7-酒場と夜空・後

エールを煽るように飲むラルクを見ながらライアもエールに口を付ける。

樽から香るホップの香りもあるからか缶ビールとは比べ物にならない程味わいが違うように感じる。

酒を飲む事により熱くなる体が外の風を受けて丁度いいくらいなのがまたいい。


「マッシュサラダも食ってみろ!ツマミにもってこいだ!」


「いただきます」


差し出されるマッシュサラダをスプーンで掬い取る。

中に混ぜられているチーザが伸びているのが分かるし香りも食欲をそそる。

口に入れれば現実にある濃厚なチーズの味と明太子よりも辛みと塩味があるカラマスの少し大きめの卵が噛む度に弾ける。

そこにマッシュポテトがまろやかに味を整えてくれるのでヤミツキになること間違いなしだ。


「うっま…ヤバいな。毎日でも食いたい 」


「そうだろう?体を動かした後に飲むエールとここの美味いツマミは最高だ!」


「ふふふー!ラルクさんのお陰で常連さんがまた増えるかなー?」


「がはははっ!宣伝したんだから何かオマケでもくれんのか?」


「オマケは無いけど美味しいオルクの腸詰めとエイジ鱒の香草焼き持ってきましたよー!」


訓練の後にはここに来ようかと思う程に酒とツマミは絶品である。

マッシュサラダを食べる手が止まらなくなっている所にミーナがオルクの腸詰めとエイジ鱒の香草焼きをテーブルに置く。

オルクの腸詰はフランクフルトよりも一回り以上太く熱い鉄板の上で湯気を立てながら腸の破れた所から肉汁が溢れている。

エイジ鱒の香草焼きの方は分厚い魚の切り身にパン粉とスパイス、ハーブを混ぜた物がまぶしてありキツネ色に焼きあがっている。

本当に食べているように感じるほど味が再現されている事に驚きを隠せないがこれに慣れてしまったら現実の食事が味気ない物に感じそうで困りものである。


「しっかり食えよ?お前さんは今日来たヤツらの中では1番見込みがありそうだからなァ!俺が直々に仕込んでやる!」


「うぇ!?あんま厳しいのは勘弁なんですけど…」


「ん?厳しい訓練を終えたら毎日ここの飯を奢ってやるつもりだったんだがなァ…」


「喜んでやらせていただきます!!!」


こんなに美味い飯を奢ってもらえるという言葉にライアは間髪入れずに答えてしまう。

これを食べてしまった後ではどうにもならない。

オルクの腸詰めは味付けが塩胡椒とシンプルなのだが中の肉は粗めで噛み締める度に肉の味と肉汁が口の中を満たしピリッと聞いた胡椒が美味いのだ。

途中休憩にエールを挟みエイジ鱒の香草焼きを食べればこちらはカリッとしたパン粉の食感と脂のりの良い身が歯が要らんのではと言うほど柔らかく香りと味も最高である。

皮目もパリッと焼けているため煎餅を食べているかのように食べ進められてしまう。

エールが空になればラルクがミーナを呼んで追加注文をしてくれる。


「これ俺にも作れんのかな…レシピ知りてぇ…」


「なんだお前さん、料理もやるのか?」


「まぁ、簡単なもん位は作れます」


「そうか、覚えておこう。しかし、久々にこうして誰かと酒を飲むがやっぱり美味いもんだなァ…」


料理を食べながら呟いた言葉をラルクは聞き逃さずライアに軽い調子で問い掛けてくるので素直に答えれば髭を指で撫でる。

何かを考えているような素振りだったが直ぐに表情は笑みに変わり片手に持つエールを煽り感慨深そうに呟くのを今度はライアが聞き逃さなかった。

一瞬だがどこか遠くを見つめ懐かしむ様な姿が心に残る。


「お前さんはいつ頃外で狩りをする予定でいるんだ?」


「ある程度武器がちゃんと扱えるようになってからですかね…。闇雲に振り回しても当たらなければ意味ないですし」


「いい事を言うなァ!どれだけいい装備を持っても敵に当たらなければどれも意味を成さん!お前さんはそこら辺ちゃんと考えとるようだから警戒心があるようだ」


返答に満足しているのかラルクは終始笑みを絶やさず最後まで楽しい飲みの場で終わった。

流石に飲み過ぎた自覚はあり初期装備の服の裾を持ち仰ぎながら空を見れば満点の星空がある。

現実では人工的な明かりのせいで田舎に居ないと見れないような夜空に思わず見惚れてしまう。

本当に違う世界にいるようなゲームの世界にArcaの開発陣に感謝したいくらいだ。

ラルクに視線を戻せば追加のエールを頼みながら他の席の知り合いに絡まれているのを見て思わず笑ってしまうも自分の周りに本当に知り合いが居ない状態で何かをするのは初めてかもしれない。


「このゲーム、始めてよかったわ」


「おぅおぅ!一人で何ニヤニヤしてんだァ?」


「あーいや、少し飲み過ぎて顔緩んでるかもしれないです」


色々と覚えて一人でやれるようになるまではどうしても教わらないとならない。

たまたま気に入って貰えたようなものだがこの関係は大切にしていこうと思う初日だった。


この後、調子に乗ったラルクにドワーフ族の火酒を飲まされ一気に酔いが周り倒れた事だけは苦い経験となる。

宿屋に届けてもらったおかげでログアウト出来たが暫く現実でも目眩と気持ち悪さに見舞われたのは驚きであった。

五感がしっかり感じられるというのも少し考えものかもしれない…。

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