではなく、生身の人や動物達と接しているようなそんな気分になります」


俺の言葉にZは目を細めると、どこまで話そうかなと呟いた後に一度だけ目を伏せる。

小さく息を吐き出した後に目を開けるとテーブルに両肘を付き、両手の指を絡めるようにして受け皿のようにしてからZは顎を乗せる。

俺へ更に深い真意を探るような視線を向けてくるが、不思議と嫌な感じはしない。


「なるほどね。じゃあ、君がNPCやペット達へ自然に執る対応は、一つの生きている存在として扱っているから…って事かい?」


「はい。俺の言葉一つにコロコロと表情を変えるマオ達を見ていると特に思いますから。一つの命として対応した方があの子達も喜ぶと思いますし」


「ふーむ、君みたいな子は好きだよぉ、ライア君。その考え方をこの先も続けてね」


俺の回答がお気に召したのかZは頷きながら呟けば、僅かに目を細める。

その言葉に忠告のようなものが含まれている気がして、俺は慎重に頷き返すのだった。

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