13-アニキじゃありません
お説教が終わると目の前で正座をしながらすっかり意気消沈したラルクとミランダを見ては、やっと落ち着いて己の訓練に励めると振り返れば目を輝かせたアランに腕を掴まれる。
アランが居た事を忘れていたので心の中で謝罪をしつつ、手を離してもらおうと手首を掴むんで外そうとするも全然びくともしないので思わず片眉を上げる。
自分よりも若そうな青年に力負けした事にほんの少しだけ傷付くも、微かに痛みが勝ってくると思わず奥歯を噛み締める。
「アンタ、すげぇな!あの鬼のような師匠をあんな風に叱り飛ばすなんて!」
「いや、元はと言えばキッカケは君だからね?すまないが腕を握る手の力を緩めてくれないか?それか、離してくれ」
「俺様もあんな風に師匠を言い負かせるようになりてぇ!だから、俺に口撃を教えてくれ!」
「おーい、話噛み合ってないぞー?聞いてたかー?」
まさか、言い負かし方を教えてくれと乞われるとは思わず目を見張るものの、離すか力を緩めるかして欲しいと言う言葉がアランの耳には届いていない。
弟子という立場故に、勝てるとしたら確かに口だとは思うが口達者になるにも色々と経験をしてなんぼのものだ。
アランと同じ位の歳の頃には、俺も大人達によく言いくるめられ歯痒い気持ちをしたのでよく分かる。
しかし、社会に出れば人と関わらざるを得ない上にそんな事を教えてくれる人は数も少ないので、自分で学んで身に付けられるような努力が必要だ。
「教えてくれるって言うまで離さねぇからな!!」
「教えろと言われても人と関わっていきながら身に付いたものだから…。いや、マジで痛いから離して」
「教えてくれるって言うまで離さねぇからなっ!絶対に!!」
「いや、離してくれなきゃ困るしそもそも口で説明するには難しい話だから…。もーホント離してくれよ」
何がなんでも離さないと意思表示をするかのように更に腕を掴んでいる手に力が込められ増していく痛みに眉間にシワが寄る。
痛覚を遮断する設定を外しているので、普通の人が発揮できないような強い力で握られると痛みがダイレクトに伝わるのだ。
自分の事しか見えておらず、素直に教えを乞うているつもりのアランは俺が痛みを感じている事に気づく様子は無い。
小さな溜息を吐いてから少しでもそれらしい事を言えば、腕を掴む手の力が緩まるかもしれないと簡単なアドバイスを告げる。
「アドバイスとしては相手を良く見る。話を聞く。状況を理解する。相手が納得せざるを得ない理由を述べる。これが出来るようになれば多少は変わるだろうな」
「んーーー…あんま理解できてねぇけど頑張るぜ!アニキ!」
「なんでアニキ?」
「俺様の尊敬できる人だからアニキなんだぜ!」
「………いや、すごく困るんだけど」
「欲しい物とかあったら言ってくれ、アニキ!買ってくるから!」
「そんな感じのアニキだと君が舎弟やパシリみたいな…。間に合ってるんで俺はやめて欲しいかな…」
「っし!!アニキに認められるような口撃ができるように頑張るぜぇぇ!!」
「ホント、この子話を聞かない…」
会話のようで会話じゃない受け答えを繰り広げ、多少は返答に満足したのかアランの手の力が緩まると即座に手を外させては、赤くなっている腕を見て手当は必須だなと他人事のように考える。
良い意味で前向き、悪い意味で猪突猛進なアランにミランダは苦労しているだろうなと少しばかり同情してしまう。
説教されて落ち込んでいた師匠陣に動きがあり、ミランダのメンタルが回復したのか正座を辞めてその場に立ち上がる。
それなりに長い時間を正座していたが痺れなどはないようで平然とした様子を見せる姿に感嘆するも、再度俺の腕を掴んで色々と聞こうとしているアランの傍へと歩み寄ったかと思えば、脳天に一発拳を叩き込む。
「いってぇ!!!」
「アタシのバカ弟子が失礼したね…。アンタ、彼の腕を壊す気かい?聞きたい事があっても腕を掴む力は考えなっ!」
「ぐっ…!俺様はもっとアニキに色々聞くんだ!!」
「ふぅん。アタシの言うことが分からないきかん坊だって言うならもう何も教えないよ?」
「それは嫌だ!俺様は強くなりたいっ!」
ミランダに問答無用で首根っこを掴まれたアランは、暫く抵抗を試みていたが教えをこう事ができなくなると思えば渋々と体から力を抜いて降参する。
ミランダがこちらへと顔を向けると、謝罪と共に軽く頭を下げては女性の身でありながら、男とはいえそれなりに体重のありそうなアランを肩に俵抱きする。
恥ずかしいのかアランが暴れるも、ミランダはビクともしていない。
「ちょっ!?師匠!!この抱き方やめろって俺様言ったよな!!」
「やかましい!アンタにゃ拒否権なんてないんだよ!」
散々ミランダの肩の上で暴れていたが、一喝されてしまえば黙るしかできないアランは項垂れてしまう。
男として女に俵抱きされるのは流石に堪えるものがあるので少しばかり同情する。
「さっきはすまなかったね。アンタの言う通り師匠として有るまじき姿を見せちまったよ」
「いえ、どちらも冷静じゃなかったので仕方ないですよ」
「よく出来た弟子でラルクが少し羨ましいねぇ…。うちのバカ弟子もそこら辺もう少しちゃんと直せたら…いやそれでもまだ色々と問題は多いねぇ…」
ミランダの言葉に感じる苦労が先程の会話で分かるため、苦笑を浮かべるもそれ以上は言わない方がいい気がした。
自分よりもミランダの方がアランと居る時間は長いのだろうし、苦労はしていても言葉尻は言うことを聞かない息子を見ているような感じで優しさを感じる。
改めてアランが迷惑を掛けた事を謝罪すると、ミランダはラルクの頭を一発殴ってから足早に訓練所を去っていく。
アニキと呼びながら手を振るアランに思わず軽く手を振り返しつつ、暫く出くわさないようにログインを控えるか少しだけ悩む。
「どうせ、オレなんて…」
「悪かった、ラルク…言い過ぎた事を認めるし謝るからそろそろ機嫌を治してくれ…」
自分の腕の手当をしつつ、落ち込んだままのラルクに声を掛けながら完全に立ち直るまでかなりの時間を要したのだった。
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