61-愛ある拳
ポスカとジェスは朝食狙いだったが、マンダは昨日の化粧道具一式とカツラなどを俺にくれる為に来たらしい。
折角なので食べて行くように告げれば、申し訳なさそうにしているものの、顔が綻んでいたので喜んでいるのだろう。
「マオくん達はまだ寝てるんですか?」
「ああ。まだ早いという訳じゃないが、気持ちよさそうに寝てたからな」
「ライアさんは面倒見良いっすもんねー!尊敬するっす!」
「あ、あの!僕…本当に一緒に頂いてしまっていいんですか?」
「ああ。大丈夫。何人増えようが問題ないからな。そういえば、自己紹介がまだだったか?」
「確かに…僕は、ラプラスって言います!見ての通り吟遊詩人としてプレイしてます!」
「俺はライアだ。王都を目指してる初心者だな」
骨を抜いたエイジ鱒のドリップをしっかりと拭き取ってから、皮目と身に塩を振り掛けてからよく馴染ませ少し置いておく。
その間に米を炊く為に購入した土鍋を用意する。
インベントリの米の説明に研がなくても美味しく炊けると記載があったので、必要な分の米を取り出し、土鍋に入れて飲水を注ぐと手を入れて水の量を確認する。
暇なのかラプラスと会話をする商団の面々を横目に着々と調理を進めていく。
塩を振った事で余分な水分が滲み出ているエイジ鱒の水気をよく拭き取り、軽くコショウを掛けてから小麦粉を取り出して表面にしっかりとまぶす。
後は焼くだけの状態で土鍋の様子を鑑定で確認し、まだもう少し米が炊けるのには時間が掛かるのでサラダや味噌汁も作ってしまうことにする。
ふと、思い出したようにマンダを見て声を掛けた。
「そうだ、マンダ。あのカツラ借りたまま帰ったみたいですまなかった」
「大丈夫です。カツラは沢山ありますしライアさんなら付けてるだけで宣伝になると思いますし」
「カツラ?ライアさん、そんなの持ってるんですか?」
「ああ。ちょっと彼らと親しくなった時に試してみて欲しいって事になってな」
ほぼ嘘のようなものだが、ドラグの生息地での騒動に参加していたとなれば面倒な事になりかねない。
意図を察してかポスカ達も頷くと、話を合わせるように会話に参加してくる。
「今度、私が取り纏めている商団で大量生産をしてみようかと思っていまして。髪色などはオーダー形式に、その他は気軽に楽しめるように黒髪に統一して様々な髪型を用意しようと試作中なんです」
「へぇ!凄いですね!僕にも見せてもらう事って出来たりしますか?」
「ぜひぜひ。感想も頂けるとありがたいですね!」
「と言うか、俺にさん付けはしなくていいぞ?普通にライアって呼んでくれ」
「え、良いんですか?こんなおじさんに呼び捨てにされるなんて嫌かと思ってたけど」
「え?俺より若そうに見えるけど…」
「僕こう見えて30後半なんだよね…」
「「「「は?」」」」
その場に居たラプラス以外の全員が思わず嘘だろうという顔をしてしまう。
どう見ても20代前半のような容姿をしているラプラスが、30後半の年上とは思えない。
変な気まずさに包まれたものの、米が炊きあがればエイジ鱒をバターで焼き上げていく。
小麦粉がきつね色になり香ばしい匂いが辺りに漂った瞬間、その出来事は起こった。
『ちょっ!ダメでござる!姉上!』
『飯の匂いぃぃ…!』
『白!ストップ!黒!もっと強く抑えてー!』
『無理でござるよ!引っ張っても全然動じねぇでござる、食い意地まで成長してるでござるよっ!!』
『セラ!大惨事が起こる前に窓を開けますの!』
『コレ、開けるの…難しい』
『もうダメだー!皆窓から待避ー!』
『旦那はんの飯を食うんやぁぁ!』
窓が派手に割れる音が響き渡り何事かと上を見れば、俺が借りている2階の奥の部屋の窓から長い物が飛び出してきたのが見えた。
煌めく白金色の体表はしっかりとした硬さのある鱗へと変わり、稲の穂を思わせる色味の鬣もしっかりと肉眼で確認できる程に生え揃っている。
寝ている姿を見た時は小さかったのに倍くらいの長さへ成長した白銀は、腹側にはしっかりとした手が生えていた。
割れた窓の破片がまた神々しさを感じさせたが、それ所の話ではない。
『旦那はぁぁん!朝メ…へぶっ!!』
「何をしてんだお前はァァ!」
『いわんこっちゃないでござるよ…』
『これは白が悪いよねぇ…』
『黒兄様凄いですの!空飛んでますの!』
『黒兄ちゃん、かっこよくなった!』
割れた窓から龍の子よりも幾らか小さい影が翼を広げて降りてくれば、拳骨を頭に喰らった白銀の姿を見てやれやれと肩を竦めている。
背中からは小さいながらもしっかりとした龍の翼が生えた黒鉄が、少し発達した前足でマオとヴィオラを抱えて傍までやってくる。
感慨深い物を感じるよりも先に取り敢えず仕上がった料理を先にポスカ達へ配膳した後、先に食べてて欲しいと告げる。
無言で首を縦に振る姿を見てから俺は白銀へと向き直る。
「白銀?何か言うことは?」
『あ、あの…旦那はん?も、申し訳なかったとは思っとるんやで?腹が減り過ぎて理性を失ってたっちゅうか、その…な?』
「それで借りている宿屋の窓をぶち破って出てきたと…」
『僕達も扉から出ようって言ったんだけど…白の力が思ったよりも強くて…』
『でもでも、とと様!許してあげて欲しいですの!白姉様きっと、とと様に一番にその姿を見せたかった筈ですの!』
『え、いや…わてはえぇ匂いがしたから、はよ食べたい思て…ギャンッ!』
『我が姉ながら、情けないでござる…』
『白姉ちゃんだもん、しょうがないよ…』
必死に白銀を庇うヴィオラの言葉も虚しく、再び拳骨を頭に叩き込む。
二度も同じ場所を殴られ涙目になっている白銀を連れて宿の女将にお詫びと修理費用を渡す事でなんとか丸く収まることとなり、この騒動は幕を閉じるのであった。
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