1章 始まりの街 テラベルタ

1-arca起動

昨日の仕事が終わり配達業者を家に迎え入れて設置作業をしてもらいながら、洗濯物を部屋干しにしたりと作業に追われた。

設置が終わると配送業者の方々に常に冷蔵庫の中に置いてある缶コーヒーを差し入れれば、嬉しそうに貰っていく姿を見送り玄関の鍵を閉めたまでの記憶はある。

だが、ソファーに座った後の記憶が無いのはそのまま寝落ちたという事なのだろう。


「久々にスーツのまま寝たな…」


良かったと言えるのは眼鏡をしたまま寝ずに済んだ事だろうか。

着ているスーツを脱いで楽なシャツとズボンに着替えては、部屋の中で大きな存在感を放つカプセルへと視線を向ける。

人が1人入る事を考えれば妥当な大きさと言えば大きさだが、ベッドと同等の幅で更には高さがあるからかなり場所をとっている。

一応1LDKの少し広めな部屋を借りているのだがそれでも狭く見えてしまう程だ。


「ゲームなんてやるの大学ぶりな気がするわ…。アイツら元気かな」


ふと、大学に通っていた頃に一緒にゲームをやっていた面々を思い出すも、飲みに行ったりと遊んだ記憶ばかりである。

就職先が決まり、最初の数ヶ月は互いに連絡を取り合っていたが今では疎遠となってしまった。

少し寂しさを感じるも備え付けられているTVの電源を入れれば、ちょうどArcaのリリースの話題で盛り上がるニュース番組のチャンネルだったのでそのまま観ることにする。


『今注目を集めているarcaのリリースが間もなくとなっておりますが、皆さんは購入しましたか?』


『俺は購入しました!公式の事前発表でゲームプレイの録画、配信機能も備えているので勉強や練習になるかもと思いまして…』


『ははは、君はいつもアガると噛んでしまうからね。私も購入しているよ。妻も興味があるらしいから夫婦で時間を合わせて少しづつやろうと相談しているところさ』


若い女性キャスターと青年、初老くらいのキャスターでワイワイと話している所を聞きながら、食事を摂る為に俺はキッチンに立っていた。

久々にちゃんとした食事をと思うがやはり手軽に済ませたいと思い、買っておいた食材をチェックする。

冷蔵庫のチルド室のベーコン、扉に卵が2個、使い掛けの玉葱を見つけ、冷凍庫に米があったので炒飯を作る事にする。

凍っている米を電子レンジに入れ解凍用のおまかせボタンを押した後に、フライパンを火に掛け手際よく玉葱を微塵切りにする。


「やる前にシャワーも浴びてぇな…着替える前に入っときゃ良かった」


料理をしていると合間に色々とやってしまいたい事が思い浮かび、独り言が増えるのは誰にでもあると思いたい。

切った具材をフライパンで炒めながら味付けを軽くしつつ、電子レンジから音がすると火傷に気を付けながら米を取り出し、フライパンの具材達の上に落とす。

ヘラで切るように具材と米を混ぜては、仕上げの溶き卵を入れ軽く火が入るまで炒めてから皿に盛る。

スプーンを添えてテーブルの上に置いてから時計を確認し、接続可能時間まであと1時間ほど残っている事が分かればさっさと食べてしまおうと椅子に腰掛ける。


「いただきます…」


1人の食卓でも必ずしている食前の礼をしてから炒飯をスプーンで掬い口へ運ぶ。

薄すぎず濃すぎずの丁度いい味付けとなっている炒飯をそのまま黙々と食べ進めながら、ふとスマホを手に取りArcaの公式サイトを開く。

プレイヤーは最初に身体スキャンをする事になり、そこで読みとった身体の構造データをベースに自分の写し身となるキャラクターが作られる。

身長を弄ったり顔を弄るなどのキャラメイクは出来ないが、プレイキャラの髪型を変えたり顔にペイントなどができる施設を各街に用意しているらしく、その町にしかない髪型などもあったりするので注目している者も少なくないと思う。

また、未成年がプレイすることも考え性別などの変更も行えないようにしてあり、更には保護する為にも事前に年齢申請をする事でプレイが可能となる仕様らしい。


「ごちそうさまっと…。シャワー浴びてきちまおう」


食べ終わった皿をキッチンで洗い水切りカゴに並べて置くと、そのまま俺は浴室に向かい手早く服を脱いでシャワーを浴びる。

髪や身体を洗い終えればバスタオルとフェイスタオルでしっかりと拭いてから、サッパリした状態で再度衣服を身に着けてから時計を確認すれば、接続開始10分前というところだった。

身体スキャンにも時間が掛かるという事なのでカプセルの傍に行きカバーの部分に触れると、機械の起動音と共に手の構造を読み取るようにカバーの表面が光り手の表面をスキャンしていく。


「カプセルは接続者本人のみしか扱えないってこういう事か…。ハッカー対策が念入りにされてる感じだな」


ゲーム内通貨が現金として扱える事もあり、データ抜き取り対策にこの他にもいろいろと機能が備わっている。

企業側がその辺は監視しているらしくセキュリティー面は万全と謳っているので問題は無いと思いながら、開かれたカバーの中を見ると簡易ベッドのような構造となっており、マットレスの感触を確認してみると高級ホテルに使われているような質感と弾力がある。

このままベッドとして使っても問題はなさそうなので高いだけはあるなと思う…勿論、ここでは寝ないようにするのだが。

目を覆う用のサングラスとヘッドセットが組み合わされたようなギアを付ければ、起動音とともに眼前にカプセルの利用方法が表示される。

と言ってもこのギアを装着したまま寝転ぶだけのようだが。


「うぉ…やっぱ思った通り寝心地ヤバいな…。直ぐにでも寝れそう…」


筐体の中に入り寝転んでみたら思った以上の快適さに独り言が漏れてしまうが、人の重みを感知すると自動的にカプセルの動く仕様らしく、小さな機械音と共にカバーが閉まる。

最初は部屋の天井が見える透明なカバーが、遮光モードとなり外の景色が見えなくなり暗闇の中で電源が入るような重たい起動音が鳴ると、説明文が目の前に表示されヘッドセットから音声が再生される。


〈welcome!!

これより、身体スキャンを開始いたします。

痛みなどを感じた場合には中止の発言をお願いいたします。

※本社にお問い合わせ頂き、改めて違う方法でスキャンをさせて頂き登録いたします〉


コピー機が用紙を読み取る時のような強い光が発せられ、ひとつの工程が終わると機械音が鳴り、今度は違う色の光などが発せられ体に当てられていく。

裸で入った方が良かったのだろうかと考えるも、必ず衣服を装着してご利用くださいと後から表示されたので人の思考を読んだのではないかと思ってしまう。

暫くの間、機械の発する音を聞きながらあまり動かないように注意していると不意に光が消え機械音がしなくなる。

眼前にスキャン終了の文字が表示されると、少し下にリリースまでのカウントダウンタイマーが表示されていた。

妙な緊張感に襲われるもカウントがあと5秒に差し掛かった所でゆっくりと深呼吸をする。

他のゲームがリリースされる時でもここまで胸が高鳴るのは初めてかもしれない。


「Arca…起動」


〈起動用コマンドを確認いたしました。

方舟はアナタの搭乗を心より歓迎いたします〉


その言葉を最後に意識が引き込まれるような感覚に襲われ、俺はほんの僅かな時間だけ気を失う事になるのだった。

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