33-人生初

荷馬車の中へと移動した俺は、見た目と違って広い事に驚きながら椅子とテーブルが置かれている方へマンダに案内される。

チョップと手刀を受けて目を回しているポスカを横目に、椅子に腰掛ける。

反対の椅子に気を失った状態のポスカを座らせ、テーブルの上に突っ伏すような体勢をさせてから茶を入れてくると席を外す。


『あのこじんまりとした馬車の中がこないに広いとは思わんかったなぁ』


「空間拡張の魔法を使っているらしい。外と中のギャップで変な感じだよな」


「うぅ…痛た…。ライアさんもマンダも酷いなぁ…。ちょっと戯れただけじゃないですか…」


「内容がちょっとの範疇を超えてただろ…。周りの客がどんな目をしてたか見てないのか?」


「さぁ?いいんですよ。どんな形であれ注目される事に意味がある時だってあるんですから」


『…さっきの騒ぎで旦那はんを尾行してた奴が帰ったから許したるけど、あんま変な事言うと噛み付くで?』


威嚇する白銀の言葉に目を瞬かせると、そういえばあの男に回復薬を渡された際に黒い影を見たが、まさか自分にも同じように影がつけられているとは思わなかった。

レア素材を売る商人と言ったからどこの商団から情報を仕入れたのかの確認をするつもりだったのかもしれない。

となると、先程ポスカが俺に心底惚れているかのような素振りをしたのは着いてきた輩に情報を持たせるためということか。

それにしてもやりすぎなのではないかと思い、ポスカの顔を見れば確信犯のようなものを感じるのでなんだろうかと首を傾げながら考えていると、リストバンドの通知が鳴る。


「ん、神威からだ。なになに?」


『何読んでるのかわてにも見えてたらおもろかったのになぁ…』


「『掲示板で見ましたけど、商団長とただならぬ関係なんですか?』って…は?」


『情報早いねんなぁ…怖っ…』


「逆にここまで情報が早いとなると、ポスカが何かしら仕込んだんだろうな。商いを担う人間は情報が遅ければそれだけ損をするし」


『一理あるけど、旦那はんが変な風に見られるんは嫌やなぁ…』


「掲示板の噂なら神威がどうとでも出来るんじゃないか?イベント進行中とかで」


『そないに上手くいくもんなんかね?』


「分からんが…なんとかなるだろ」


神威に作戦以外の事情を説明すれば、大丈夫なんですか?と返事が来たので問題ないと返せばリストバンドから視線を外す。

いつの間にかマンダが戻ってきており、俺の前にお茶が置かれていたので礼を言いながら一口飲む。

店仕舞いをするつもりなのか外が騒がしくなり、商品が少しずつ運び込まれているのを見て、手短に確認をしてしまおうとポスカと話をする。


「ポスカ、ひとつ聞きたい事があってな。赤い制服に逆十字の紋章を象徴とした組織はあるか?」


「赤い制服に逆十字…組織関連はジェスの方が詳しいんですよね。今回の仕事が終わったら確認してみます」


「俺の方でもその紋章が入った制服を手に入れられないか試してみる」


「ライアさんそろそろ変装の手伝いをさせてもらっても?」


思わず話し込んでしまい既に動く準備が整っているのが見て取れれば、謝罪を述べてからマンダに変装の手伝いを頼む。

ファンビナ商団の中で緘黙なマンダが衣装や団員の制服などを制作しており、変装に関する技もかなりのものらしい。

ポスカが空気を読んでかちゃんと片してあるか確認をしてくると言ってこの場を離れる。


「では、ライアさん。少々髪を弄らせてもらいますね」


「よろしく頼む」


『ほな、わてはテーブルの上に居るわ』


白銀が移りやすいようにテーブルの縁に手を置くと、腕を伝って移動したのを見てから大人しくする。

少し切ってもいいかと言われたので構わないと告げれば、床屋鋏を取り出し前髪をカットしていく。

魔法が施されているのか切った髪は服に付着する事無く床に落ちて行くので便利だなと思っていれば、いつの間にか視界が開け周りがよく見える長さまで整えられていた。


「ふむ、やっぱりライアさんはかなり顔立ちがいい…。この際ですから女装にしましょうか」


「えっ?」


「大丈夫です。カツラ等もありますし、素性がバレないようにするならその方が相手も騙されるでしょう」


「…そう、なのか?」


「…まぁ、ポスカはなんとかしますので安心してください」


「不穏でしかないわっ!」


そんな話をしている間にもマンダが紅などが入った化粧セットを取り出してきており逃げられないと思えばもう成り行きに任せる事にする。

自分の顔の上を柔らかなパフやブラシが触れる感触が擽ったく、身動ぎすれば動かないようにと窘められてしまう。

深い溜息を吐きたいのをグッと堪えて大人しくしていると、目を開けるように言われては細い筆を持ったマンダの顔が近くにあり思わず肩が跳ねるも、瞼の縁に筆の先が当たり目に入るのではないかと緊張が走る。


「紅を差したら仕上げのカツラを選びましょう…。やはり、ライアさんは女装の才がありますね。今、幾つか持ってきますね」


「そんな才能欲しくなかったわ…」


『はわぁぁ…旦那はん…。そこらの女なんざ見劣りしてまうくらい別嬪さんになって…』


「白銀…言い方がどっかの縁談とか勧めてきそうなオバサンだぞ」


『失敬な!!まだまだ産まれたてのピッチピチの若い子や!』


「選ぶ言葉が何処と無く古い…」


マンダが離れて行った後に白銀と会話をしながら待っていると、長い茶髪のカツラや黒髪のミディアムショートやボブの長さのカツラを持って戻ってきた。

魔道具なので付けても蒸れず、本人が望むまで外れないというコスプレイヤーが欲しがりそうな逸品に売る気は無いのかと問い掛ける。


「このようなものが売れますかね?もっぱら、変装する時位しか使用しない様なものですが」


「色々な髪色に長さや髪型をした物を用意したら飛ぶように売れると思うぞ?」


「ふむ、団長と話をしてみます」


取り敢えず、今回はシンプルに黒髪の艶やかな長髪のカツラを選ぶと、地毛を後ろに纏めるように櫛で梳かしてから被せられる。

しっかりと張り付くような感覚に最初は違和感を感じるものの、用意した黒のローブに着替えリストバンドを何も付けていない手首に着用する。

後は女性でも簡単に持ち運べる軽量化と空間拡張の魔法が付与された鞄を借りて素材を詰めるのだった。

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