45-刹那の光

軽く怪我の確認をした後、黒鉄を肩の上に乗せたままの状態でマオにはペットの特性を活かしてヴィオラ達の元へと伝言を頼む事にする。

戦闘が再開すれば更に危ない状況になってもおかしくないので、予め現在の状況を伝えて損をする事も無い。

白銀が、俺とマオと黒鉄から一発ずつお叱りという名の拳骨を食らって目を回しているが、いざとなれば気付け薬を飲ませればいいのでそのままにしている。


「マオ、これをヴィオラ達と一緒に居るジェスに渡して頂戴。これを読んだらジェスが一旦商団の拠点に戻る事になるでしょうから一緒について行きなさいね?」


『なんでー!?パパと別行動やだー!』


「ごめんなさいね…。ここからは何があってもおかしくないわ。お兄ちゃんなら、私が居ない時に妹達をどうすればいいか、分かるわよね?」


『わかったー…じゃあ、パパも一筆書いて!僕の言う通りにっ!』


「何処でそんな事を…まぁ、いいわ…。なんて書けばいいの?」


『えっとねー…この場所の事と、助けてくださいって書いてくれればいいよー!』


「……救難信号書かされてる気がするんだけど?」


『若、何かあれば兄殿が動けるようにしておけば保険になると思えばいいでござるよ』


ファンビナ商団に伝えるべき事と、奴らの目的が書かれている資料を持たせているという手紙とは別に、この場所と今の状況に助けて欲しい旨を簡潔に書いた手紙をマオに持たせる。

しっかりとポーチに入れれば、手を広げて見つめてくるので手の平の上に乗せてから己の顔の方へと寄せる。

頬に抱き着くと数度擦り寄ってから無茶はしないように言われ、小さく頷けば手から飛び降りマオはこの場から走り去っていく。


『さて…兄殿がちゃんと向かうのを見送ることが出来たので、某達もちゃんと役目を全うしましょうぞ』


「そうね…。白銀、そろそろ起きなさい。休憩は終わりよ」


『ちぇ、バレとったか…。黒、あのデカブツ…かなり手強いで』


『…先程から視えているでござるよ。奴も哀れでござるな』


炎に焼かれながら立ち上がった荒城の皮膚は剥がれ落ち、その下には爬虫類のような鱗が見えている。

辛うじて焼け爛れた人の顔だけが、元人間である事を主張しているような姿だ。

投げ捨てた棍棒を握りつつ、忌々しげに怒りを孕んだ雄叫びをあげる。


「ユルザ、ナイッ!ギザマラッ…ゼンイン…コロス…!!」


「いやぁ、激おこってやつかなぁ?」


「呑気な事言ってる場合じゃないのよさっ!」


『旦那はん、あっちはあっちでやるやろうから前にだけ集中しとき』


『そうでござるな。自ら戦える人間まで守ろうとは思わない事でござる…某達も、若だけをサポートするので精一杯ゆえ』


完全に体の皮膚が焼け落ちれば、そこには爬虫類さながらの手足があった。

回復速度も早くなっているのか、肩に負わせた傷と足の甲の穴がみるみる内に再生されていくのが見える。

再び傷を負わせなければならない状況に舌打ちをしそうになるが、出し惜しみをしていれば殺られる事は間違いない。


「白銀、効きそうならさっきみたいに拘束可能な魔法を使って一時的でもいいから動きを止められるようにしてちょうだい」


『了解や。多少詠唱に時間は掛かるけど、その時間くらいは稼いでくれるやろ?』


「なるべく頑張るわ。黒鉄、ここに来るまでに用意してくれた魔法は直ぐに放てる?」


『いつでも問題ないでござるよ。ここは空も見える故、いい場所でござる』


小さく深呼吸をしてから剣を構えて荒城を見据える。

既に人ではない何かに変貌した姿に、多少ながら同じ人間であるからと躊躇していた心が落ち着いていくのが分かる。

今ならば遠慮せずにこの剣で切り込める気がした。


「行くわよ…。まだまだやるべき事はあるからね」


『しゃあっ!やったるで!』


『壱の槍は某がっ!暗雲よ、我の声に応えよ…渦巻き、怒りの声をあげたまえ…轟くは天の怒り…』


晴れていた筈の空に暗雲が立ち込め辺りが薄暗くなってきたかと思えば、雲の隙間を稲光が走り始める。

細く見えていた物が次第に厚く、太い物へと変わって行く様にこの場に居る者は荒城を除いて空を注視していた。

黒鉄の詠唱中に頭上に展開された魔法陣の上に落ち、全てを吸収する。


『これより断つは、悪しき魂…神の慈愛を持って逝け…神雷閃じんらいせん


吸収した雷を帯びて魔法陣が正面へと移動すれば漏れ出ているのか稲光が陣の模様の隙間の部分を飛び交っている。

一度目を伏せた後に再び目を開けた黒鉄の言葉が耳に届いた後、その他の音が一瞬だが全て消えた。

光の軌跡だけが目の前に残るだけだった。

斜めに放たれた雷の力を凝縮した閃光が走る。

何かが来る事だけは分かっていたのか、棍棒で己の前をガードする素振りを見せていた荒城が何ともなっていない自分の体に首を傾げる。

TrickyとPrettyは唖然としながら先程の一撃を放った黒鉄を見つめていた。


『すまぬ、姉上…奴を見ていられなかったでござるよ…』


『わての見せ場ないやーんとか…思ったけど…まぁ、しゃあないわな』


「ナニ、シタカ…ワカラナイガ…オレニハキカナカッタ!!シネェェ!!」


黒鉄が告げれば、白銀が尾で頭を掻きながら答える。

人ならざる程の速さでこちらへ向かって走り飛び上がると、棍棒を振り下ろす荒城を黒鉄が哀れむように見つめている。

俺は慌てふためく事も無く静かに見つめていれば、何故恐怖に怯えないのか分からない荒城はすぐに思考を切りかえ、目の前の女が棍棒に押し潰される光景を目に浮かべる。

棍棒が俺に向かって振り下ろされている最中に轟音が耳に届けば、棍棒が割れ、荒城の体に切断面が出来上がる。


『静かに眠るでござるよ…』


雷の熱により焼け焦げた断面を垣間見る事になったが、光の粒子となって消える荒城の最後をただ静かに俺は見ていた。

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