25-お迎えは嵐の如く

流石にあのままにしておく訳にもいかず、寝てしまった琴葉を背負い俺は本屋の看板の掛かっている店の中へ入り、心配していたのだろうミュラが駆け寄って来てくれたので先程の事を説明する。

困惑したような顔で琴葉を見るミュラに苦笑を浮かべつつ、マオが毛を逆立てながらじっと見ているので相容れない人間と判断したのだろう。


「通報すれば簡単に済むんだろうが…まだ若そうだしなぁ」


『パパは、優しすぎだと思うー』


「街の警備の人に任せた方が丸く収まると私も思います…」


実質、俺だけの被害は収まっているのでそこまで騒ぐ必要は無いようにも思う。

周りの知り合いに手を出していたらば話は別だが。

先程の会話を思い返せば、かなり若い気がするので善悪に関する部分は曖昧だろうし、些細な話がSNSなどで拡散され現実の方で面倒な事が起きてしまう可能性もある。

主に年齢の差を考えると被害を訴えても責められるのは俺の方な気がする。

流石にそんな事をミュラとマオに話しても混乱してしまうだろうから言わないが…。

小さな溜息を吐きながら折角本屋に来たからと子供でも使える魔法の参考書などを購入する事にした。


「お兄ちゃん、何買ったんですか?」


「ああ。魔法についての子供向けから初心者向けの参考書を幾つか。武器の扱いに関してはラルクに仕込んでもらってるからこっちは自分で調べないとな」


「お兄ちゃんは努力家ですよね!尊敬します!」


『パパは努力家ー!』


「褒めてもなんも出ないぞー。次は道具屋に行こうと思うがその前にこの子をどうにかしないとだよな…」


先程の会話は置いておきつつ、今の時間が大切だと言うように話題に乗ってくれるミュラとマオに感謝の念が湧く。

未だ俺の背で寝息を立てている琴葉をどうしたものかと思いつつ、誰でも利用する施設に預けるのが妥当なのかもしれない。

宿屋に一旦戻る事を告げれば、快く了承してくれるミュラとマオに礼を言いながら元来た道を戻る事にする。

広場の中央は未だ賑やかだが適切な音量に魔道具の設定が切り替えられたようで、気になる人のみが傍に集まっているのが見える。

その他の広場に居る住民やプレイヤー達は思い思いにベンチなどを利用し快適に過ごしているようだ。

琴葉を送り届けた後の昼食はどうするか話をしながら歩いていると、不意に目の前に立ち塞がる影に気付きマオとミュラから視線を外して俺は前を向いて目を見張る。

いかにもな顔付きの2人組の巨漢の男が腕を組んで立っていたのだ。

先程宿屋から出た所で見掛けた初心者に声を掛けていた人物に服装が似ているような気がする。

知り合いではないのは確かだが、俺ではなく琴葉をまじまじと見ているのでなんとなく危ない趣味だろうかと警戒する。

暫くして確信が持てたのか青褪めた顔で男達が声を掛けてきた。


「兄ぃ!お嬢が見つかったぞ!あちゃー!お嬢が好きそうな優男だぁ…。しかも、こりゃ迷惑かけた後って奴じゃあねぇかぁ?」


「早く回収せんとじゃぁ!今の俺らは礼は持ち合わせとらん!すいやせん、兄さん方!そちらのお嬢さんをこちらへ寄越して頂けんでしょうか?」


「この子の知り合いですか?」


「へい!俺達はお嬢さんの兄妹にあたる方の部下でして…。中々始まりの街から進まんと心配しとりやしてオレらを使いに出したんでさぁ」


「確かインベントリに…あったあった!これを見てくれれば証明できやすか?」


そう言ってインベントリから書簡を取り出し丸坊主の男は俺へ差し出してくる。

恐る恐るその書簡を受け取り、中の手紙を取り出して目を通せば確かに琴葉の家族が書いたものと分かったのだが、内容を見て口元を引き攣らせる。


牛頭ごず馬頭めず兄弟へ

私の可愛い可愛い妹の琴葉が始まりの街をクリア出来ず新しい街に向かえないようなのよ。

そこで腕のたつお前達に任務を言い渡すわ。

私の可愛い可愛い妹の琴葉を髪の毛一本、服さえ傷付けずに私が居る王都まで送り届けてほしいの。

もしも、変な輩が声を掛けていようものならソイツの×××××××××…見るに堪えない暴言


「あ、はい。もう大丈夫です…過激なお姉さんなんですね…」


「あー、えぇと…女っちゅうか…。まぁ、お嬢の事になると頭のネジが外れちまう人なんでさぁ…」


「オレらは慣れとりますが他の人が見たらちぃとばかしヤベェ方と思われるでしょうなぁ」


どこか遠くを見るように語る坊主頭の男と、片割れのモヒカンの男が、しみじみとした表情を浮かべながら告げる言葉に苦労が垣間見え俺は何も言えなかった。

取り敢えず背負っていた琴葉を受け取りやすいように背を向ければ、壊れ物を扱うかのように坊主の男が慎重に横抱きし俺に頭を下げてくる。


「ご迷惑をお掛けしやした。お嬢には俺らからしっかり話をしておくので…あ、俺は牛頭ってんでさぁ。お見知り置きくだせぇ」


「オレは馬頭だぁ。次にあった時にはお礼を用意しときやすぜ!」


「お気になさらず。道中お気を付けて」


手を振りながら琴葉を連れて街の外へと向かう牛頭と馬頭を見送り、嵐が過ぎ去った後のようにどっと疲れが押し寄せた俺は、マオとミュラに広場にあるベンチで少し休む事を提案すれば快く受け入れてもらえた。

この短時間で凄く濃いひと時を過ごした気がする。

丁度空いているベンチがあったのでそこに腰掛けると、ミュラも隣に座りフードからマオが顔を出したかと思えば、俺の服に飛び移り肩に移動すると鼻先を顎に押し付け甘えてくる。

片手間にマオの頭を撫でてやりつつ、インベントリを開いて昨日屋台で購入した祭りで出ている様な玉の形をしたねり飴が、割り箸の先端に付けられているお菓子を二つ取り出す。

被せられている包装は透明がかったピンク色の物と、透明がかった青色の物が使われている。

一つをミュラに手渡し、もう一つは俺の手で包装を取り食べ方を教えながらねり飴を練る。


「最初は硬いだろうけれど空気を含ませるように練ると色が変わって柔らかくなってくる。そしたら食べ時だ」


「む、むむぅ…結構難しいですね」


『パパ上手ー!』


「俺のと交換しよう。これくらい柔らかければミュラちゃんも錬れると思う」


「わわわ!ありがとうございます!」


ある程度柔らかくなったねり飴をミュラに差し出し、まだ練り始めて間もない方と交換しては子供の頃を懐かしみながら練る。

空気を含んで乳白色のような色へと変わり、柔らかくなったのを確認してからマオが持ちやすい位の長さに箸を折る。

怪我しないように気を付けろと伝えてからマオに差し出せば、小さな前足でしっかりと持って飴の部分を舐めて目を輝かせながら食べるのを見て笑みを浮かべる。

お気に召したようで何よりと思っていれば、ミュラの方も飴がかなり柔らかくなったようで箸と箸を離し、細い糸状に伸びる飴を不思議そうに見た後に口の中へ入れると美味しかったのか夢中になって食べている。

俺もマオと分けて残った方の練り飴を口に含めば、口の中に広がる甘味を感じながら暫し疲れを癒すのだった。

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