22-ネズミは禁句

ソアラが酒場の開店時間ギリギリまでマオを可愛がった後に店に戻る為に席を外し、ミュラとライアがテラス席に取り残される形となった。

最初の頃よりは口数も増えて話せるようになっているのでそれなりに会話も続くようになり場の雰囲気は良好である。

マオも今はライアの襟元に戻って買ってきた屋台のお菓子を食べながら尻尾を擦り付け甘えたモードになっている。


「お兄ちゃんは、凄いですね…聖獣様をペットにしてるなんて…」


「聖獣?マオのことか?」


「は、はい!私の村ではその身の何処かに宝石を宿す獣を聖獣として崇めているんです。昔、私たちのご先祖様を救ってくださったという言い伝えもあります」


お菓子を食べるマオを微笑ましげに眺めるミュラが丁寧に説明してくれるのでライアは顎に手を添えながら話を聞く。

その言い伝えの部分を詳しく聞こうと口を開きかけた所で背後からいきなりのしかかられ思わずカエルが潰されたような変な声が口から漏れた。


「ぐぇっ…!」


「アニキー!!!昨日は宿に届けてくれてありがとなっ!!」


「はわわわわっ!お兄ちゃん、大丈夫!?」


『パパー!生きてー!』


「だ、大丈夫だよ…ミュラちゃん。マオ、パパはこれくらいでは死なないさ…」


「アニキ、可愛い子連れてるな!彼女か!?俺も負けてられねーっ!!!」


「アラン…ミュラはソアラさんの妹で一緒にここに来ただけだ…。それよりお前は俺に謝ろうな?」


「何を?」


「もういい…」


声で誰だか察することは出来たが派手にテーブルに突っ伏して咄嗟に腕の方へと服の中を走って逃げたマオを褒めつつ、上に居るアランを後ろ手に叩いてから隣に座るよう促す。

のしかかりをやめて隣の席へ移るアランに苦言を呈すも何も悪いことをしていないかのような顔をして問い返してくるので眉間を抑えながら手を振って話を止める。

心配してくれるミュラに大丈夫と返しながら席を使わせてもらっているのでソアラが作った料理も食べたいだろうと思い食事注文をする為にミーナを呼ぶと店の中からメニューを持ってきてくれた。


「何か頼もう。ミュラちゃんは何か食べれない物はあるか?」


「え、えっと…出来れば葉物が良いです…。お肉は、食べるなと言われてるので…」


「ふむ、今は村じゃないから食べても怒られない。秘密にしておけば誰にもバレないさ。ソアラさんもお肉が好きだぞ?」


「姉様が好きなら、私も食べます!」


余程村の決まり事は厳しいのか葉物だけにしようとするミュラに取り敢えずは試すという形で野菜をメインにしつつ肉も入っているスープなどをチョイスする。

魚も必要だなと前に食べたエイジ鱒の香草焼きなど適当に選んでいると横からメニューを覗き込んでいたアランが目を輝かせてドラグの尾肉を指さしてくる。


「アニキ!俺は昨日の骨付きのヤツがいい!」


「アラン…師匠と行動しなくていいのか?」


「大丈夫だ!師匠なら笑って許してくれる!」


「じゃあ、金は?」


「ないっ!!」


「堂々と言うな」


キッパリと告げるアランの脳天にチョップを食らわせつつ仕方がないと自分が払うつもりで注文するリストに加える。

その他は全ておまかせにするつもりでミーナに告げると快く伝票にオススメを記入してくれているのを横目に見つつ、ミュラに興味を示したアランがいつもの調子で声を掛けているのを伺い見る。

見た目的には歳が近そうな二人なので気が合うかもしれないとそのまま暫し様子を見る事にする。


『パパー、ボクしょっぱいもの食べたいー』


「さっきから甘いものばかり食べてたもんな。んー、マオでも持てるように揚げ物にするか」


注文を書いているミーナに手に持ちやすい揚げ物タイプの料理も追加するよう頼むと直ぐに書き足してくれた。

オーダーを伝えに行く為に中へ戻ろうと動くミーナがこっそりと横を通り過ぎる時にライアの耳元で今日はソアラが奢ってくれると囁き、ライアが視線を向けるとウィンクをしてから注文票を持って店内へと戻っていく後ろ姿を見送る。

こんなに気配りが出来るのになぜこの店に居るのだろうかと思うものの、いつの間にか打ち解け合い話が弾んでいるアランとミュラへ視線を向ける。

人見知りも気にせずアランがぐいぐい話を進めているだけのようだがミュラが楽しそうなので良いかとライアはマオに手のひらに乗るよう促す。

嬉しそうに襟元から手に乗り移ると尻尾を振りながらライアを見上げてくる。


「マオは無邪気で可愛いなぁ。なんか、若者に挟まれて俺は心苦しいよ」


『パパ、オヤジなのー?』


「まだオヤジじゃないぞ!ギリギリ三十路も回避してる!」


マオを仰向けに寝かせ腹を擽るように指先で撫でてやると遊んでもらえる事を喜ぶ姿に自然と笑みが浮かぶ。

途中で器用に体を起こし身だしなみを整えるように顔を洗ってから両手を広げるので指を差し出すと小さな手で掴んでマオがぶら下がる。

その様子を横目に見ていたのであろうミュラの視線が自分を見ていない事に気付いたアランがその視線を追いマオに気づくと指を近付ける。


「へー!アニキもペット買ったんだな!でも、ネズミなんてちょっと似合わな…いてーっ!!!」


『コイツ、ボクの事ネズミって言ったー!嫌いー!許さないー!』


いきなり触るのはいけないと分かっているのか鼻先に近い場所で指を止め要らぬ事を言ったアランの指に渾身の力を込めてマオが噛み付く。

痛覚をそこそこ感じられるように設定しているのかアランがその場で飛び跳ねるように立ち上るも指に噛み付いたままのマオが餌に掛かった魚のように食い付いて離さない。

かなり怒っているのかその状態で小さな手の爪でアランの指に追い打ちをかけるように何度か引っ掻いてから口を離すと器用に回転しながらテーブルの上に着地しライアの方へと駆け寄ると手に隠れるようにして威嚇する。


「いきなりネズミは怒るに決まってるだろ…」


「アニキが名前教えてくれなかったんじゃねぇか!」


「一言も名前教えろって言わなかっただろ…」


『コイツきらーい!!パパに近付くなー!』


いきなりネズミ呼びしても普通のペットであれば問題は無いのだろうがマオは知能があり人の言葉を理解できるのだから怒るのは当然の事だ。

テーブルの上で地団駄を踏みながら威嚇し続けるマオを宥めるように背を撫でてやる。

その後、料理などを食べさせてなんとかマオの機嫌を治すことに成功したもののアランには寄り付こうとせずライアとミュラの傍から離れることはなかった。


少しして酒場に来たラルクが席に合流しマオを見てアランと同じ轍を踏み、指を噛まれたり生えている髭を掴まれぶら下がられたりと攻撃されたのは後の笑い話となったのは言うまでもない。

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