34-艶やかな商人

女装をした俺を見てポスカが暴走し掛けたのをマンダが羽交い締めにし、白銀も加勢し鼻に噛み付いたことでなんとか事なきを得た。

荷馬車でドラグの生息地近くまで送ってくれる事になり、礼を述べつつもその間も俺を凝視するポスカにどうしたものかと思う。


「……ライアさんにずっと女装をしていてもらえばワンチャン夫婦になれるんじゃ!?」


「ポスカ、いい加減にしないと先代にチクるぞ?」


「うぐっ…それは、ご勘弁を…」


時折、団長ではなくポスカと呼ぶマンダに聞いたのだが、小さい頃からの付き合いで所謂幼馴染という関係らしい。

そこにジェスも該当するのだが、情報収集や裏の仕事のノウハウを仕込む為にあまり一緒には居られなかったものの、兄弟のような絆が結ばれているのか少しばかり羨ましい。

今度、久々に友人たちと連絡をとってみようかと思いつつ、馬車の揺れが収まれば目的地近くへと辿り着いたということだろう。


『旦那はん、そろそろセラが来る頃やけど迷わず来れるんかな?』


「大丈夫だろう。産まれたばかりだが、あの子も白銀達みたいにしっかりしてるからな」


「ライアさん、準備は大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。ってこの、男みたいな喋り方もどうにかしないとだよな…」


「ライアさん、こちらをお持ちください」


「えっと、これは…飴?」


「変声用のドロップです。一時的に声を思った物に変える事が出来ます」


マンダから飴の入った透明な容器を受け取りながら問えば、使用方法などを丁寧に教えてくれる。

効果は約2時間ほどで再度口に含むと効果時間が延長されるらしくかなり便利な代物だ。

今から舐めておいて損は無いだろうと思い女の声をイメージしながら一粒容器から取り出し口に入れれば、葡萄の味が口の中に広がる。

甘さも控えめで少しミントのようなハーブも使われているのかのど飴を舐めている気分になる。


「それじゃあ、潜入と行きましょうか…」


『わぁ…ホンマに女の声になっとる』


「これだったらバレないかしら?」


『せやね、後は仮面を付けるんやろ?』


「そうよ、でも…ここで着けたら大惨事になりそうだから少し離れてからね」


少し低めだが女声となっている事に驚きつつ、目を輝かせながらテーブルの上で俺を見る白銀の頭を優しく撫でてから手を差し出す。

その手に巻き付き腕を伝って首の方へと移動すると、フードの中へと身を滑り込ませ首を絞めない程度に緩く巻き付いている。

行ってくると告げてから荷馬車を降りると、あとは自分の足でドラグの生息地へ向かい歩みを進める。

ある程度離れたことを確認してからインベントリから舞踏龍の魅惑の仮面を取り出すと、前髪を少し避けてから装着する。


『なんや、顔隠してまうの勿体ないねんなぁ』


「仕方ないわ。なるべく、インパクトのある印象を残して特定できないようにしないといけないんだもの」


『ママー、来たよー』


「セラフィ、無事に来れたみたいでよかったわ」


『わー、ママ綺麗…』


「少しばかり複雑な気分だけど、ありがとうセラフィ」


『ん?セラが合流したん?』


「ああ、今白銀の頭の上にいるよ」


『そうなんか、居るのに声も姿も見えへんのは嫌やなぁ』


生息地の入り口付近に来れば魂の状態となったセラフィが合流し、俺の姿を見て感嘆の息を漏らすと白銀の傍に行き頭の上に乗る。

何かが乗ったような感覚はするものの、姿が見えないので複雑そうに白銀がぼやく。

少し試してみたが、この状態のセラフィの声と姿がどちらも把握できるのは俺で、姿のみ意識をすれば見えるのは黒鉄のみとなっている。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか…どちらも嫌だけどやるしかないわね」


『女みたいな喋り方が普通にできる旦那はん、末恐ろしいわ…』


『パパはママだって皆に教えよ』


「気が抜けるからあんまり私を笑わせたらダメよ?」


『『はーい』』


セラフィと白銀に声を掛けてから俺はこちらに気付いた黒の牙の見張りを無視して先に進もうとした所を、前に回り込まれて止められる。

コンセプトは少し気が強く色気がある流れの女商人をイメージする事にする。

本来ならば怪しい商人を演じるつもりだったが、女装してしまったので致し方ない。


「あら、なんの用かしら…?私、ラビリアに用があるんだけど」


「悪いが、ここを通すわけにはいかねぇんだ。引き返してくんねぇか?」


「ラビリアに行くにはここが近道だって言うのに一体どうしてさ。前にココを通った時にはアンタ達みたいなのは居なかったってのに」


「今、この場所でギルド長がメインクエストを進めて…」


「おい!NPC相手に何を説明しようとしてやがる!さっさと追い返…せ…」


追い返そうとした搭乗者の男が要らぬ事を口走ろうとしたのを見て、見守っていた男が間に入り俺を見た途端に頬を上気させ言葉がしりつぼみになっていく。

見惚れたような顔をしているので追い討ちのように顎に手を添え優しく撫でてやれば、あからさまに身体を跳ねさせ視線を彷徨わせる。


「私は珍しい素材を売る為にここまで来たんだ。何も売れない、通せないじゃ損をしちまうよ…。だから、アンタらが買い取ってくれるって言うなら帰ってやってもいい」


『ひぇ…旦那はんは本気を出すとこんな口説き文句が言えるんやな…』


『ママ、凄い…綺麗でカッコイイ』


セラフィと白銀の言葉を耳元で聴きながら後で小突こうと思いつつ、今は目の前のもう少しで落とせそうな男に薄く笑みを浮かべながら目を細める。

隣に居た男もその光景を見ながら頬を上気させており、恨めしげに頬を撫でられている男を睨んでいる。


「っ…珍しい素材ってどんなもんを扱ってるってんだ!物によっちゃ…上に掛け合ってやらなくも…」


「ここらじゃ手に入らない品さ…。きっと、アンタ達を取り纏める人も気に入るよ?」


「うっ…す、少し待ってろ!」


男の頬から手を離しもう一人の男を指で傍に来るよう促せば、おずおずとしながらも近寄ってくるので顎に手を添えると耳元に唇を寄せながら囁けば全身真っ赤に染め上げながら森の方へと走っていく。

相方を置いて去ってしまった男を見送りつつ、一人取り残された男は戸惑うように視線をさ迷わせている。


「待っている間、話し相手になってくれないかしら?」


「はいっ!オレでよければっ!」


見張りをさせられているくらいなので下っ端だとは思うが、聞き出せる範囲で情報を聞き出していく。

念の為に男だとバレないような距離を意識していたが、俺に気にいられようと食い気味に近寄りながら欲しい情報を話そうとする男の様子を見て、この仮面の能力の恐ろしさを感じる。

下手すれば自分が相手に喰われかねない恐怖に冷や汗が背中を伝う。

因みに白銀とセラフィは俺の演技を見て本当は女なのではと話をしており、残念ながら生物学上ちゃんとした男ですと小声で返すのだった。

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