37-浄化の時間稼ぎ・前

やるしかない状況に俺は小さく深呼吸をすると、持っている品に対してかなりの自信があるかのように目を細めながら笑みを浮かべる。

実際の所、マオが拾ってくる品々は先を行く神威でさえ知りえないレア物ばかり。

セラフィの様子を視界に入れつつ、先ず初めに先程見せた最高級の魔石を手に取る。


「さっき、お客様の従者が言っていたこちらの最高級の魔石だけれど、取ってきたばかりの未加工品だからね。中に蓄積されている魔力も手付かずの品さ」


「ほう、己の身を守る為に使用したことがない…と…」


「アンタ達の中に鑑定が使える者が居るかしら?好きなだけ確認してもらって構わないわ」


麗阿りあ


「はい。失礼致します」


背の低い麗阿と呼ばれた女が一歩前に出て、軽く頭を下げてからテーブルの上に置いてある魔石に手を伸ばす。

ボソリと何かを呟いてから目に不思議な光が集まると、瞳孔が金色に輝く。

情報を読み取ると初老の男の方へと顔を向け軽く頷きながら言葉を紡ぐ。


哪柁なた様。この商人の言う通り、中に蓄積された魔力は手付かずの品です」


「素晴らしい!このような場所でそんな逸品に出会えるなんて…。アギト様、こちら多少値は張ったとしても購入するべきですぞ!」


「女…この魔石は幾らだ?」


「こちら全部で10あるから…そうね…。1つ2000万ゴールドといったところかしら」


「なっ!2000万ゴールド!?」


「何を戸惑っておるのです、アギト様。普通ならば一億の値が付いてもおかしくない代物ですぞ?」


「だが、2000万ゴールドだなんて…っ!!」


「大丈夫ですよ、アギト様。我々が支援しますから…今回の依頼にその報酬分を上乗せ致したしょう。そうすれば負担が少なくなるでしょう?」


哪柁と呼ばれた初老の男が高い金額に反論するアギトの耳元で囁くように告げれば、セラフィが苦しそうに羽根を震わせる。

一瞬だけだが感情を取り戻したかのような受け答えをしていたアギトは大人しくなると、購入すると俺に告げる。

様子を見ていて分かった事は、この哪柁という男と麗阿という女が今回の件に深く関わっている事だ。

彼等を引き離すにはどうしたら良いかと暫し悩んだ後に笑みを浮かべると、テーブルの上に片手を付きアギトを見つめて声を掛ける。


「ふふっ、良く見たら私の好みの顔をしてるのよね…アナタ。私と二人っきりで少しだけ話をしてくれるなら、少し安くしてあげてもいいわよ?」


「あまり近づかないでもらおう。レアな素材を扱う商人と言えど下賎な輩には変わりない…アギト様に近付いて何かされても困るからな」


「結構な言いようじゃないか…。別にアンタ達に絶対に買って欲しいという訳じゃないし、この話は無かったことにしてもいいんだよ?」


「っ…下手に出てれば調子に乗るな、女!!」


「麗阿、やめなさい。他の品も魅力的だが…我々の目的を早めるにはあの魔石が必要だ」


牙を剥いてきた麗阿に流し目を送る。

視線が交われば途端に頬を染めて視線をさ迷わせる姿を見つつ、哪柁は不敵な笑みを浮かべながら諌めるような言葉を吐くのを見て俺は僅かに目を細める。

麗阿の方が扱い易い性格をしていそうだが、完全に虜にするには哪柁を先にどうにかするしかない状況だ。

どうするかと思っていると白銀が目の前の三人を視界に捉えたまま声を掛けてくる。


『旦那はん…兄さんがヤバい物を見つけたらしいで?書類と何かの装置に嵌められそうな物らしいんやけど、取り敢えず回収するって言うとる』


一方的に話し掛けているが、俺が指先を動かす事で聞いていると意思表示をしつつ、更に黒鉄から与えられた情報を続けて話す。


『黒が書類を確認したらしいんやけど…ドラグの個体を意図的に増やし、この生息地から解き放つつもりらしい。…後は、あんま言いたないけど…囚われた侵入者は…手足を縛られた無防備な状態で餌に、されたらしいわ』


思わず眉間に皺が寄り、先程のタク、紅珠、アゲハの三人を脅した男の言葉を思い出せば、やられた初心者は心が折れてArcaをやらなくなってもおかしくない。

己で立ち向かって殺られるのと、抵抗すらできずに食われるのとでは心に負う傷の深さなども変わる。

幾ら搭乗者は復活すると言えども暫くはゲームに復帰する事すら考えられないハズだ。

その指示を出しているのが目の前のアギトなのだろうが、彼はどう見ても操り人形であり諸悪の根源は側近の二人だ。


「はぁ…とにかく、そこの色男が私と二人っきりで交渉するっていうなら…値引も考えなくもないし後悔はさせないと約束するわ」


「……10分だけだ。それ以上は許さぬ」


「十分よ、ほら…さっさと出てって頂戴な」


睨みながら横を通り過ぎて外へ出ていく哪柁と麗阿を何食わぬ顔で見送った後、テントの垂れ幕が揺れたのを確認してから白銀へと視線をやる。

小さく頷いてから辺りを見回すと、誰も居ない事を告げられれば小さく息を吐き出し目の前のアギトを見据える。

周りから側近が居なくなったことに不安げにしているものの、その瞳にはほんの少しだけ光が戻っているように見える。

この二人きりの状態を維持できるのは10分だ。

その間に、セラフィがどこまで浄化を施せるかも掛かってくる。


『ママ、さっきの男…危険。言葉に何か力を感じた』


「不安げな顔をしてるわね…。大丈夫よ、とって食べたりしないわ」


カツカツと靴音を立てながらアギトの傍に行くとテーブルの上に腰掛け、頬に手を伸ばし優しく指先で撫でると魔石の値段に関する交渉を始める。

気付かれぬようにアギトの浄化を試みている魂の状態のセラフィを気遣うように優しく撫でる事も忘れない。


「魔石の値段に関して交渉を始めましょうか」


僅かに目を細めながらアギトに告げれば、虚ろな目で俺を見つめながら小さく頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る