69-新しい仲間
暫くの間、指南書を真剣に読み進めていたライアの膝の上でタマゴが動く気配がし、視線を向けると中から体当りをしているのか表面にヒビが入りつつあった。
こちらから手助けをしてはいけないと思い見守っていれば、ひび割れた所が剥がれ落ちると中の様子を見るべく覗き込む。
柔らかそうな毛が見えたのもつかの間、割れた場所から勢いを付けて飛び出してくれば覗き込んでいたライアの顔に質量のある毛玉が直撃する。
「ぐっ!!」
『はへ?あわわわ!とと様、ごめんなさいですの!』
「いや、大丈夫だ…うん…。少し痛かったが…」
飛び出した筈が再びタマゴの中に戻っているのを見て不思議そうにする女の子のような声が聞こえ、割れた部分から顔を出すと顔面を抑えるライアの姿を見たからかかなり狼狽えているのが分かる。
鼻から熱い物が垂れてきている気がするとなるべく見えないように拭う。
タマゴの中で震えているのが伝わり手を伸ばし見えている部分を優しく撫でれば恐る恐る殻から出ては膝の上で直ぐさま頭を下げる。
一瞬だけ狐のようなキリッとした顔立ちが見えたが、先が尖っている柔らかそうな丸みを帯びた尾と耳が垂れている。
身体の方は全体的に毛量が多いのかふっくらとした狸のような身体付きに見える。
白い毛の部分が大半だが耳先と尾の先、足先が薄紫色の綺麗な色をしている。
靴下を履いているようにも見えまじまじと見ていると、恐る恐る上げられた顔は目尻に桃色の隈取りのような柄があり薄紫色の瞳がまた愛らしく見える。
『本当にごめんなさいですの、とと様…』
「不慮の事故だしそんなに謝らなくて大丈夫だ。逆に痛くなかったか?」
『わたしの方は大丈夫ですの!でも、とと様…鼻から血が出てますの…』
「あー、すぐ止まるよ…これくらい。声的に女の子だよな…。名前、どうするか…」
しょんぼりと耳を垂らしている目の前の産まれたばかりの子を見て優しく頭を撫でてやりながら今までの名付けを振り返る。
自分のネーミングセンスはそこまで良くない事を自覚しているので取り敢えず、薄紫色の毛先を見て菫を連想するもそのまま付けるのはどうかと思い、暫し悩んだ後に足の付け根に手を差し入れ抱き上げながら問い掛ける。
「その綺麗な薄紫色の毛を見て考えたがヴィオラ…なんてどうだ?」
『嬉しいですの!わたしは今日からヴィオラですの!』
「気に入ってもらえてよかったよ。他の皆も紹介したいんだが…生憎と今は寝ててな」
『タマゴの中で聞いていたから大丈夫ですの!改めて挨拶するのが楽しみですの!』
毛量のある尾を揺らしながら胸を張るヴィオラの姿にマオを連想するものの、結構しっかりしていそうな子なので安心する。
取り敢えずタマゴの殻を回収してしまおうと一旦少し離れた場所にヴィオラを降ろすとインベントリに殻を仕舞う。
破片があると次に使う客に迷惑が掛かると思いしっかりチェックをしていると、何か硬いものに物がぶつかった時の音がして振り返るとたんこぶをこさえたヴィオラが居て目を見開く。
「大丈夫か!?」
『あううう…シーツに躓いて壁に頭をぶつけちゃっただけですの…』
「そうか…足元には気を付けるんだぞ?軟膏塗っておこうな?」
シーツのシワに引っかかった様な跡がありぶつけた可能性のある場所を確認し、少し腫れている部分をあまり刺激しないように気をつけながらインベントリから軟膏を取りだし指で掬うと患部に塗る。
他には打っていなさそうなので一旦手を洗ってくると告げてからベッドから立ち上がり洗面所へと向かう。
軟膏が着いた手を軽く洗ってからタオルで拭いていると、今度はドスンと何かが落ちる音が聞こえ慌てて戻るとベッドから落ちたのであろうヴィオラが居た。
「なっ、大丈夫か?」
『うぇぇん。ごめんなさいですのー!』
「謝らなくていいぞ…取り敢えず怪我は、なさそうだな?」
毛量のお陰か特に大きな怪我に繋がっていないのがわかり安堵の息を漏らすも、どうしてこんなに転ぶのか不思議に思いヴィオラに歩いてみてもらう。
平らな場所を歩く分には問題なさそうなのだがどうにも足元がぎこちないように思い、ライアは上からヴィオラを見下ろす事である事に気づく。
「もしかして、足元が見えてなかったりするか?」
『そうですの…毛が多いせいなのか自分の足を持ち上げないと見えないんですの…』
「ふむ、ちょっとベッドの上で大人しくしていられるか?近くの道具屋で櫛と鋏を買ってくるから」
『とと様、気をつけて行ってらっしゃいませですの!』
「くれぐれも…ベッドから落ちるなよ、ヴィオラ?マオ達が起きてたら様子を見てて貰えたんだがな…」
誰も傍に居る者が居ない中で一匹にするのは気が進まないが、閉店時間も考えると早く行かねば買えないだろう。
不安だが部屋を後にすると本日二度目の来店で珍しげに店員に見られてしまった。
閉店間際だったので申し訳なかったが、なんとか鋏と櫛を購入し宿屋の借りている部屋に戻ると、マオと黒鉄と話をしているヴィオラの姿があった。
「起きてたのか、マオ、黒鉄」
『パパお帰りー!なんかドスンドスン音がしてて起きたのー。この子が新しい妹ー?』
「そうだよ、マオ。この子はヴィオラだ…仲良くしてやってくれな?」
『はーい!』
元気良く返事をして手を上げるマオの頭を撫でると、早速とベッドに座り目の前に捨ててもよい大きめの紙を用意してからヴィオラを膝の上に乗せ、首元から足元に掛けて多すぎる毛をカットしてやる。
動かないようにと念を押したからか完全に固まっている姿に苦笑しつつ、少しボリュームが落ちた事を確認すれば一旦床の上にヴィオラを降ろしてやる。
「ヴィオラ、歩いて確認してくれるか?」
『はいですの!わぁ!さっきより歩きやすいですのぉ!』
『なんだか、目の離せない妹ができた気分でござる』
『でもほら、お調子者な妹よりは見てあげやすいかもー?』
マオと黒鉄の会話を聞きつつ毛玉のような妹のヴィオラをちゃんと見ていてあげようという姿が良いお兄ちゃん達だなと思う。
切った毛を処理するべくゴミ箱の方へ向かえば、暫く普通に歩いていたが何も無い所でまたも躓いて転びそうになるヴィオラの姿が視界の端に入り、少しドジな子なのかもしれないと思うのだった。
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