第三章 ~『取り調べと優しい人達』~


 宝物殿からオパールのネックレスが消え、その容疑者として琳華りんふぁは取り調べを受けていた。


 人目につかない場所に設けられた取り調べ室は、厳かな雰囲気を醸し出しており、天窓から差し込むぼんやりとした光が、琳華りんふぁの顔を照らしている。


 彼女の向かいの机に座るのは二人。


 一人は記録官であり、取り調べの発言や反応を文書化する役目を任されている。背筋をピンと伸ばし、厳格な顔付きをしていた。。


 もう一人は取り調べを担当する尋問官で、慶命けいめいがその任を請け負っていた。椅子に体重を預け、白髪を撫でながら、困り顔を浮かべている。


桃梨とうりから事情は聞いた。オパールのネックレスが消えたそうだな」


 切り出された本題に戸惑っていると、慶命けいめいは緊張を解くため、微笑みを浮かべる。


「心配するな。儂はお主が犯人でないと信じている」

慶命けいめい様……」

「もちろん儂も犯人ではないぞ」

「ふふ、分かってますよ」


 いつもの自然体を取り戻した琳華りんふぁは、慶命けいめいとまっすぐに向き合う。彼はきっと心から彼女の無実を信じてくれるだろう。


 だが誰もが納得するだけの証拠を示さなければ、隣に座る記録官のように、疑いの眼差しを向ける者が大多数なはずだ。密室の謎を解き、嵌められたのだと証明する必要があった。


桃梨とうり様は何と仰っていましたか?」


 琳華りんふぁの問いに、慶命けいめいは顔を顰める。


琳華りんふぁが有罪で決まりだと、断言していたな」

「そうですか……状況証拠からも、このままでは私が犯人で決まりなのでしょうね」

「他の尋問官なら、弁解の余地なく牢に送られていただろうな」


 その言葉で琳華りんふぁ慶命けいめいの厚意を察する。総監の立場にある彼が尋問を担当したのは、彼女を冤罪の憂き目から救うためだったのだ。


「私のためにありがとうございます」

「気にするな。優秀な人材を失うのは後宮にとっても不利益になる。琳華りんふぁを救うのも儂の大切な仕事だ」

慶命けいめい様……」

「それよりも大切なのは疑いを晴らすことだ。そのためには最も厄介な密室の謎を解かなくてはならない」

「私も同意見です」


 琳華りんふぁが鍵を持っていたからこそ容疑者として扱われているのだ。宝物殿からオパールのネックレスを運び出せる手段さえ発見できれば、証拠不十分で無罪を勝ち取れる。


「真っ先に思いついたのは合鍵の存在です。ただ特殊な形状ですし、簡単には複製できないと思います」

「さすが、琳華りんふぁ。勘所が素晴らしいな。その予想は的を射ている。あの鍵は複製できない」

「偽造防止の技術のおかげですか?」

「それもある。だが最大の理由は、あの形状の鍵が後宮のものだと、街の鍵屋に知られている点だ」

「なるほど」


 腕のある鍵屋なら技術的に複製できるかもしれない。だが優秀ならば仕事に困ることもないため、後宮を敵に回す危険を犯すはずがなかった。


「他の可能性としては隠し通路でしょうか……」

「儂の知る限り、宝物殿にそのようなものはない。採光用の窓も人が登れる高さではないからな。出入りしたとするなら、正面の扉からだろう」

「そうですよね……」


 二人は他にも密室の謎を解くためのアイデアを挙げていくが、そのどれもが現実味に欠けていた。議論が出尽くしたところで、琳華りんふぁが小さく息を漏らす。


「謎を解くには、材料が足りませんね」


 これだけ思考を巡らせても真実に辿り着けないのだ。推理するには、新たな手がかりの発見が必要だった。


 ただそのためには、琳華りんふぁが自由である必要がある。恐る恐る慶命けいめいに問いかける。


「……私はこれから勾留されるのでしょうか?」


 状況証拠から琳華りんふぁが最有力の容疑者だ。慶命けいめいが尋問官とはいえ、特別扱いにも限度がある。


 だが慶命けいめいはゆっくりとした動作で首を横に振ると静かに微笑む。


「安心しろ。琳華りんふぁには身元保証人がついている。勾留される心配はない」

「もしかして慶命けいめい様が?」

「残念ながら儂は尋問官だ。身元保証をするわけにはいかない」

「では誰が?」

「天翔と翠玲すいれんだ」

「あの二人が……」

「身元保証の責任は重い。もし容疑者が逃げ出せば、連帯で罰を負う。琳華りんふぁが犯人でないと本気で信じているからこそ、あの二人は保証人を引き受けてくれたのだ」


 琳華りんふぁは感謝と共に責任の重さを感じる。無実を証明する決意をさらに強め、ギュッと拳を握りしめた。


「取り調べはこれで終わりだ。琳華りんふぁなら疑いを晴らせると信じているぞ」

「任せてください。期待に応えてみせます」


 慶命けいめいに礼を伝えてから、琳華りんふぁは取り調べ室を退出し、待合室へと移動する。吊り提灯がぶら下がる温かみのある部屋だった。


 待合室の隅には小さな茶処も設けられており、緑茶が用意されている。来訪者や取り調べを受けた容疑者が少しでも安らげるように、細やかな配慮が施されていた。


琳華りんふぁ!」


 天翔が声を弾ませながら呼びかけると、座椅子に腰掛けていた翠玲すいれんも喜びを表情に浮かべて立ち上がる。


琳華りんふぁ、無事だったのね!」

「ご心配ありがとうございます。取り調べは慶命けいめい様が担当でしたから。何事もなく終えることができました」


 琳華りんふぁが穏やかに答えると、翠玲すいれんと天翔は暖かい笑みを送る。彼女が無事であることを心から安堵している二人に対し、琳華りんふぁはゆっくりと深く頭を下げる。


翠玲すいれん様、天翔様、身元引受人になってくれてありがとうございます」


 真っ直ぐな謝意を受け、大きな反応を示したのは翠玲すいれんだ。彼女は気恥ずかしそうに頬を掻く。


琳華りんふぁのためだもの。これくらい、お安い御用よ。それに私だけが身元保証人を引き受けても、力不足だったわ……彼が協力してくれたおかげで琳華りんふぁの釈放に至ったのよ」


 天翔は小さく頷くと、穏やかな声で続ける。


「僕も君が犯人でないと信じていたからね。身元保証人を引き受けることに躊躇いはないさ」

「天翔様、それに翠玲すいれん様も……二人は本当にお優しいですね」


 感動で胸の内が熱くなるのを感じながら、琳華りんふぁが感謝の涙をうっすらと目尻に浮かべると、翠玲すいれんと天翔は優しげな笑みを返す。困難を前にした琳華りんふぁたちは、絆を強くしていくのだった。

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