第三章 ~『偽物を贈ったかの確認』~


 数日後の朝、琳華りんふぁと天翔を乗せた馬車が、温かな太陽の照らす街を通り過ぎていく。


 窓の外に広がる風景は、行き交う人たちの躍動感に溢れていた。各種の店が軒を連ねている市場では、鮮やかな果物や野菜が売られ、商人たちの呼び声が響いている。


 視線を通りから外すと、少年たちが路地で遊ぶ姿も目に入り、その笑い声が清々しい空気をさらに和やかにしていた。


 そんな賑やかな喧騒が届く中、琳華りんふぁは天翔に頭を下げる。


「外出申請ありがとうございました」

「僕がしたくてしたことさ。それに許可が降りるまでに時間を掛けてしまった。もう少し日程を早められれば良かったのだけど……」

「天翔様の責任ではありませんよ。なにせ私は容疑者ですから。申請が簡単に下りるとは思っていませんでしたから」


 琳華りんふぁの声には天翔の努力に対する深い感謝が込められていた。同時に彼に無理をさせてしまったのではないかという危惧も見え隠れする。


 そんな琳華りんふぁの内心を察してか、天翔は穏やかに微笑んでくれる。彼の優しさが心に染み、胸の内が熱くなっていく。


「ご恩は必ず返しますね……」

「君と友人になれたからこそ、僕は充実した毎日を過ごせている。それだけで十分に報われているよ」


 互いの関係性を大切にしようとする意思を天翔の発言から感じ取る。彼の友情に感謝していると、車窓の景色に変化が生じ始める。


 馬車が活気のあるエリアを抜けたことで、聞こえていた喧騒が静まっていく。落ち着いた雰囲気の店が並ぶ区画は、高級店や老舗の店舗が密集していた。


「目的の人物とは初対面なのかい?」

「はい。ですが、慶命様から事前に紹介状を送ってもらっていますから。滞りなく、会えるはずですよ」


 琳華りんふぁたちの外出の目的は、とある人物から話を聞くためだった。そして彼女の訪問に対して、相手方は快諾してくれていると慶命から聞かされている。無駄な訪問に終わる心配は必要なかった。


「その人が今回の謎を解く鍵になるんだよね?」

「はい。意見が聞ければ、私の仮説が正しいかどうかを検証できますから」


 話し込んでいると、目的地に到着したのか馬が足を止める。古風で趣のある外観の店の前で、琳華りんふぁと天翔は降り立った。


 古書や骨董品を扱っている店なのか、店先にはさまざまな時代の品々が展示されていた。木製の看板が風に揺れ、温かみのある歓迎の雰囲気を放っている。


 二人は扉を開けて、期待と緊張を胸に秘めながら店内へと足を踏み入れる。まるで時間が止まったかのように静かな空間には、人の姿が見えなかった。


「慶命様の紹介で参りました!」


 琳華りんふぁが大きな声で挨拶すると、中年男性が店の奥から姿を現す。禿頭が特徴的な彼は、笑みを浮かべながら歓迎してくれる。


「事前に話は伺っております。私の店にようこそ!」


 店主の声には親しみやすさがあり、接客が板についていた。嫌味にならない程度に胸を張る姿から、この店を誇りに感じているのだと伝わってくる。


「素敵な店だね」


 天翔は飾られた古地図や武具、精巧な腕時計に視線を巡らせる。物の善し悪しが分かるのか、彼は感心するように何度も頷いていた。


「この国での歴史は浅いですが、隣国では三代続いた老舗ですから」

「移住したのは最近かい?」

「数年ほど前です……移住した当初は苦労しましたが、慶命様からの支援のおかげで、順調に経営できております」


 店主の表情には、慶命に対する深い感謝が溢れていた。彼は一瞬、後宮の方角に向かって敬意を示すように頭を下げると、その後、商談用のテーブルへと琳華りんふぁと天翔を案内する。彼らを座らせた後、対面に腰掛けた店主は話を進める。


「それで私に聞きたいことがあるとか?」


 店主は探るような視線を送る。琳華りんふぁは心を引き締めながら、その疑問に答えた。


「移住された際に、慶命様にダイヤモンドを贈られたことを覚えていますか?」

「もちろんですとも」

「そのダイヤ……本物でしたか?」


 琳華りんふぁの疑念に、店主は瞼を見開く。その質問に驚きながらも、彼は冷静さを保ちながら、態度に自信を滲ませる。


「当然です。私が贈ったのは間違いなく本物のダイヤモンドです。偽物のはずがありません」


 店主の声には、自らの誠実さに対する誇りが滲み出ていた。


「それに後宮を騙して敵対するリスクを背負うほど愚かではありませんし、そもそも偽物を渡すくらいなら最初から何も贈りませんよ」


 真っ当な意見に琳華りんふぁたちは納得して頷く。


「では質問を変えます。ダイヤモンドはどこから手に入れましたか?」


 この質問の意図は購入時に店主が騙されていたケースを想定していた。それを察したのか、店主は正直に答える。


「街にある唯一の宝石店で購入したものです。そこの鑑定士は腕が良いと評判ですから。騙すような真似もしないはずです」

「なるほど……私の父のお客様でしたか……」


 数年前なら父親が生存しており、琳華りんふぁはまだ店を継いでいない頃の話だ。彼の鑑定眼は琳華りんふぁを遥かに上回っていたため、見誤って売った懸念はない。ダイヤモンド購入時には、間違いなく、本物だったと断言できた。


「これですべてが繋がりましたね」


 琳華りんふぁは事件の肝となる動機の部分に関して確証を得る。店主が嘘を吐いていないなら、慶命が受け取った時点でダイヤモンドは本物だった。だがその後、宝物殿の中でダイヤはホワイトサファイアにすり替えられたのだ。


 これで桃梨とうりの行動にすべての説明が付く。


 なぜ琳華りんふぁをスカウトしようとしたのか、なぜ琳華りんふぁを罠にはめて陥れようとしたのか、なぜ琳華りんふぁが宝物殿の検品をしようとするのを止めたのか、動機が鮮明になり、点と点が大きな一本の線になる。


「宝石の謎は解けました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る