16-鶴の一声

酒場の従業員や常連客ともすっかり仲良くなった俺は、時折声を掛けられれば軽く挨拶を返しつつ、エールを片手にラルクと会話を交わしながら酒を飲んでいた。

テーブルの上には今回は肉汁滴るドラグの骨付き尾肉が2人前に、ニンニクの香りが強めの鉄板飯、アグーの塩釜焼きが並んでいる。

骨付き尾肉は見た目は漫画によくある骨付き肉で肉の旨味を活かすために塩のみで味付けされている。


「ドラグってどんな生き物なんだ?」


「龍種に含まれそうで含まれねぇ初心者卒業のテストとかに使われる魔獣だな。トカゲに似た見た目で肉は美味いから料理に、その他の皮や爪とかは武器の素材になる」


「………龍種には含まれないが、素材に関しては余す所が無いって感じか?」


「おう、初心者だと手こずるだろうが熟練者はもう慣れたもんでな。ここの店主が気分がいい時に狩って来るんだよ」


「ソアラさん、実は凄い人なのか…?」


「ここらじゃ有名な弓とレイピアの使い手だからなぁ。エルフのくせに草なんか食ってばかりいられるかってこの街に来て初代店主に弟子入りしたと思ったら料理長兼狩人やってんだから大した女だよ」


ドラグの肉に噛み付き霜降りの国産牛にも劣らぬ甘みと旨味を口の中に感じながら、ラルクに問えば龍種に近い魔獣の肉である事に驚きを隠せなかった。

どうやら希少モンスターの部類に入るようなのだが、この町付近に出てくるのはレベルが低い幼体なのだそうだ。

放っておくと手の付けられない成体に育ちかねないので時折様子を見て狩っているそうだ。

話をしていると視界に蜂蜜のような髪色の女性が映るとラルクの肩に手を置く。

この世の美を詰め込んだかのような美しいエルフの女性が、しれっとそのままラルクの隣に座り相席する。

スタイルもよく豊満な胸が周りの男性客の視線を奪う。

こんな美女が現実にも居たら思わず声を掛けてしまっているだろう。


「私の話をしていたのかしら?」


「噂をすればって奴だな。今日は非番か?」


「そうよ。私が居なくてもこのお店を回せるようになってもらわないとね」


「ガハハハッ!それで抜き打ちで様子を見に来たって訳か」


「こんばんは、ソアラさん」


「こんばんは、ライアくん。ホント、なんでこんなに礼儀正しい子がこんな男に弟子入りしたのかしら…」


この酒場に毎日のように連れてきてくれているラルクのお陰で従業員の皆とも仲良くなったのだが、その中で一番ライアの事を気に入ってくれているのがソアラだ。

今度料理の指南をしてくれる約束をしているが、お互いに中々時間が取れないので訓練が一通り終わったらという事になっている。

普段の料理長スタイルではない狩り用の服を着ている姿は新鮮で、周りで飲んでいる客たちもチラチラとソアラを見ている。


「ドラグ自体を狩るのはそんなに難しくないのに皆が怖がり過ぎなのよ」


「弓を扱える奴なら簡単かもしれねぇが近接系には強敵だっての」


「レイピア一本でだって勝てるわよ。弱点を全て知ってればね?」


ふふんと自慢げに胸を張るソアラの豊満な胸が揺れると、一部の酒飲み達が飲もうとした酒を口ではなく服に掛けて鼻の下を伸ばしている。

すかさずタオルを乗せたトレーを持ったミーナがテキパキとやらかした客に手渡していく姿に配膳係の鏡だなと感心してしまう。

そんな所に酒場の扉が乱暴に開け放たれれば、次いで聞こえた声にライアは思わず持っていたエールを落としそうになる。


「師匠!ここでいいのかっ!?」


「そうだよ、アタシの知人がここにいる…げっ」


ラルクと俺はお互いに目を合わせないように顔を背けたが、ミランダの目は誤魔化せず嫌そうな声を発したのが耳に届く。

諦めて前を見る為に顔を戻せば、こちらへ歩いて来る所を見ると目的の人物はソアラなのかもしれない。

絡まれたくないオーラをラルクが放つものの、気にした様子のないミランダは舌打ちをしながら断りもせずに相席する。


「チッ、酒が不味くなりそうだな」


「ラルク、苦手だったり嫌いな事を表に出すのはどうかと思うぞ」


「お前さんだって目を逸らしてただろうが」


「ミランダさんとラルクの夫婦喧嘩に巻き込まれたくないだけだ」


「オレはあんなガサツで横暴な女を女房になんざ死んでもしたくねぇ!」


「ほぉ、良い度胸じゃないか…ラルク?」


俺の言葉にラルクが持っていたジョッキの底を叩き付けるように置くのと同時に、地の底から響くような殺気混じりの低い声が耳に届く。

相席していたソアラはライアの背後に隠れるように移動し、アニキと呼びながらアランが平然とした顔で隣に座る。

目の前でいかにも喧嘩しそうなミランダとラルクが居るのだが、ソアラとアランは気にしていないのか和やかに自己紹介をしあっている。


「余程死にたいみたいだねぇ?くそゴリラの癖に」


「あ?お前みたいなオルーガみたいな凶暴な女なんざ女房にしたくねぇって誰でも思ってるだろうよォ?」


「ソアラさん、オルーガって?」


「人型でゴツい体をした極めて凶暴な魔物ね。群れが作られる前に見掛けたら討伐するよう言われてるわ。繁殖力が高くて違う種族との間にも子を作れるから雄なら女が、雌なら男が狙われてしまうの」


「ふむ、なんとなく想像がついたような…つかないような」


「アニキ、これ食っていいっすか?超美味そう!」


席から立ったラルクとミランダが互いの服の襟を掴み睨み合っているのを他所にワイワイと話をしていたが、周りの客が喧嘩に巻き込まれるのではと心配からか騒がしくなり始めたのに俺は気付くと小さな溜息を吐く。

酒場に喧嘩は付き物だとしてもここに居る二人は相当な実力者でもある為、他の客まで巻き込まれたらただでは済まないだろう。

エールを一口飲んで喉を潤してからミランダとラルクに笑みを向ける。


「二人とも、喧嘩なら外で…ね?」


「あ、いや…ライア!喧嘩しねぇから、な!?」


「そ、そうだよ…っ!喧嘩なんざするわけないじゃないか!」


「なら、大人しく席に着いてください」


「「………はい」」


ラルクとミランダがお互いに肩を組合い仲良しを装う姿を見て、俺は僅かに目を細めてから席に座るように促す。

一言で喧嘩を収めたのを見て、周りの客と傍に居たソアラはなぜこうも素直に従ったのか疑問に首を傾げている。

因みにアランはテーブルの上の食事が余程美味かったのか、気にする様子もなく夢中になって食べていた。

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