58-材料注意
馬車の揺れが止まると眠ってしまったマオを黒鉄と白銀の寝ている上に起こさぬ様に乗せる。
籠を持って外を確認すれば、日も落ちて夜の帳に包まれていた。
ビーネストの村の出入口の傍でポスカが番兵と少しだけ話をした後に中へと進ませていく。
「ライア、何かありましたか?」
「馬車が止まったからもう着いたのかと思ってな」
「夜も遅かったので番兵に一時的に止められたようです。でも、流石はファンビナ商団の長と言うべきかスムーズに中に入れて貰えてますね」
テラベルタでは、夜に外への外出をしたのは生息地確認の為の遠征くらいしかなかったので、治安維持の為に村や街の出入りに制限が掛かる事は知らなかった。
今回は事前にポスカが話を通してくれていたので野宿にはならなかったが、今後は気を付けなければいけない。
再び馬車に揺られていると、遠くから声が聞こえた。
『とと様ー!!無事ですのー!?』
『ヴィオ姉ちゃん、落ち着いて…ママはちゃんと怪我治療してるから大丈夫』
『うぅぅ、それでも心配ですのっ!とと様ー!!』
涙声で自分の名前を呼び続けるヴィオラの声が耳に届けば、馬車が止まった事を確認してから籠を持って積荷の運び口から降りると、勢い良く何かに腹へ突撃され息が詰まる。
何が突撃したのかと思い確認すれば、涙と鼻水で顔を濡らしたヴィオラが耳と尾を垂らして小さな手で服を握って引っ付いていた。
頭の上にはセラフィが乗っており申し訳なさそうに俺を見るものの、安堵した様子が垣間見えたのでどちらの頭も優しく撫でる。
『セラに聞きましたの!とと様、大怪我したのでしょう!?もう大丈夫なんですの!?』
「ちゃんと治療したから大丈夫だ。心配させたな…。セラフィも大丈夫か?」
『ボクは大丈夫。魂の導きもボクの勤めだから、ね』
未だ泣き止まないヴィオラを宥めるように背中を優しく叩いていると、神威が馬車の上から飛び降りて隣に立つ。
その腕にはしっかりと龍の子が抱かれており、どこか安心しているような素振りを見せているのでかなり懐かれたのだろう。
龍の子は俺が連れているヴィオラを珍しそうに見ていたが、セラフィに目が止まればじっと見つめた後に頭を下げるのを見て、身体へと誘導された時の事を覚えていたのかもしれない。
「ライアさんと…そこの貴方も…中へどうぞ!ジェスが食事を用意しているので食べていてください」
「悪いな、用意してもらって」
「オレだけ嫌そうに呼ばれたのが腹立つんですが…?」
「神威はいい子なのにな?」
「ちょっと、ライア!子供扱いしないでください!」
不満げに口を尖らせながら神威の事をよそよそしく呼ぶポスカに首を傾げつつ、龍の子へと視線を向けて触れてもいいかと確認し、小さく頷いたのを見てから優しく頭を撫でてやる。
その後、ついでと言うように神威の頭も撫でてやれば怒りながら距離を取られてしまう。
頭を撫でられれば嬉しいものだとマオ達の反応で慣れてしまっているせいで、ある程度の歳の人間からすれば失礼な事になるという認識がすっぽ抜けてしまっていた。
「あー、悪い。マオ達は頭を撫でると喜ぶからついな」
「悪い気はしないですけど、凄く恥ずかしいんで人目がある所ではやめてください」
「ん?うん。気を付けるな」
口元を手で隠して顔を逸らしながら言う神威を見て首を傾げつつ、拠点の中へとお邪魔したのだが、つい最近見た光景が広がっている。
床の上に上半身裸の状態で倒れている面々を見つけ、殴りあったような痕跡と口から魂が抜けていそうな顔をしているのを見て思わず目を瞬かせる。
神威も襲撃かと思ったのか身構えているのを見つつ、キッチンの方へ向かうとスープを掻き混ぜているジェスが手を振る。
「ライアさん!お疲れ様っす!」
「ジェスもお疲れ様だな。他の奴らはどうしたんだ?」
「なんか、このスープを飲んだ後に顔を真っ赤にしながら相撲始めたかと思ったら疲れたのか倒れちまったんですよねー?」
「………少し見せてもらってもいいか?」
「はい!良ければ感想欲しいっす!」
普通のスープのように見えるが、そこまで暴れさせる原因はなんなのだろうかと中に入っている具材を確認する。
神威も興味があるのか傍に来て中身を確認し、そんなに他と変わらないなと思っているのだろう。
ふと、掻き混ぜていると底の方に何かかなり重い具材がある事に気づいた。
首を傾げなら取り出し、丁度お玉の広さと同じくらいの大きな丸い何かが乗っていた。
「これ、なんだろうな?」
「俺も初めてみますね」
『すごく、おっきい…ですの』
『ヴィオ姉ちゃん、食べてみたら?』
『得体の知れない物は食べたくないですの!』
「ジェス、ちょっと鑑定使わせてもらうな?」
「え!?変なの入れてないと思うんですけどねぇ…」
一応、作成者の許可を得てから鍋の底から取り出した材料を鑑定して思わず鍋の中に戻してしまう。
どうしたのだろうかと不思議そうに首を傾げる神威を見て、顔を寄せるよう手招きをしてから鑑定した結果を告げる。
「コレは飲んだらダメだ」
「どうしてですか?」
「……今のは、オルクの睾…丸でな。滋養強壮系の薬剤なんだが、煮出すと強力な発j…いや、興奮作用があって最悪事故る」
鍋の底に入れて使用されていたので他の団員達も普通のスープの色合いでもあるし、警戒せずに飲んでしまったのだろう。
この場にあの時の商人としてプレイしている女性が混ざっていなかったのがせめてもの救いとも思える。
「ジェス…これはなんで入れたんだ?」
「前に滋養強壮に良いって常連の医者から聞いたんで入れたんすよ!高いもんですけど売れ残りなんでいいかなと思って」
「……前のピレゲアの足の時もそうだが、こういった薬剤系は今後医学に長けてる奴に聞いてから入れような…。今日はこのスープは出したらダメだ」
ポスカを呼び出し、スープが強力な媚薬であることを告げてから処理をお願いする。
暫し悩んだ後に貴族向けにスープに仕込める媚薬として瓶詰めしてこっそり販売することにしたらしい。
その他の料理には変な物が入っていなかったので、起きたマオも交えて美味しく頂いたのだった。
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