60-噂の吟遊詩人?

Arcaの中で目覚めれば、胸の辺りで眠っているマオとヴィオラ、セラフィの姿は視界に入るものの、白銀と黒鉄の姿が見えないのでまだ籠の中で寝ているのだろう。

かなりの無理をさせてしまった事に罪悪感を感じながら、3匹を起こさないように一旦脇へと下ろしてから身を起こす。

やけに頭が重いなと思い、顔に掛かる黒髪を耳に掛けた所で思い出す。


「カツラ…返すの忘れてたな」


『パパ、おはよー?』


「おはよう、マオ。まだ早いからもう少し寝てても大丈夫だぞ?」


俺が動いた気配を感じて起きたのだろうウトウトしているマオの頭を優しく撫でれば、直ぐに寝息を立てるのを見てヴィオラやセラフィもかなり疲れているのだと思う。

何か体力回復に繋がるような朝食でも作ろうと思い、カツラを外しながらベッドを降りる。

脇の棚の上に置いてある籠の中を確認し、いびきをかいている白銀と静かに眠る黒鉄を見て僅かに目を細める。


「何を作るかな…」


マオとヴィオラ、セラフィを自分の温もりが残っている場所へと移動させてからインベントリの中を見て食材を確認する。

朝から重い物は入らないと思うのでサッパリとしているが、腹が満たされる物を考える。

最近魚を食べていないなと思い出したので食材があるかを確認すれば、ピレゲアの肉の他に街で購入したエイジ鱒があったのでこれを使うことにした。


「新鮮だから刺身にしても美味そうだよな…。でも、朝食だし普通にムニエルとアクアパッツァとかのがいいか?」


独り言を呟きながら取り外したカツラを後で商団に返す為にインベントリに入れてから、三匹を起こさないように気を付けて部屋を出る。

米を炊くか、パンにするか悩んでいると、宿屋のカウンターに奇抜な格好をした男が立っており主人と交渉している。


「えっ…この宿屋は朝食が出ないのかい!?聞いていないよ!?」


「ちゃんと宿帳書いてもらう前に言ったさね。あのお兄さんはちゃんと朝、昼、晩と自分で作ってるんだから見習ったらどうだい?」


「僕は歌って踊れるけれども料理だけはからっきしなんだよ、ベイビー…」


揉めているなと思っていたが、たまたま通り掛かったからと俺は料理をしていると引き合いに出されてしまい思わず困惑する。

やれやれと言った感じに肩を竦めた後に、胸を張りながら料理ができない宣言をする男を見て向き不向きはあるもんなと思っていれば、急にこちらを見たので嫌な予感がした。


「んん!?お兄さん!料理ができると言ったね!?ちゃんとお金は払うとも!この僕にも食事を作ってくれたまえよ!」


「え、いやいきなりそんな事を言われても…」


「お客さん。巻き込んじまってすまないねぇ…お詫びに宿代安くしてあげるから頼まれちゃくれないかね?」


「あー…んー……はぁ…。分かりました。味は保証しませんよ?」


「おお、セニョール!この感謝を歌に込めて伝え…」


「いや、そろそろ作らないとペット達がお腹空かせるんで…。いつもの様に庭、お借りしますね」


「はいよ!お兄さんならいつでも使っていいよ」


案の定巻き込まれてしまったので溜息を零しつつ、庭先へと出ると作業が見たいのか付いて来た男に椅子は自分で用意するように告げれば、ウィンクをしてから椅子を取り出して優雅に座ってしまう。

今日は魚を使うつもりなので取り敢えず食べれる物かを聞いてみる事にする。


「今日の朝食は魚を使った物にしようと思ってるんですが苦手とかじゃないですか?」


「魚!僕、大好物なんですよ!和食も洋食もどちらでも問題ありません!嬉しいなぁ…今日はいい事がありそうだ」


「…喋り方がさっきと違いますけど、そちらが素ですか?」


「あ、はい…僕、吟遊詩人風のプレイを配信してるんで…。あの喋り方をしてる時は基本的に配信中ですね」


「じゃあ、さっきの女将さんとの会話も配信してたんですか?」


「アレは違います…。僕、寝起きはどうしてもキャラが残っちゃってて…あんな風になっちゃうんですよね」


苦笑しながら話す男の格好を確認する。

地毛なのだろうか蜂蜜色の髪に、焦げ茶色の瞳に少しタレ目気味なのが幼さの残る顔立ちにマッチしている気がする。

吟遊詩人が着ていそうな緑色のケープに旅人の服装を見て、完璧に吟遊詩人を演じようとしているのが見て取れた。

素の方が万人受けしそうなのになと思いつつ、俺はいつもの調理器具セットをインベントリから取り出して設置する。


「うわぁ!凄いですね!ここまで揃えるの大変だったんじゃないですか?」


「んー、大変ではあったけど、旅先での野宿を考えれば用意しておいて損は無いからな」


「なるほど、僕は吟遊詩人なので歌う事で味方にバフを撒けるスキル持ちなので…どうしても戦闘職の方に守ってもらわなければならない立場になっちゃうから一人旅はできないなぁ」


「なるほど、じゃあドラグの討伐もまだな感じですか?」


「そうなんですよ、ラビリアには僕と同じプレイをしている人が居るので交流してみたいんですが、酒場で歌ったりしてもこの村には中々冒険者が来ないみたいで…」


話をしながらエイジ鱒の骨をしっかりと骨抜きで取る作業をしていた。

何となくだが、料理中にまた人が増えても困るので少し多めに下処理を終わらせておく。


「凄い沢山用意してますが…そんなにお食べになるんですか?」


「俺のペット達の分も作ってるので…。それに、料理してるとひょっこり顔を出す奴がこの村には居るか…ら…」


「呼びました!?今、私の事呼んでくれましたかライアさん!?」


「お前の事ではあるが別に呼んでなかっただろう!?」


「俺達も居るっすよ!」


「……はぁ、ちゃんと用意するから座って待ってろ」


その手際の良さを興味深そうに見ている男と他にも会話をしながら着々と支度を進めていたのだが、少し話に出しただけで顔を見せたポスカとジェス、それにマンダが現れる。

あまりこんな事をしなさそうなマンダまで来た事に驚きながらも、自分達で椅子を用意したのか吟遊詩人の男と会話をしている姿を横目に米を炊くことにするのだった。

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