21-お願い
暫くの間その場で会話をしているソアラとミュラを眺めていたが、マオが退屈になってしまったのか襟元から顔を出すと俺の顎に鼻先を付けて甘えてくる。
見えないように襟元を直す振りをしながらマオの頭を優しく指で撫でていると、泣き腫らしたミュラを連れたソアラが俺の座らせてもらっている席の向かいに座る。
ソアラの隣の席にミュラも少し逡巡しながら腰掛けては、涙を必死に拭ってからフードを脱いで顔を見せる。
ソアラに良く似た蜂蜜色の髪を肩につくくらいの長さまで伸ばしており、姉妹を見比べると若干幼い顔立ちをしているものの鼻筋なども整っており、ミュラはどこか儚げな雰囲気があるので可憐と言う言葉が似合いそうな容姿をしている。
テーブルを挟む形で向き合っていると、完璧に落ち着いている訳では無いのか鼻をすすりながらミュラが頭を下げてくる。
「ごめんなさい、お兄ちゃん… 。連れてきてもらったのに…」
「気にしないでくれ、俺は案内しただけだから。ソアラさんの妹さんだとは思わなかったけど…」
「ライアくんが気を利かせて私を呼んでくれたからこそ会えたようなものよ。ミュラが一人だったらここに辿り着いても小心者だから誰にも声を掛けられなくて諦めて帰ってしまっていたわ」
確かにここに来るまでの間は人見知りだからか上手く会話も出来なかったことを思い出し、ソアラの言葉に俺は納得する。
確かに出会った頃のままであれば、開店前の時間だからこそ近辺の人通りは少ないのだが酒場が開店すると、待ってましたと言わんばかりに人が集まるので何も出来ずに終わっていたかもしれない。
人見知りの子が知らない人間に声を掛けるのはかなりの苦行であるし、ましてや酒場には男客が多いから尚のことだろう。
猫の遊び場は連日満席が普通であり、待ち客がかなりの人数になった場合にはわざわざ近隣の住民に許可を取りに行きテラス席を増やす形で
対応したり、常連で気心知れている仲であれば出前などの対応を臨機応変にこなす事で人気をキープしている店だ。
凄いだろうと、ラルクが酔った時に自分がオーナーかのように偉そうに話してくれたことを覚えている。
そんな事を思い出しつつ、ソアラによる妹自慢を聞いていた所で店の中から出てきたミーナが冷えた濡れタオルを持って出て来る。
「ソアラさーん!これ良かったら使ってくださいな!」
「前々から通ってて思ったけど、ミーナってホントに気が利くよね…。と言うか、用意が早い」
「私、勘が良いので!些細なことも見逃さないのがウリなのです!」
「んん?…勘だけじゃ難しくない?」
「そこら辺は深く考えたら負けですよ、ライアさん!ソアラさん、お店の方は私達で準備進めるので開店まで妹さんとゆっくりしててくださいね!」
「ありがとう、ミーナ。今度美味しい魚料理、御馳走するわね!」
「魚料理っ!!ハッ…ゴホンッ!楽しみにしてますねー!!」
渡された濡れタオルで目元を冷やすミュラを見てからミーナへと視線を向けると胸を張りながら勘と告げる姿に苦笑を浮かべる。
追求したくても流石にプライベートの事であるし本人から深くは聞かないで欲しいと言われてしまえば、両手を上げて口を噤む。
だが、ソアラの魚料理という言葉に反応して一瞬ミーナの頭に猫耳が見えた気がしたが、瞬きしている間に消えてしまうので幻だろうかと首を傾げる。
誤魔化すように軽く咳払いをしてから足早に手を振り去っていくミーナの後ろ姿を見送り、再びソアラとミュラへと視線を戻す。
「ライアくん、私の妹を送り届けてくれたお礼に少しばかりだけど受け取ってくれるかしら?」
「なっ、別に気にしなくていいのに」
「ダメよ、こういった恩はちゃんと受け取ってもらわないと逆に困っちゃうわ」
「わかりました。有難くいただきます…」
目の前にクエストクリアのメッセージウィンドウが表示されたので無事に達成できたことに安堵しつつ、報酬に記載された50ゴールドはソアラが今渡そうとしてくれているお礼のようなのでそういう事ならと受け取る。
残された隠された村の情報に関しては、いつ貰えるのだろうかと思うも目の前に居る姉妹が関係していることには変わりないだろう。
少し悩む素振りを見せながらソアラとミュラが互いに小さな声で言葉を交わしているのを見つつ、エルフと言えば閉鎖的な種族のイメージがあるので何か守らなければいけない決め事などがあるのかもしれない。
聞き耳を立てようとは思わないので終わるまで待つつもりだったが、ミュラの言葉にソアラが妙案だと言うかのように笑みを浮かべて俺を見る。
「あのね、ライアくん。ミュラは暫くこの街の宿に泊まるらしいの。そこで、ちょっとお願いがあってね?」
「なんですか?」
「ミュラのボディーガード、して貰えないかしら?」
「え、俺が?そこまで強くないですよ?」
「私の生まれ育った村は閉鎖的だから…この子が見たい物を一緒に見て回ってあげて欲しいの。それに…」
何かそれ以外に意図があるのか一旦言葉を区切りソアラが一瞬だけ視線をさ迷わせる。
本来ならば自分がやりたいのだが、店の事もあるのでそれが出来ない事への歯痒さが滲んだ言葉に心配している気持ちが垣間見えた。
「ライアくんなら、この子に悪いことは考えないと思うし…私達は何かと狙われやすいから…」
「わかりました。ボディーガード、引き受けます。ソアラさんにはいつも美味しい食事作ってもらってますし」
「ありがとう!できればこの子が帰る時も護衛をお願いしたいの!私からラルクにライアくんをもっと鍛えてくれるようにお願いしておくわね!」
「わ、私もご迷惑をおかけしないように気をつけますっ!」
「あ、いや…そこは勘弁願いた…。聞いてない、頑張るしかないか…」
少し悩みはするものの家族を心配する気持ちはよく分かるため、男手一つあるのとないのとで周りの対応も変わる場合を踏まえて了承する。
いい返事を貰えて安堵したように胸を撫で下ろすソアラを見て、これから一緒に行動するのであればミュラに守って欲しいことがあると一言添えてから、襟元に手を添えマオに声を掛ける。
名前を呼ばれると襟元から顔を出したマオを見てミュラは両手で口元を覆い興奮で耳を赤く染め、ソアラは心底驚いた表情を浮かべる。
「かっ、かわっ!可愛いです!!」
「ちょっと、ライアくん!いつの間にペットを!しかもこの子、貴重な…っ!触らせてもらってもいいかしら?」
「はい。一緒に行動する事になるので知っておいてくれたら窮屈な思いをさせなくて済むので…」
『パパーこの人達からいい香りがするのー。ボクこの香り好きー』
テーブルの上に飛び降り軽く伸びをしてから差し出されたソアラの手に乗り匂いを嗅ぐと、尾を揺らしながら手に頬擦りをする。
その姿に姉妹で同じように身悶えしながらマオを撫でたり手に乗せて仕草を見たりと心の赴くままに楽しんでいる光景を眺める。
その光景を微笑ましげに見てはいたが、息子を取られたような複雑な気分にほんの少しだけなるも、ソアラの願いでボディーガードまがいの事をするとラルクの耳に入れば、絶対に厳しくなる訓練の事を考え俺は憂鬱な気分になるのだった。
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