36-憑き物の浄化

森の中は異様な静けさに包まれており、歩いていても動物の気配すらない。

白銀が外を伺うようにフードから顔を出しても何も感じられないのか不満げに舌と尾を揺らしながら威嚇音を漏らすので、宥めるように優しく頭を撫でてやる。

セラフィが周りを見て怯える素振りを見せるのでどうかしたのかを聞こうとした所で前を歩いている男が口を開く。


「最近のギルド長は機嫌が悪い時が多い。あまり刺激しないようにしろ」


「あら、私の事、心配してくれてるのね」


「っ…お前達、NPCは一度の命だろ…。オレらとは違うんだ…大事にしやがれ」


「NPC?…まぁ、元より命はひとつだからね…私も死にたくないから引き際は弁えてるつもりだよ。ありがとうね」


俺の事をNPCだと思っている目の前の男の言葉に、両手首のリストバンドが上手く黙せているようだ。

心配してくれる男の腕に触れて礼を言えば、耳を赤くしながら顔を背けて女の死に顔は見たくねぇだけだと照れ隠しの言葉を吐いているのを見つめる。

様子を見ていたが人の道を踏み外す程に性根の曲がった連中には思えなかった。


『旦那はん、黒からやけど…ちぃとばかし、ここにおる奴らは変なもんに憑かれとるやつと憑かれとらんのが居るって言うとる』


「……黒鉄の真実の目で見えたって言うことは、彼らに憑いている物は彼らの目には映らないように隠されたものの可能性がある?」


『それが一番色濃く出てるのはドラグの生息地になる中央の方らしい。そっちはホンマに暗闇に閉ざされたみたいに見えると言うてるで』


『ママ、ここら辺…死の匂いが強い…』


白銀の言葉に小声で返しながら話をしていると目を伏せて怯えるような素振りをしながら、セラフィが魂のまま俺の首元へと身を寄せてくる。

あまりいい状態では無いと思い、ヴィオラの元に戻るか問えば首を横に振り小さな声で大丈夫と返されるが、セラフィの様子は悪くなる一方である。

時折男と言葉を交わしながら歩いていると大きなテントが見えてくれば、その周りで野営をしている人々を見つめ黒鉄の言っていた事が俺にもわかった。


「……最近、普段と違う行動をとる人間は居ないかい?」


「あ?温厚な奴が神経質になったみてぇに喧嘩売ってくることはあるぜ」


「そう…そうなのね…。て、アンタらを取り纏める人はどこにいるのさ?」


「あのテントの中だ、ついてこい」


『ママ、気を付けて…。穢れたような…変な気配がその中に居る…』


『旦那はん、いつでも動けるように魔法はストックしとくさかい…油断したらアカンよ…』


白銀とセラフィが真剣な声音で告げるのを聞きながら幕を上げてくれた男に礼を言いつつ、中へと足を踏み入れると異様な匂いと焦点の合わない虚ろな瞳をした男がテーブルを挟んで腰掛けている。

その両脇には逆さ十字の紋章が胸元に縫われた赤い制服を纏い、口元を黒い布で隠した薄茶色の長い髪をおさげに結った背の低い女と、右目を眼帯で隠し同じように口元を黒い布で隠した初老の男が値踏みをするように俺を見ている。

僅かに目を細めながら軽く頭を下げると微笑みを浮かべる。


「レアな素材を扱う商人…だったな…。品を見せてみろ」


「あらまぁ、せっかちだこと…。まぁ、私も暇じゃないからその方が有難いけど…」


「待て、フードの中に何を隠してる」


「フードの中?あぁ、この子の事ね?私の可愛い相棒よ…」


『なるべく気配消すよう心掛けとったのに気付くとか…もしかしたら、黒が言うてたのコイツかも』


初老の男に威圧するような声で問われれば、フードを外して首に巻き付いている白銀を見せれば僅かに目を細められる。

スルスルと肩から腕を伝って動き挨拶をするように頭を下げる姿に訝しむように目を細めるのを見て、俺は笑みを浮かべながら白銀を紹介する。


「この子は私の使い魔で大切な相棒なの。こう見えてかなり強いから、こう言った珍しい素材を採取しているの」


「なっ、コレは…!」


「最高級の魔石だとっ!」


「……凄い物なのか?」


「魔石の鉱山でも余程魔力が満たされている場所でなければ採掘できない代物です…」


「特別な素材を扱う商人が存在するとは聞いていたが…こんな所でお目に掛かれるとは、やはりついておりますなぁ…アギト様は」


アギト様と呼ばれた虚ろな目をした男が笑みを浮かべると、俺をまじまじと見つめた上で他の商品も見せろと催促するので鞄の中の品をテーブルの上へと並べて行く。

セラフィが肩の上に居たがずっと何かを考えていたかと思えば、意を決したように羽ばたくとアギトと呼ばれた男の頭の上へと降り立つ。

何をしているのかと一瞬驚いた顔を見せてしまうが、気配に敏感な初老の男が辺りを見回すも何もない事を確認しては、テーブルの上の品を興味深そうに見始めるので心の中で胸を撫で下ろす。


『ママ…この人に憑いてる物、僕が浄化してみる!そしたら、ママがここから出易くなるかも!』


『旦那はん、顔色が悪いけどどないしたんや…。くっ、じっと見られとるからわても下手な動きができん』


セラフィを止めたいが流石にここで変な動きをする訳にもいかず、もう一人の女の方を伺い見て初老の男と同じように興味深そうにテーブルの上の品を見ているのを確認し、安堵の息を漏らす。

魂状態のセラフィが己の体に鮮やかな緑色の光を纏い男の頭を覆うように己の羽根で抱き締める。

こうなってしまったら俺がこの場をしっかりとコントロールしなければならない。

魅惑の面の魅了の効果は自動発動だが、負の感情を抱かせなければ効果は薄くなる。

なるべく相手を苛立たせるような態度をとる他ない。


「これは、骨が折れそうな商談だこと…」


ボソリと愚痴を呟きつつ、周りの視線を己に釘付けにさせる為にも動作は大袈裟に、テーブルの上にある品の使用方法を鑑定を発動しながら説明を始めるのだった。

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