本編


 肝試し大会が開始された。


 場所は、民宿からほど近い墓地。

 スタート地点からゴール地点とされている場所に向かい、設置されたノートに自分の名前を書いてくるという流れだ。

 二人一組で、ゴール地点を目指す。


 それ自体には文句を言うつもりは無い。

 俺も組んだ相手が好感を抱くような相手だったら非常に乗り気で、心躍るイベントだったかもしれない。

 だがクジ運というモノは非情だ。


 組まれた相手は女子ですらない。

 顔も名前も知らない、面識の無い男子。


 人数の多いサークルなので仕方の無い事だとは思ったが、興は削がれた。



 だからこそ、俺は今ゴールまでの道のりを足早に進んでいる。

 正直、さっさと終わらせてしまいたい。

 だが、相方のペースが遅い。

 まさか、こんなので怖がっているのか?



 「大丈夫ですか?」


 考えている事とは裏腹に、俺は相手を思い遣るようなセリフを口にした。

 面識の無い相手であれば尚の事、こういった場面での気遣いは大切だ。

 もし不躾な態度を取れば、後でどう広まるかも分からない。


 「あっ、はい。でも……あまり得意じゃ無いんですよ、こういうの」


 弱々しい小声で彼は答えた。


 「そうなんですか。そうすると、このイベントは災難でしたね」


 俺は愛想笑いと苦笑いを浮かべて答えた。

 小さなランタンを手に持っている為、表情は見えただろう。


 「怖くないんですか?」


 彼は質問してきた。

 怖い……?幼い頃ならそう感じたかもしれない。

 だが今となっては、墓地を歩くという行為だけなら、さほど恐怖を感じる事は無かった。

 しかも一人だけで、という訳でも無いし。


 「……”怖い”って、どういう事なんでしょうね?」


 今度は俺が質問した。

 論理的に今の恐怖と向き合う事で、落ち着かせようという試みだ。


 「はあ……。まぁ、今の状況で言えば……やはり、未知の何かに遭遇し、予測できない事態が起こる事でしょうか?」


 今の状況ならばそれが正解だと思う。

 だが、それが”未知のモノ”であるからこそ、俺はあまり恐怖を感じていないのだろう。


 「その先に”死”を連想するから、それを怖がっているって事ですかね?」


 おそらくは、皆”それ”を怖がるのだ。

 ”未知のモノ”から与えられる、理不尽で不可解な”死”。


 そういった意味では、もっと現実的で、直接的な恐怖を感じた事がある。

 だからこそ”未知のモノ”に、あまり畏怖しないのかもしれない。


 「”死”ですか……。確かに究極の畏怖であり、同時に究極の”救い”でもありますね」


 彼は予想とは少し違った言葉を返してきた。


 「救い?ですか?」

 「ええ、それで終わるというなら、人によっては幸福なのかもしれません」


 その言葉に少し寒気を感じた。

 だがそれは”その事”を少しは理解出来るからだとも思えた――




 高校3年の頃、クラス内でいじめが流行っていた。感染だ。

 事の発端はある一人の生徒の不登校からだった。


 その生徒は、一部の生徒達から陰湿ないじめを受けていた。

 だが、それを誰も止めようとはしなかった。

 進学校だったという事もあり、3年の時期に”要らぬ厄介事には首を突っ込まない”というのが、生徒や教員達の共通認識だった。

 それに、いじめていた生徒達にも抱えていたストレスはあったのだと思う。


 結果、その生徒は不登校となった。


 しかし、それで事は終わらず、いじめを行っていた生徒達は新たな標的を探し始めた。

 些細な事を切欠に言いがかりをつけ、蟻地獄のように引きずり込んでいく。

 中には自分が標的にされない為に、他人を売る者も居た。

 俺もそこまではしなかったが、自分がその立場にならぬよう、見なくて良い物は見ない、聞かなくて良い事は聞かない、言わなくて良い事は言わないようにしていた。

 時が進む事を静かに波風立てぬよう、ただ、待っていた。

 とにかく長く息苦しい時間だった。


 一人、二人と標的とされた者達が不登校となっていく中、不登校となった生徒の内の一人が自殺したという事を伝えられた。


 その話が広まった事により、新たな標的探しは収まった。


 既に、多くの生徒が”この時期の不祥事は本当に不味い”と意識する時期であった事が要因だろう。


 結果として、いじめの事実は明るみに出ず『進路への悩みから自殺した』という事で片付けられた。

 そして、誰も真実を語ろうとはしなかった。




 ――その時の恐怖体験により、俺も若干の人間不信に陥った。

 何とか逃げ切れはしたものの、あの状況下では誰が標的となってもおかしくは無かったのだ。

 当然、いじめを行っていた生徒達ですらもその恐怖を抱えていたと思う。

 ある種、異様な環境で気付かされたのは”他人(人間)が一番怖い”という事だった。


 だからこそ、縁もゆかりも、ついでに実体も無いような霊を相手に恐れを抱く事が無かったのだろう。


  

 「確かにそれも一理あると思います……」


 不登校になり、自殺までした生徒の気持ちを考えなが――

 「本当にそう思う!?」


 先程まで後ろにいた筈の彼が、俺の鼻先数センチ前に顔を近づけていたのだ。


 「ひっ!!」


 唐突な出来事に、俺は思わず後ろに倒れ込み尻もちを着く。

 手から転げ落ちたランタンが彼の顔を照らし出す。


 そこには、目も、口も無い、だが、人を模した何かが居た。


 「何も言わなかった君に、口は必要ないよね?」


 彼がそう言うと、口の感覚が無くなる。

 縫い付けられたとか、開けられなくなったとかでは無く、まるで無くなってしまった感覚。


 「見なかったんだから目も必要ないか」


 彼がそう言うと、目の前から一切の光が失われた。


 「本当は耳も要らないと思うけど、知っておいて欲しかったから……」


 何が起きたのか理解が出来ない、いったい何がどうなって……


 「……君等がしたのはそういう事だって」




           完 

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