35-腑に落ちない
上に話を通しに行っている男の帰りを待ちつつ、目の前にいる自分に好かれようと必死な男を見つめる。
それだけで笑みを浮かべる姿に魅了とは恐ろしいものだと実感する。
だが、話を聞いている限り黒の牙は最初からこういった悪いことにばかり手を染めるギルドではなかったらしい。
『んー、話を聞いとるとなんや、激しくなったんはわて等が砂地の方に行っとるくらいの時期なんやね』
『ボク、その時居ない…寂しい…』
『あー、別に自慢するわけちゃうねんよ?あの時、変なのが砂地を歩いてたんは覚えとるけどそれとはちゃうやろしなぁ?』
『変なの?』
『なんや、こう、ゾワッとする何かや…下手したらわてと黒も呑まれかねんような、な』
白銀とセラフィの話も聞きつつ、真摯に話を聞く姿を装いながら思考を巡らせる。
砂地に行った時と言えば、騎士が黒い霞のようなものに呑まれ夜の闇を徘徊していたを思い出す。
月の光に照らされた時だけ纏った鎧がその闇に抵抗するかのような光を放っていた。
何かのフラグを俺が踏んでしまったと言うのなら、何か切っ掛けがあった筈だが普通に過ごしていただけである。
ふと、何か物知り顔のラルクが王都に行くように告げた時の事を思い出し、このクエストがキッカケとなり他の場所でも様々な物にフラグが立ったとすればどうだろうか。
いやしかし、序盤の街でそれ程のクエストが生成されるものなのか?
考えていると切なげな表情で過去を思い出す男の言葉に僅かに目を細める。
「始めた頃のギルド長は何をするにも楽しそうな人だったんだ、でも。最近はどんな残酷な事も平気でやっちまう…」
「残酷な事って…どんなことをしてるって言うのさ?」
「…ギルド長は、ドラグに」
「おい!そこの下っ端!後は引き継ぐから持ち場に戻れ!」
「は、はいっ!」
大柄の男を連れて森の中から戻ってきて片割れの男は頬に殴られた跡があり、俺の傍に居る男に向けられた怒気を孕んだような声に肩を跳ねさせると、慌てて相方の傍へと向かう。
後ろ髪を引かれるような顔をしており、暫し悩んだ後に俺の方へと戻って来ては商談が終わったら直ぐに離れるように小声で警告されれば、鞄の中から中級の回復薬と軟膏を取り出し手渡す。
「私が無理を言ったせいで怒られたのかもしれないし、コレ持って行って相方に使ってあげて?」
「え、そんな…っ!」
「素材を集める時に使う薬を渡すだけよ。相方の人にもお礼と謝罪を伝えておいてちょうだい」
それだけ簡単に告げると数度こちらを見てから相方の方へと向かう姿を見送り、代わりにこちらへと歩いてくる大柄な男を見つめる。
面倒な事を押し付けられたと俺に対する怒りが顔に出ているのを見て、薄らと笑みを浮かべる。
『旦那はん、悪い顔してるで…?』
『悪い顔だけど…綺麗だから、不思議』
「これから案内される場所で俺が話している間、周りで何か重要な話が聞こえた場合には聞き耳を立ててるんだぞ?」
『分かっとるって。黒にも共有しとくわ』
『ボクもちゃんと聞いてる』
「セラは俺が髪を弄ったらヴィオラの所に戻って結界を張るように伝えるのも忘れないようにな?」
『うん、その後はヴィオ姉と待機ね』
小声で話を終わらせると、目の前まで歩いてきた大柄な男を見つめ微笑む。
若干見惚れるような素振りを見せるも、下っ端達の前だからと表情を引き締め声を掛けてくる。
「アイツから話は聞いた。珍しい素材を取り扱ってるそうだな?」
「ええ。ここらじゃ絶対に手に入らないような品よ…。見せないけどね」
「そいつぁ困るなぁ?品も確認出来ずに連れていったらオレ様が怒られちまうだろ?」
「ふふっ、最初から知っちまってたら面白くないだろう?金さえ払って貰えるならちゃぁんと…アンタ達みたいな客を満足させるような品を渡すとも…」
僅かに目を細めながら大柄の男の胸元に触れると指先で胸筋をなぞるように撫でれば、頬はそのままだが耳を真っ赤に染める姿を見て人によって赤くなる場所は違うのかと思ってしまう。
このゲームは様々な年齢層が居るので性的な事に関しては禁じられているものの、こうした色仕掛けや軽い口付け程度の物は許容される。
だが、流石に俺が男に口付けする事は避けたいのでこうやって男が喜びそうな仕草をしてみせるだけだが。
「チッ…ついてこい。ギルド長の元へ連れて行ってやる」
こうやって女に言い寄られた事があまりないのかぶっきらぼうに告げる目の前の男が踵を返すと、森の入口へ向かい歩いていくのでその後を追うようについていく。
心配そうにこちらを見ていた二人組へ視線をやりウィンクをしてから投げキッスをすると、全身を真っ赤に染め上げ俺から視線を逸らす。
短い僅かな時間にも、気になる情報はそれなりに把握することが出来たが、未だに腑に落ちないことがある。
メインクエストと言っていたが、何となくそうではない気がするのだ。
「やっている事が…どうにも、普通の事じゃないのよね」
『なんや、仄暗い何かをわても感じる…。別行動しとる兄さんと黒は大丈夫やろうか…』
「無理はしないように伝えてあるけど…黒鉄はマオに甘いから振り回されてそうな気がするわ…」
苦笑混じりに告げながら俺は念の為に変声用の飴をもう一粒舐めると、鬱蒼と茂る森の入口を見つめる。
普通の入口の筈なのに何か異様な空気がそこから漏れ出ているように感じ、眉間に皺を寄せるものの男と共に森の中へと入って行くのだった。
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