32-荷馬車にて

荷馬車まで辿り着いた俺と白銀は、わざわざ獣避けの香を焚いて簡易的な商店を開いているのが見えた。

多分回復薬などの冒険者が欲しがりそうな1品を販売しているのだろうが、それなりに列ができている。


『商売根性が逞しいねんなぁ…』


「売れると思ったら何処ででも販売するって言ってたからな…」


『かーっ!わても見習わなあかんかなぁ?』


「いや、お前は商売しないだろ?」


『確かに』


何をアホな事を言っているのかと軽く頭にチョップを喰らわせれば、舌を出しながらウィンクを返してくる白銀に怒る気が失せては顎辺りを軽く揉んでやると気持ちよさそうに尾を揺らす。

ふと、並んでいる人々の中に先程の3人組が居るのに気付いたので近付けば、気弱そうな顔の片側が隠れるくらいの長い前髪に後ろ髪は項が見える位の長さの髪の子がこちらに気付く。

木の杖を不安げに抱き締めながら俺に気付いたのか数度瞬きした後、頭を下げてから隣にいる気の強そうな男の子と女の子に声を掛ける様子を眺めていると3人の視線が俺に向く。


「あっ!さっき助けてくれたオニーサンじゃん!」


「声がでかいってアゲハちゃん…」


「もうちょっとで俺らの順番来るし、どうしよ!」


「あ、お礼も一緒に買ってくればいいんじゃない?」


「アゲハ、ナイスアイデア!紅珠もそれでいいか?」


「かっ、構わないけどその間あのお兄さんに待っててもらうことに…」


「次のお客様どうぞー!」


「あっ、はい!」


何やら話をしながら次の方と呼ばれて何か頼んでいる姿を見つつ、今の内だと言わんばかりに甘えてくる白銀に珍しいなと思う。

普段は大人しくマオやヴィオラ達の姿を見ているのに、ここまで積極的なのは中々見れることはない。


「随分甘えただな?」


『普段から我慢しとるんや、少しくらい甘えさせてや』


「いや、別に構わないんだが…後からマオ達にバレて大変な思いをしても俺は責任は取らんぞ?」


『……兄さんがこわいからって我慢なんてできるかーい!』


開き直ったように叫んでから首筋や頬などに体を擦り付けてくる白銀を優しく撫でていると、周りの視線が集まっている事に気づく。

先程から熱烈な蛇の求愛行動に近いじゃれ付きを見て羨ましそうに見る視線と、蛇を見る機会が無いからか興味本位で見てくる視線の半々だ。

最早、甘えたモードの白銀は全く気付くことなく時折舌を出しながら、巻きついている腕に少しずつ力が込められていく。


「すまん、白銀。腕が少し痛いから緩めてくれ」


『あ、すんまへん。夢中になり過ぎてしもたわ』


「あの!すいません!」


「ん?」


「あの、その、先程助けてくれた方、ですよね?」


気弱そうな女が声を掛けてくればあからさまに威嚇する白銀にチョップを喰らわせつつ、あまり威圧的にならないように一歩分後に下がってから視線を合わせる。

俺の胸くらいの高さの身長なので下がったくらいでちょうど良かったなと思っていると、その後から肩ぐらいまでの身長の青年と、気の強そうな女が近付いてくる。

その手には、はち切れそうな紙袋が抱えられており今にも破れそうなのでいつ決壊するかとハラハラしてしまう。


「さっきは助けて下さりありがとうございました!」


「オニーサンが居なければ悔しい思いしながらデスペナ喰らってたよ」


「アゲハちゃん、いきなり馴れ馴れし過ぎだよぉ」


今時の若い子という感じでかなりフレンドリーに接してくる姿に困惑するも、気にしないでいいと伝えながら先程渡された品をインベントリから取り出す。

どうしたのかと首を傾げる姿に簡単に説明を交えながら高級回復薬と軟膏を差し出す。


「これは、君達に剣を振り下ろそうとした男からの詫びの品だよ。あの場所を封鎖するのに色々と事情があるらしくてね。行かせない為とはいえ脅して悪かったってさ」


『そんな事一言も言っとらんかった気がするけど…?』


「え…あ…取り敢えず、受け取っておきます」


「事情を話せないって、もしかして伝説級のクエストとか?確か、内容話したら報酬発生しないーとか言ってたよね?」


「それなら、邪魔した私達の方が悪かった、よね…」


「アーシなんて超煽っちゃったし…悪いことしちゃったなぁ」


『少しの情報でここまで深読みして勘違いしてくれると説明も少なく済んで有難いもんやな』


少し騙されやすい気はするものの、彼らのお陰で閉鎖してまであの場所を独占しようとする理由が分かった気がする。

ドラグに関するクエストと見れば納得できなくもないが、赤い制服の集団が居たとなればそれだけでは無いのだろう。

視線を感じたので荷馬車の方を見れば、陰に隠れながらこちらをじっと見つめるポスカの姿が有り思わず肩が跳ねる。


「どうかしました?」


「いや、なんでもない。まぁなんだ…もう少ししたらドラグの生息地も解放されるだろうし、レベル上げに専念した方がいいと思う」


「そうですね…。まだ装備も整ってないし…お金も稼ぎながら頑張ってみます!」


「あ、そうだ!自己紹介してなかったよね!アーシはアゲハ!これでも職業はシーフ!」


「わ、私は紅珠です!職業は神官で…えと、回復魔法が得意です!」


「俺はタクって言います!職業は剣士です!」


「俺はライアだ。タクに紅珠、アゲハね。覚えた。もしも手強い敵と戦いたかったらテラベルタを出て左に逸れた方の砂地に居るサリソンが手強くていいかもしれないよ」


アドバイスを聞いて頭を下げる三人に礼儀正しいんだなと思いつつ、お礼にと差し出されたビーネストの特産蜂蜜を受け取れば、早速戻る事にした彼らを見送った後に背後に感じる気配に冷や汗が垂れる。


「ライアさん…私というものがありながら浮気ですか?」


「ポスカ…お前はいつから俺の嫁になったんだ?」


「いえいえ!私はお金を稼いでくるので夫のポジションでしょう!ライアさんの為ならば死ぬほど稼ぎますよ!」


『……旦那はんの料理に惚れた男は怖いねんなぁ』


笑みを浮かべながらトンデモ発言をするポスカの頭にチョップを喰らわせると、マンダが後から向かってくれば首筋辺りに手刀を叩き込み、申し訳なさそうに頭を下げながら荷馬車の乗り込み口の方へと案内してくれたのだった。

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