49-約束
木々の間を走り抜けつつ、不意に右手に痛みを感じ白銀と黒鉄に気取られぬように徐々に速度を緩めていく。
ゆっくりと足を止めては、痛みの原因を確認するべく装備している焔尾鳥のグローブを一時的に不可視の設定にする。
「…見られないようにしないとな」
手の甲に植物のツタが這うような黒いタトゥーのような刺青を見て僅かに目を細めれば、小さな声で呟いてからグローブを可視化設定に戻す。
指先から見えるものでなくて良かったと安堵するべきかは分からないが、見ればマオを筆頭に心配するのは目に見えている。
ふと、前にステータスを確認した際に白銀の悪食がリンクされていた事を思い出す。
白銀のスキルとしてある咎喰らいの昇華時の内容が少しだけ劣るものの、俺のスキルとして思った通り加えられていた。
「もしかして…俺にもできるのか?」
真実の目を発動させれば一気に目の前の光景が黒く染まり目を見張るも、その中に漂う霞を掴んで手繰り寄せる。
白銀がどんな思いでコレを取り込んだのかは分からないが、知っておかなければ辞めさせる事が出来ないだろう。
「ものは試しだ…ぐっ、うっ…」
小さく深呼吸をしてから霞を口に含めば、舌を刺すような痛みと嫌悪感に眉間に皺が寄る。
どんな食べ物も喉元過ぎれば皆同じと言う人は居るが、これは食べるべきものでは無いと脳内で警報が鳴っているような気がした。
無理やりに飲み下すも喉を刺すような痛みがゆっくりと胃まで降りていくのが分かる。
気持ち悪さと胃を刺されるような痛みが暫く続き、その場に膝を付いてしまう。
『旦那はん…?どないしたん?腹痛いんか?』
「あー、いや…少し疲れただけだ。これからまた走る」
『若、顔色が悪いでござる…』
「日頃の運動不足だな…ちゃんと、鍛えないとだ」
胃の中でさっき食べたモノが暴れるような感覚に、白銀が眠る前に言った言葉の意味が何となく分かった気がする。
己の身を襲う痛みと気持ち悪さに穢れが溜まっていくような気分がまた、反吐が出そうになる。
これを白銀が食らった事にも腹が立ってきた気がする。
だが、この気持ちを吐き出せばきっと二匹を傷つけることになるだろう。
「白銀、今度また咎を喰ったら一生お前に俺の料理は食わせないぞ」
『えっ!?いきなりなんなん!?旦那はんの料理食えなくなるん嫌なんやけど!』
「だったら、言うこと聞けるよな?もう、あんなモノ食べなくていい」
『若、もしかして…』
「黒鉄、もしも白銀がこの先咎を一度でも口にしたら連帯責任で飯抜きだ」
『んなっ!?』
「なら、約束できるな?」
白銀と黒鉄の頭を優しく撫でながら、できるだけ柔らかいが真剣な口調で告げる。
どうしたものかと白銀が黒鉄を伺い見れば、首を横に振るのを見て俺が本気で言っているのが分かったのだろう。
尾の先で頭を掻きながら溜息混じりに白銀が返す。
『せやけど、この咎が世界を埋め尽くせば大変な事にな…』
「…俺にとってはお前達の方が大事だし、この世界がそれで大変な事になったとしても…どうにかすればいいだけの話だ」
『若…それがどれだけ大変な事か…』
「分かってるさ。だが、俺の使い魔として…ここに産まれてきたお前達がそんな事をする必要は無い」
静かな口調で告げれば、何かを言おうとするも言葉が出てこないのであろう白銀と黒鉄を見つめ微笑む。
「お前達のその魂に、何かしら刻まれた物があるのかもしれないが俺にとっては些事なんだよ」
『……でも!』
「その身を削ってまで、する事じゃないんだ。この世界はお前たちがそんな事をしなくても自然と続くし、終わる事なんてない…」
胃の痛みが納まってくれば小さく息を吐き出すと、再度立ち上がり真実の目の効果を切る。
何も無い普通の森の風景に切り替われば遠くに人影が見えた。
「俺が、お前たちの主になった時点で…そんな事をさせる訳がないって事で諦めるんだな。約束を破ったら本気で飯は作らないからな」
『う、うぅぅ、わかった!喰わへんから!いつもお腹いっぱいになるように沢山食わせてや!』
「いい子だ。黒鉄もしっかり見張るんだぞ?」
『しょ、うちで…ござる…』
「お前も、この先何か思い出したとしても…白銀と同じように自分の身を削る必要は無い。何が起きろうとも…俺がお前たちを見捨てることは無いんだから」
世界に恨まれようと、俺は白銀と黒鉄が苦しむ事はさせる気がない。
多少脅す形になれども俺とした約束を破ることは許さない。
自分の身で咎を食らって感じるこの不快感を、何故お前たちが背負わねばならないのかが腹立たしい。
この約束をさせた時に、何の通知音もせずにリストバンドの表面に第1条件達成の表示が出ていた事に俺は気付かなかった。
気を取り直して研究所を探すべく再び行動を開始する。
「辺りの警戒を頼むぞ。さっき、あっちに人影があったからな」
『任せときぃ!しっかり見張るでぇ!』
『某の目は効かぬ故、姉上…頼んだでござるよ』
いつもの調子で返してくる二匹に笑みを浮かべながら、己でも警戒しつつなにか痕跡がないかを探る。
中心に向かって進む程に嫌な感覚が纏わりつく感覚が強くなるに連れ、眉間に皺が寄るものの不意に地面へ視線を向けた際に残された靴の足跡を見つけたのだった。
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