24-厄日?

宿屋で借りていた部屋から出ると、フードを被り出掛ける支度が済んだミュラと鉢合わせしたので一緒に階下へと降りる。

この時間に休憩を取ろうとするプレイヤーの姿がチラホラと視界に入る。

夜通し外で狩りをしていたのだろうかと思いつつ、宿の外に出れば気持ちのいい陽射しに伸びをする。


「今日のミュラちゃんの予定は?」


「えっと…取り敢えず道具屋や本屋さんが見たいです」


「わかった。俺も行ってみたいと思ってたんだ。その後はのんびり街の中を見て回るでいいか?」


「はい!姉様が過ごす街を沢山知りたいです!」


ソアラが絡むと言葉尻に勢いがあるミュラにシスコンの気があるのかなと思いつつ、俺は手始めに道具屋へと足を向ける。

ミュラの歩調に合わせながらゆっくりと歩いていれば、始まりの街よりも先に居そうな装備を身に付けたプレイヤーが居ることに気付く。

普段見かけないプレイヤーが、積極的に初心者に声を掛けてまわる姿を見て何かあったのだろうかと首を傾げる。

何か起きているのであれば、あまりいい事はなさそうな気がするのでミュラに声を掛けては、襟元から顔を出すマオに一言告げてから手の平で隠すようにしながら掴んで取り出す。

周りの人間が見ていない事を確認してから、ミュラの肩に乗せるとフードの中にマオが隠れる。


「すまない、ミュラ。マオの事を少しの間預けてていいか?この街ではあまり見ない輩が居てな…」


「は、はい…!マオくんは私がしっかりお預かりしますね!」


『ボクのこと忘れないでねー?』


「忘れるわけないだろ?後で昨日買ったお菓子を食おうな」


マオの頭を優しく撫でながら微笑むと、取り敢えずはミュラと共に道具屋を目指す事にする。

途中広場を通る必要があるのだがそちらへ向かう程、騒がしさが増しているような気がすれば裏道を使うか悩む。

ミュラにマオを預けたのはプレイヤーのペットと思われるよりも、NPCが所持している貴重な存在と思われる方が多少の危険は伴うものの、変なやっかみなどは比較的少なくなるので都合が良い。

何かあれば俺が絡んできたプレイヤーやNPCの気を逸らして逃がせばいいからだ。


「ミュラ、もしも変な奴に絡まれたら訓練所のラルクかソアラさんの所に行くんだ。もし向かうのが難しかったらアランかその師匠のミランダさんを頼れ」


「わ、わかりました!でも、お兄ちゃんはどうするんですか…?」


「俺は時間稼ぎだな。その為にマオを預けたようなものだし」


『ボクはパパに何かあったらイヤー!』


「ミュラとマオが怪我する方が俺は嫌だし守れなかった時が一番嫌だ。そうならないようになるべく変なのには近寄らんようにはするから安心しろ」


守らなければならない存在があると思えば、人間は思っている以上に力を発揮できるようなものだ。

何とかなるだろうとも思うが、ちゃんと避難場所や頼る人間を決めておいて損は無い。

マオにはもしも逃げ道がない場合には、アラクネに誘導するように伝える。

素直に頷いて任せてと言うマオに、俺は笑みを浮かべながら優しく頭を撫でる。

気を取り直してなるべく広場の中央へは近付かないにしながら歩いていれば、不意に大きな声が耳に届く。

メガホンのような音を拡張する機能を持った道具を使う際の独特な声に、この世界にもそんなアイテムがあるのだろう。


『あー、あー、マイクテス、マイクテス!うん、感度良好!初めましてー!初心者の皆さん!今日の14:00に待望のプレイヤーによるギルドの設立機能が解放されます!ので、メンバー募集に来ましたー!』


「お兄ちゃん…耳が痛いです…」


「俺もだ…というか、皆同じ気持ちみたいだぞ…」


『やだー、耳痛いよー…此処に居るの嫌ー』


俺とミュラ、そしてマオが耳を手で塞ぎながら歩みを進めていると、他にも煩いと感じている住民やプレイヤーが中央に立っている人々を睨みつけている。

音量に関して近くに居たプレイヤーからも苦情が来たのか、慌ただしく しているようだ。

今の内に抜けてしまおうと足早に広場を抜ければ、本屋までの看板も視認できる距離なので歩調を緩めると、不意に服の裾を引っ張られる感覚に振り返れば見知らぬ少女が立っていた。


「え、誰?」


「なんで、わたくしのフレンド申請無視するのよォ!!」


「あ…さっき拒否した…えーっと、そうだ。琴葉ことは、さん?」


「兄様がログインした日からずっとずーっと見てたのに!フレンド申請を断って、なんで知らない女と一緒にいるのっ!」


「いや、話したこともないし…俺は君の事を何も知らな…」


「今日こそはっ、勇気を出して…話しかけようと…思ってたのにぃ…ふぇぇんっ」


「……ミュラ、先に行っててくれ」


戸惑いながらもミュラが頷き返し、本の看板の掛けられている店へと足早に入る後ろ姿を見送ってから改めて目の前にいる琴葉を見る。

身長は俺の脇腹辺りまでの高さだろうか。

菫色のフリルたっぷりのドレスを身に纏い、ボーダー柄のハイソックスにリボンやレースがふんだんに使われたヒールシューズを履いている。

艶やかな黒髪を腰まで伸ばしほんの少しそばかすがあるものの、愛らしい顔をした可愛い見た目の琴葉と視線を合わせるようにしゃがみ込めば、目尻から大粒の涙を零しながら訴えかけてきた。


「カッコイイ、王子様にぃっ…出会えたとっ…思ったのぉっ…」


「俺はそんなにカッコよくないよ?」


「…そんなことないぃっ!カッコイイし…毎日、訓練とか頑張ってるの見てたもんっ!!」


初対面だがなんとなく怒りづらい幼さの残る琴葉の物言いに、どうしたものかと思いながら取り敢えず俺は泣き止むまで背中を撫でる。

暫くして落ち着いきを見せると、泣き疲れたのかそのままもたれ掛かるように体を預けて琴葉が寝てしまい、周りの人々からの視線が痛過ぎて逆に窮地に陥った俺であった。

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